第4話 島の探索 その2

 やがて階段が終わり、なだらかな坂道へとなる。宿泊施設に到着すると、さらに下へと下っていく。


 海へと続く道と山へと続く道。

 僕たちは山へと続く道を歩き始めた。


 道はなだらかな傾斜で昇っていっている。舗装はされているが、長年の風雨にさらされて痛みが酷い。割れたコンクリートから雑草が生えだし、その痛みを更に酷くしている。

 いかに人がいなくなってから久しいかが分かる。

 道の両側は雑草が生い茂り、草むらを分け入って向こうに行くことはできそうもない。 すぐ側から蝉の鳴き声も聞こえてくる。こんな島でも蝉がいるんだな。

 ここの生物はすべてここで生まれ死んでいくというのだろうか? 外界からの種は持ち込まれることなく、また出ていくこともなく……。


 一瞬、何かの気配を感じた。

 誰かに見られている!!

 僕は辺りを見回した。しかし、周囲に誰もいるはずもなく、ただ生い茂った雑草が微風にそよいでいるだけ。

「徹君、どうかしたの? 」

「いや、誰かに見られている気がして……」

 その瞬間、綾の顔が強ばったのが分かった。目を見開いた状態で僕を睨む。

「あ、ごめん。そんな気がしただけだよ。誰もいないしね。ただの気のせいだ」

「……もう!!驚かせないでよ! あたしがそういったのが苦手なの分かっているのに」

「幽霊が出るには時間が早すぎるよ。大丈夫大丈夫。さてと、洞窟へ急ごう。あそこに見えるのがそうかもしれないよ」

 ぼくは少し行ったところに見えている階段らしきものを指さした。ここからなら約500メートルくらいかな。

「もう二度とそんなこと言わないでね。意地悪なんだから……」

「了解。気をつけるから」

 僕たちは道を急いだ。


 先ほどの気配……。

 明らかに誰かが僕たちを見ていた。それは間違いない。ミステリ研究会の誰かなのか、それとも何かの野生動物が見ていただけなのか。

 それとも……。 

 仮定の話を考えても仕方がない。こんなことをブツブツ言ったところで、綾が怖がるだけだし。思考を巡らせながら歩いていくと、やがて道から逸れる形で石造りの階段が見えてきた。


「たぶんこれが洞窟にいく階段なのかしらね」

 実際、僕たちが歩いてきた道はここで大きく右へと曲がり、今は廃村となった集落へと戻って行っている。

「島の中央の山って聞いたからここで間違いないと思うよ。昇っていってみようか」

 山の木々によって日の光が遮られ、日向と比べると明らかに涼しい。

 しっとりとした空気。そして蝉の鳴き声。微かな風。汗ばんだ僕の体が急速に冷やされていく心地よさを感じながら、階段を上っていく。


 獣道に石を置き、階段としたこの道は苔がついていて滑りやすい。注意しながら僕たちは進んでいく。

 階段は山の中へと入っていき、やがてただの獣道となっていく。日の光は遮られ、薄暗ささえ感じる程だ。木々の枝がオーバーハングして道へと覆い被さって来ている。

 少々歩きにくいが、人が通れない訳ではない。

 密林を行く探検隊のように、僕たちは時々身を屈めながら進んでいく。


 やがて道が開け、前方が明るくなってきた。

 どうやら目的地は近そうだ。

「やっと着いたみたいね」

 道は鬱蒼とした山林を抜け、すこし開けた広場へと出た。山の斜面に木々や雑草に覆われつつあるが、穴がポッカリと口を開けていた。

 数メートル進んだだけでもはや暗黒だ。これが鬼女伝説? の洞窟。

 僕たちは歩みを早め、その洞窟の入り口へと進んだ。洞窟の入り口は深い闇をまとって遙か奥へと続いているようだ。

 入り口の側に小さな看板が立っている。

 

 「 哭洞 」

 薄汚れた鉄製の板には、こんな文字が書かれてあった。

 その横に縦書きで何かが書かれているが、風雨にさらされたようで、文字はぼやけ判別できなくなっている。

「哭洞ってかいてあるね」

「そういえばこの島の名前は元々は鬼哭島といってたな。この島に伝わる民族伝承に出てくる娘が幽閉された洞窟がこれなんだろう」

 恐らくこの消えかけて判読できない文章には、この洞窟にまつわる話が書かれていたのかもしれない。読んでみたいが風雨にさらされ文字は消えかかかっていてほとんど読み取ることができなかった。

「あ、徹君。ちょっと見て」

 僕は綾が指さす場所を見た。

 看板の裏の洞窟の入り口のすぐ側に、花が置かれてあった。

 紫色のトゲトゲした花。細長い葉には棘が生えている。それが数輪束ねて置いてある。側には煙草が一個。

 まるで誰かに供えるためのように……。


「綾、この花が何か分かるかい? 」

 しゃがみ込んで花をじっとみて、彼女は答えた。

「アザミね、これ。この辺に生えているのかしら? 」

 明らかに供えるように置いてある薊(あざみ)と煙草。誰かが手向けの為にこの花と煙草を置いたのだろうか。

 花の状況を見るとしおれてもいない。ごくごく最近、置いたものに間違いない。

 ……しかし、誰が?

