第2話 紀黒島=鬼哭島

 夏休みに入って一週間が過ぎた。

 相変わらず快晴が続き、蒸し蒸しとした暑い日が続いている。

 最高気温は毎日30度を越えている。

 あまりの暑さに外に出る気力すらわかない。

 普段なら病院に行く以外は、エアコンの効いた部屋でゴロゴロしているんだけど。

 しかし、そうはいかない事情があった。

 たとえ暑かろうと家に籠もっているわけにはいかないのだ。


 今日はミステリ研究会夏期合宿の目的地である「紀黒島」へと旅立つ日だ。

 それまでの期間、部長の命令で今日まで買い出しの準備に大わらわだった。

 合宿期間中の食材、飲料水等の買い出し、合宿料金の集金。

 JR等の切符の手配、合宿のしおり制作等々……。

 必要な資材をみんなに聞いて回ったり、合宿用の資料を作ってみたり。これは部長に添削してもらいながらの作業だから、かなり骨が折れた。結構難しい注文をつけてくるもんだから、何度もやり直しさせられた。

 期末試験の勉強もしながらやってたから試験の結果が末恐ろしい。まあ船の手配だけはしなくて良かったから、まだマシだったのかもしれない。


 目的地は無人島だから定期船など勿論無く、これといった魚も釣れないため釣り船も行かない。一体どうやって行くのかと思っていたら、部長が知り合いの漁師にお願いして島まで運んで貰うよう手配したとのことだった。さらに紀黒島には部長の父親の会社の保養施設があり、今でもその施設は使用可能だということだ。

 水は地下水、電気は自家発電機、ガスはプロパンガスでとりあえず人間らしい生活が送れるそうだ。

 キャンプ用品一式持参で行くと思っていた僕にとって、エアコン、風呂、トイレがあるというだけで安心した。これで人並みの生活ができるということだ。

 それにしても、漁船をチャーターしたり会社の保養施設を使用させて貰えるとは部長も顔が広い。伊達にミス研の部長になっているわけではないな……。


 僕以外の部員は昨日の昼に出発している。食材や合宿に必要な機材、それぞれの私物は一緒に運ばれていた。

 何故僕だけが残っているかというと、無線機の修理を待っていたからだった。

 紀黒島は無人島だから、電話など無く(保養施設にはかつてあったが、既に撤去されている)万一の場合に備えて外部と連絡を取れる手段を持っておかないと誰かが怪我や病気になった時、大変な事になる。今回の合宿を実行するにあたり、顧問の教諭からの最低条件として提示されたものだった。それに関しては断る理由など無かったが、あいにく無線機なんて部長ですら持っていなかった。 そこで学校のアマチュア無線部に無線機を借りることになったが、あいにく故障中だったのでそれを修理に出し、直ってくるのが今日だったのだ。


 僕は、珍しく早起きをして、無線機屋に行って無線機を回収した。修理費は部長からもらっていた。

 アマチュア無線部唯一の無線機が故障しているのにほったらかしで修理費用も請求するなんてあの部はどうなっているんだろう? まあもっともあそこもうちの部に負けず超過疎部ではあるから仕方ないか。

 徒歩で重い無線機を持って家まで帰るのは結構応えた。

 腕の感覚がほとんどなくなってしまった。

 それでも仕事はそれで終わりじゃない。


 あとは不足品の買い出しをするだけだ。

 近くのバス停からバスに乗り、近所のホームセンターへと向かった。

 ほとんどの物資は、昨日の便で既に紀黒島へ運ばれているが、追加として部長から指示されているものを買い出しに来たのだった。


 全国チェーンのホームセンターに入ると、僕はメモを見ながら店内を回っていった。

 蚊取り線香、蝋燭、紙皿紙コップ……。

 このあたりは既に購入済みなんだが。次に花火……。線香花火から巨大な打ち上げ花火までいろいろ。

 

 それから村野先輩に言われていたペットボトルの飲料。

 彼女はこの銘柄のお茶しか飲めないとのことで、お金を出すから買っておいてくれと言われていた。自分で買えばいいのに面倒くさいし荷物が多いから、とのことらしい。

 幸い、ここのホームセンターは規模の大きいところだったので、そんな村野先輩の希望を満たすものが置かれてあった。まさに奇跡。こんなの飲む人が他にもいるんだと感心した。値段はなんと500mlペットボトル1本で500円を超えていた。


 それと……。何か必要なものはあるだろうか?


 僕は考えた。

 島には自家発電機もあるということだったが、万一機械が壊れるかもしれない。それから、島を探索するときロープも必要だろう。食料は大量に持って行っているが何が起こるかわからないからね。ちょっとだけ保存食を買っておくことにした。

 店内をうろうろしていたら、「浄水セット」なるものを見つけ、それも手にした。何が起こるか分からないからね。水は不可欠だから。


 予算には限りがあるので、僕は懐中電灯とロープを購入した。お茶は村野先輩から預かったお金で支払った。保存食と浄水セットは自腹だ。


 やれやれ、これで全部終了だな。

 僕は重い荷物を両手にさげ、店を後にした。

 これで一端自宅に帰り、親父の車でチャーター船の待つ漁港へと連れて行ってもらうだけだ。くらくらする程の猛暑の中、僕は冷房の効き過ぎのバスを降り、家へと向かう。

 途中、脇道からいきなり出てきた車にぶつかりそうになり、ひやっとしたけどね。

 車にはねられることも、転倒することもなく、無線機なんかも壊すことは無かった。車の運転手が異常なほど激高していたが謝ったらなんとか収まったみたいだった。

 やはり歩行者は右を歩かないといけないな。


 家に帰り着くと、親父はすでに車の暖機運転をしているところだった。

「徹、遅いぞ。さっさと行こう」

 剣道場を趣味で経営している我が父が、窓から身を乗り出して叫んできた。趣味でといってもかなりの実力者だったと本人から聞いている。流派は「天真正自顕流」の流れをくみ現代まで続いている剣術で云々と聞いている。嘘か本当かは分からない。

「ごめんごめん。ちょっと買い物に時間がかかったんだ」

 僕は大慌てでトランクに荷物を積み込み、助手席に乗り込んだ。

 ドアが閉まると同時に、車は発車する。漁港までは車で30分だ。


 漁港に到着すると、港の奥の方に一人の男が立っているのが見えた。

 こちらに手を振っている。

「父さん、たぶんあの人がそうだと思う」

 僕は男を指さした。

 親父は頷くと、車をそちらへと進めた。


 車が停止すると、男がこちらへと歩み寄ってきた。

「真田さんですか? 」

 真っ黒に日焼けした40前後と思われる男がに親父が話しかける。

 男は頷き、ニッコリと微笑む。

 ランニングシャツに短パンというラフすぎる格好だ。照りつける夏の日差しに黒い体がテカっている。露出している腕や足は筋肉が盛り上がり、さすが海の男だと感じさせる。

 親父は車から降りると、男に挨拶を始めた。

「今日は息子がお世話になります。わざわざ船に乗せていただいて申し訳ありません」

「いえいえ、長谷川さんのお父さんには世話になってますから、こんなのおやすいご用ですよ」

 僕も車から降りると、男に挨拶をした。

「今日はよろしくお願いします」

「ほう、君が徹君かい? 今日はよろしく頼むよ」

 そういって僕の肩を思い切り叩いた。

 ミシっと僕の肩が鳴った気がした。

 手加減無しかい! 僕は痛みを堪え、愛想笑いを浮かべた。


「荷物はどれだい? 」

 僕が車のトランクを開けると、男は僕の荷物と買った品々を押し込んだビニール袋や段ボール箱を軽々と持ち上げると、さっさと歩き始めた。

 無線機やペットボトル、缶詰、ロープなどが入っているから結構な重さがあるのに、そんなことを全く感じさせない動きだ。


 男は僕が立ちつくしているのに気付くと、

「おいおい、ボヤボヤしていると放っていくぞ! 」

 と、怒鳴った。

 僕は慌てて男を追いかける。

「忘れ物はないな? お金は持ったか? それから薬は持ったか? もし何かあったらすぐに連絡するんだぞ」

「分かってるよ。僕は子供じゃないんだから大丈夫だって。それに無人島だからお金は使えないよ」

「そりゃそうだな。まあ、綾ちゃんが一緒だから大丈夫だと思うけどな。何かあったら、すぐに彼女に言うんだぞ」

 まるで僕は幼稚園児か何かのように親父は言う。

 僕は、ばかばかしくなって苦笑いをしながら頷いた。

「……じゃあ、気を付けて行って来いよ」

「分かった。帰りは一週間後だから、港に着いたら電話するよ」

 僕は親父に声をかけると、再び走り出した。

 