「誰が置いたんのだろう? 」

「私たち以外に誰かが来たんじゃない? 」

「確かにその可能性は否定できない。でもこの島に来るには船を借りないと来られないんだよ。真田さんから聞いたんだけど、ここは漁場としてはまるで駄目らしいし、何も無い島だ。そんなところにわざわざ来るんだろうか? 」

「ここにお参りにくるのが習慣の漁師さんとかがいるんじゃないの? 」

「しかし、お供えとかで薊って使うのかな? 何かイメージと違うように思うけど」

 供花っていうと白い花をイメージする。アザミの紫色の花はどうみても似つかわしくないように思える。故人がそれを好きだったら別なのだろうが。

「さあ、わかんない。もしかしたらミス研の誰かがお供えしたのかな? 」

 可能性は否定できないが……。しかし、その理由がまったく推測できない。


「考えても仕方がないな。どうしようか? 洞窟の中に入ってみる? 」

「うーん。行ってみたいけど、中は真っ暗だよ。懐中電灯も無しでどういった感じになっているかも分からない洞窟に入っていって大丈夫なのかしら? 」

 確かに、綾の言うとおり暗い洞窟に照明器具も無しで入って行って、果たして意味があるか。自殺したいのなら話は別だろうが、そんな事をする理由が僕たちには無い。

 宿泊所に帰れば懐中電灯はあるが、取りに帰ってから再訪するのは大変そうだし、探索するにも時間が足りないだろう。

「また今度にしようか。5日間の合宿だからみんなを誘って探索すればいいな」

「そうね。方向音痴の徹君と一緒にこんなところ行ったら、遭難しちゃうもんね。あたし達は心中しに来たんじゃないから……」

 また馬鹿にされたのか? 単なる冗談か?

「じゃ、行こうよ、徹君」

 反論する間も無く、綾は元来た道を歩き始めていた。

 僕は慌てて彼女のあとを追いかけた。


 一瞬風が吹き、僕の背中に得体の知れない悪寒が走った。

 僕は立ち止まり、後ろを振り返った。

 ……しかし、何もなかった。

 先ほどまでと同じ、洞窟の入り口が口を開けた風景があるだけだった。

 今感じた悪寒は何だったのだろうか? 誰かに見られていたような気がするし、そうでなかったような気もする。……単なる気のせいか。

 どうもこの島に来てから妙な感覚になっている気がする。

 環境の変化に体が慣れていないのかな。……確かに三時間も船に揺られていたんだから、まだ体がフワフワしているような気もする。

「徹君、どうかしたの? 」

「いや、なんでもないよ」

 少しの間だけ辺りを見回し、綾には気づかれないよう、何もないことを確認すると僕は歩き出した。


 再び山を下り、宿泊施設付近まで戻ってきた。

 まだ日は高い。

「疲れただろ? 島の探索は明日以降にするかい」

「全然疲れてないわ。まだ時間もあるし、他を回ってみましょうよ。そうだ、ちょっと待ってて」

 そう言うと、綾は宿泊施設へと戻っていった。

 しばらくして綾が戻ってきた。手にはペットボトルを持っている。

「喉が乾いたでしょ?はい、どうぞ」

 僕は彼女から手渡されたペットボトルの栓を回し、一気に飲み込んだ。

 冷たい清涼飲料が体中に染み渡る。

 僅かながら生き返った気分だ。 

 

「こんな時に飲むと、やっぱり旨いなあ。なんか生き返ったよ」

 猛暑の中で彷徨き廻り、汗をたっぷりかいた時の飲み物はこれほど美味しいとは……。これが炭酸飲料だったら一気に全身に疲れが回って動けなくなるのだが。スポーツ飲料で良かったな。