 漁師の男としばらく歩くと、やがて波止場に停泊している一艘の漁船があった。

 【第3龍王丸】と船首に書き込まれている。

 名前はレトロだが、船自体は結構大きめの漁船だった。これなら10人くらいは乗れる大きさだ。レーダーや無線機のアンテナが立っている。結構スピードも出るんだろうな。

 船のあちこちにランプやロープがあるが、この船が何を釣る船なのかはよく分からない。 部長が漁船を借りたからと言ってたから、イメージ的にもっとポンコツ船を想像していた。船外機だけの船を想像し、まさかこんなに立派な船だとは思いもしなかった。

「大きい船ですね……。これなら外洋にも行けそうだ」

 一瞬、男は、はにかんだような笑みを浮かべた。

「まあな……。それはいい。

 さあ、乗った乗った。

 ここから三時間はかかる行程だからな。ションベン行くのなら今のうちだ。船の便所は使えないからな。最悪は海にするしかないぞ」

「あ、大丈夫です。さっき行ってきましたから」

「まあそれなら大丈夫だろう。今日は日差しが強い。水をがぶ飲みしても、すぐ汗で流れ出すだろう。ションベンする間もないかもな」

 真田さん大声では笑うと、船を発進させた。

 軽やかな音をたてて、船は港を離れた。

 水面に反射する日差しが痛く感じる。

 僕は持ってきていた長袖のシャツを着、タオルをクビに巻いた。

「お、結構慎重派だな。君みたいなモヤシ君はそうした方がいいだろう。こんな日差しの日にシャツだけで船の上にいたら、あっという間に真っ黒焦げで痛くて風呂にも入れないからな」

 確かに、僕は普段外に出ないから、肌の色が白い。

 なんだか馬鹿にされたような気がしたが、ただ愛想笑いをしただけだった。


 船は速度を増し、塩の香りとともに程良い風が体に当たり、心地よい。

 さて、これから三時間近くある。

 僕は購入した物のチェックをしながら、一人考えていた。

 さてさて、一体どんなことになるんだろうか?


 真田という漁師は、操舵席に腰掛けて煙草を吹かし始めている。片手にはスポーツドリンクを持っていた。時折、それをぐいっと飲んでは、前方を注視している。


「真田さん……」

 僕は思いきって声をかけた。

 真田さんは気怠そうにこちらを見た。

「これから向かう紀黒島なんですけど、一体どんなところなんですか? 」

「小さな無人島だよ……。かつて村のあった残骸とどこかの会社の研究施設だった廃墟があるだけの何にも無い島だ」

「部長の話では、宿泊できる場所があるって聞いているんですが」

 何もない無人島と聞いて、僕は嫌な予感がした。宿泊施設があるって話だから野宿ではないだろうけど、廃屋みたいな所にに寝泊まりするんじゃないかと思ったのだ。

「ああ、泊まる場所ならあるぞ。長谷川さんの会社があんな島に研修用とかで造ってたんだそうだ。話を聞くまでは全然気づかなかったけどな。実際見たけれど、二階建てのそこそこ綺麗な建物だったぞ。それにしても、長谷川さんところは金があまって仕方なかったんだろうな。あんな島に研修施設を作ったって、だれも行きたがらないんじゃないだろうか。ま、風呂もエアコンもあるから、普通に暮らせる。ただ、何もすることが無いから退屈極まりないだろうが。テレビなんか映らないし、ラジオすら電波が届かないんだからな」