「じゃあ出かけるとするか? 」

「準備オッケーだよ。じゃあ今度はどこに行くの」

「そうだな。船で来たときに見えた廃村に行ってみよう。何か面白いものが見つかるかもしれない」

 僕たちは宿泊所から海へと向かう道を歩いていった。

 道は港より少し手前で三つに分かれている。

 港へと向かう道と、廃村へと向かう道、そして西へと向かう道だ。

 廃村へと向かう道と西へと向かう道はコンクリートが割れ、雑草が顔を出している。

 保養所へと向かう道だけが、後から造られたか整備されせいか他の二つの道よりは綺麗な状態を保っている。

 部長の父親がここに保養施設を造る時に港から保養所までだけ再整備し直したのだろう。


 僕たちは廃村へと向かう道を歩いていく。

 前方に崩れかけた家々が見えてきた。

 平屋建ての家が殆どの集落、いくつかの家が身を寄せ合って建っている。

 殆どの家はガタが来ていて今にも崩壊しそうだ。

 ガラスは割れ、雨戸は庭に倒れかかり、玄関の扉が開いたままの家もある。庭らしきものには雑草が高々と生え、屋根瓦の隙間からもツタや雑草が生えてきている。

「これは酷いな……」

 僕は家の中をのぞき込みながらつぶやいた。

 中はもっと荒れている。

 家財道具は全て持ち出されているようで、殺風景な室内には庭からの雑草が進入してきている。玄関を入ってすぐの土間の奥に忘れ去られた鍋が1つ転がっている。何かカビ臭いような土臭いような、そんな空気が充満している。

 一歩中に足を踏み入れた瞬間、何かが動き、「きゃっ」と綾が悲鳴を上げてしがみついてきた。

 これにはこちらがドキリとした。

 どうやらトカゲか何かが逃げていったようだった。

「もう、びっくりさせるんだから! 」

 綾は怒りながら僕から離れた。

 ここには何もなさそうだな。もっとも何かを期待していたわけではないが。

 僕たちは家の外へと出た。相変わらず強い日差しだ。頭に手をやると髪の毛が熱を持って熱いくらいだ。

 僕は陰に入ろうとした。ふと綾の方を見てみると、彼女は庭の隅の草むらに隠れるように建っている倉庫らしき物の戸を開けて中をのぞき込んでいた。

「何かあったのかい? 」 

「なんだか臭いだけで何も無い感じ。変な袋が置いてあるだけだわ」

 僕も倉庫の中を覗き込んだ。

 熱気でムンムンする倉庫内部に紙の袋が二つ置いてある。

 少し気になって僕はその袋の中を見てみた。中には白い色をした小さな塊が詰まっていた。

「なんだろう? 」

 僕は綾に聞いてみた。

「さあ? 農薬か何かじゃないの」

 確かに綾が知っている訳はないか。

 袋の中から漂ってくる臭いは何か豆系の臭いだ。おつまみ系だろうか。かといって食えるようなものではなさそうだが。

 僕は袋を元に戻すと、倉庫の中から出た。

 気のせいか、なんだか気持ち悪い。外に出て大きく深呼吸をすると、少し気分が晴れた気がする。

「どうかしたの? 」

 変調に気付いたのか、綾が心配そうな顔をした。

「大丈夫。密閉されてよどんだ空気の中にいたからちょっと気持ち悪くなっただけだ……」

「そう。運動不足なのに歩きすぎて気分が悪くなったのかと思ったわ」

「はは、そりゃキツイな。僕だってちゃんと剣道の練習はいつもしているんだから。綾だって知ってるじゃないか」

「うーん。確かに道場には来てるけど、いっつも座って居眠りしてるだけじゃない……。練習試合をしたって、小学生の子にさえやられっぱなしだし」

「いや、小さい子相手に本気でやるもんじゃないよ。まあ、弱っちいのは認めるけどね」

「もうちょっと強くならないと、おじさんも安心できないじゃない。あの道場は徹君が引き継ぐんでしょ? 次期師範たる者があんなんじゃ、誰も来なくなるわよ」

 親父がやっている剣道場は、もしかすると親父の代で終わりかもしれない。それは親父も覚悟できているだろうし、道場を僕に託そうなんてことなど考えてないのも間違いない。

 まともに剣道を続けるのが無理なのは僕が一番分かっていることだし……。

 そのことは親父もよく知っている。小さい頃はよく親父にしごかれたし、どんどん強くなっていく僕の事が自慢だったようだ。

 ———————この子が私を越えるのは時間の問題なんですよ。もう数年もすれば並ぶと思います。

 ……そんなことを親父が知人に話しているのを聞いたことがあった。しかし、それが叶わないことを彼は知っているけど、決して口に出さない。親父にとっては辛いことだろうけど、僕の事を気遣ってある時期から道場の事は言わなくなった。


「ま、その辺は追々考えればいいことさ。この辺の家を見ても何にもなさそうだな。廃屋探検をしにきたわけじゃないから次の場所を見に行こう」

「そうね。時間もそんなにないし、次は西の方へ行ってみましょう」

 僕たちは廃村を後にし、再び道の交差する地点にまで戻った。


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