 その言葉を聞いてホッとした。

 こんな真夏に風呂もエアコンもないところで一週間も暮らすなんて、どう考えても不可能だ。

 さすが部長だ。

 まあ女の子もいるんだから、そういった設備がないと誰も来てくれるわけないもんな……。

 テレビやラジオなんかが無くても、みんながいるから退屈はしないだろう。

「安心しました。ところで、紀黒島ってなんか観光するような所ってあるんです? 」

 男は、それを聞いて微かに笑った。

「だから何もない島だって言っただろ? 本当に何もないんだ。せいぜい島にある洞窟とか祠くらいだなあ。そんな物、興味あるかい? 」

 洞窟に祠……か。

 なんだかミステリーの臭いがする。

「その祠とか洞窟って何か由来でもあるんじゃないですか? 」

「そうだな。眉唾ものだが、伝承みたいなものがある」

 勿体ぶる彼に少し苛ついたが、僕はしばらく待った。

「古代……。

 事件の舞台となる島を根城として付近を荒し回った海賊がいた。

 海賊は略奪と破壊の限りを尽くし、ついには天皇家と繋がりの深い豪族の娘を攫ってしまう。

 この事態についに朝廷は娘を攫われた豪族に兵を与え、海賊壊滅の命を与える。

 一方、さらわれた娘は下賎な海賊達に辱めを受けようとしていたところを海賊の頭領によって助けられ恋仲となる。抵抗を試みた海賊達は、朝廷の圧倒的な兵力の前に一夜にして海賊は滅ぼされ、頭領は捕獲され娘は助け出されてしまう。


 捕獲された頭領と娘が恋仲となっていたことを知った豪族は怒り狂い、島の洞窟の中にて娘の目の前で頭領を七日七晩拷問し続け打ち首にしてしまう。


 頭領を目の前で無残に殺されてしまった娘は狂人となった。殺された頭領の遺骸に反魂を試みようとしたが、これを見た豪族は、反魂の術による災厄を恐れて島の洞窟に娘を幽閉してしまう。

 以来、時折洞窟の岩の隙間を流れ、島中、時には風に乗り、豪族の屋敷にまで娘の狂った怨嗟が届いたという。

 そして、それからと言うもの豪族の治める地方には飢饉や干ばつに見舞われ、さらには忌み子や鬼子と言われる類の畸形の子供が多く生まれるよ うになり、その子達の多くは島へと流されることになる。

 最後には豪族も没落し、後の人々は災厄を恐れ決して誰も島に踏み入れることはなかったという。


 江戸時代に入り、島に入植する人々も現れた。やがて平穏な時代が訪れたが、娘の呪いは消えることはなかったようで、島の近海で捕れる魚はどこかしら通常とは異なる形をしていて、味もとても食べられるものでは無くなっていた……(サウンドノベル企画 182より)」


 真田さんの語る話……。

 あまりにも荒唐無稽で、信憑性はまるで無いように思えた。豪族が海賊を討伐したといった話は実際にあったかもしれないが、朝廷の関与、反魂、呪い、奇形、魚の異常といったことはとても信じられない。現実味のない話だ。

 長い年月をかけていろんな伝承や噂が後付され形成されていく民族伝承なのだろうか。


「ところで君は、紀黒島の名前の由来を知っているか? 」

 問いかけられ、僕は肩をすくめた。

 取り立てて変わった名前でもないし、由来なんてあるのだろうか。

 昔の偉い人が名前をつけたとかそんなものだろうか?

「本当の名前は鬼哭島というんだ。まさにさっき話した伝承通りの名前。鬼と化した娘の泣き声が響き続ける呪われた島。……それが由来だよ。

 後日、人が住むようになって、あまりに縁起が悪いということで【きこくとう】の当て字で紀黒島と島の名前が変わったんだよ」

 背筋が寒くなる気がした。

 不気味な伝説、不気味な名前。それを嫌い、島の名前を変えた人々。事実に裏打ちされた名前だからこそ、人々はその現実から目を逸らすため名を変えたというのだろうか?

 しかし、すべては過去の話。誰も本当の事を知る者はいない。

 長い年月の間に人々が、それも関係のない外野が面白半分に作った話としか思えないな。


「まあ、昔話なんてそんなもんだ」

 僕が不審そうな顔をしているのに気付いたらしく、補足した。

「君の仲間にも同じ話をしたが、やはり怪訝そうだったな。実際、オレもそう思うが……。だが、魚が捕れないのは事実なんだよ」

「それは、まさか、呪い……なんでしょうか? 」

「あはは。いやいや、違うよ。昭和に入ってから、島には旧日本軍の施設ができたし、その後、製薬会社の研究所ができたせいだと思う。それらの施設が一体、何の研究をしていたのか分からないし興味もない。しかし、施設というか工場みたいなものからはいつ行っても妙な色の廃液が流れ出ていたとか爺さんが言ってたな。おまけに、昔は紀黒島の近くに良い漁場があったんで爺さんたちが島の施設の前を通っていくことがあったんだけど、もの凄い異臭が漂う時があったって言ってたな。環境問題なんて出ることのない時代だから、そうとう環境に悪いものを何の処理もせず垂れ流していたんだろうな。そんな話はすぐに世間中に伝わる。だから、誰もこの辺で漁はしない。この辺りで捕ったって聞いたら買い手がつかないし、それ以前にまともな魚が捕れないからな。釣れても、みょうちくりんな形をした魚だったな。今の時代なら補償問題で大騒ぎだろうが、時代が時代だったせいか誰もそんなことを言わなかったみたいだけどな」


 民間伝承と旧日本軍、製薬会社。それらは1つの線で結ばれるのだろうか?……結論など出るはずがない。これはミステリというよりは【オカルト】の範疇だろう。

 旧日本軍の秘密研究といえば細菌兵器とかを思い出すが、僕が知る限りそれは大陸で行われていたものだったと思う。確かに国内でも秘密裏に作業を行うことができたかもしれないが、そんな研究をしていたとしたら当時の米軍に発見されていないはずもなく、さらに戦後もその研究を引き継いで国内製薬会社が何かを研究していた!なんてのはまさに信憑性のないオカルト与太話としか言いようがないな。SFやホラー映画なんかでよく見かけるシチュエーションだ。


「どうだい? ミステリー研究会の部員として興味惹かれる話だろう? 」

「そうですね」

 僕は曖昧な返事をした。

 ミステリ研究会のミステリはそういった怪奇現象を追いかける部ではなく、推理小説を愛好し、そのトリックや犯人の意外性などを議論することを好む者の集う部だと訂正したかったが、彼がミステリ研究会を文字通りに解釈して、島にまつわる怪奇伝承やオカルト話について気を利かせて話してくれたことを思うと、僕は何もいえなかった。


「まあこういった知識があったほうがいいだろう?いろいろ島の中を巡ってみるのも面白いと思うぞ。そうでもないと、たぶん退屈な合宿になるだろうしな」

「確かにそうかもしれませんね。その辺を見て回ってみます。ありがとうございました」

 僕たちの合宿の目的を知らないから、気を利かせて話をしてくれたことに感謝した。


 部長が言っていた多くの人々の不審死の謎。

 幾人もの当時の社員かその関係者が、紀黒島を製薬会社が撤退した後、謎の不自然な死を迎えている。研究の秘密が暴露することを恐れた組織によるものなのか、それとも研究していた何かの影響か……。

 我がミステリ研究会はそれを突き止めようとしているのだろうか。しかし、……その謎を解くために島を訪れたところで、本当に謎が解けるとは思っていなかった。製薬会社が閉鎖されたのは随分前のことだ。もし陰謀とかがあるなら、そんな痕跡など残すはずもないだろうし。

 本気でそんなことをあの部長が考えているのかな。合宿の名目として無理矢理つけただけって感じがするな。


 単なる廃墟巡りの旅でしか無いだろうから、真田さんの言った民族伝承のことを調べてみる方がいいかもしれない。

 そんなことを考えてみた


 そして、僕たちは会話も無くなり、しばらくの間、無言で過ごした。


 真田さんは舵取りをしながら煙草をふかしている。

 僕は暑さに耐えかねて買ってきたペットボトルのお茶をがぶ飲みする。影に隠れていてもやはり暑いし喉が渇く。

 僕はポケットから島内での連絡用にと渡されていたPHSを取り出し、電源を入れてチェックする。

 島とはまだ距離があるようで、繋がることはなかった……。


「おい、……田中君」

 急に声をかけられ、僕は彼の方をみた。

 前方の海を指さしている。

「ほら、目的地が見えてきたぞ。あれが紀黒島だよ」

 僕は立ち上がり、前方を見やった。


 何もない海の真ん中に、ぽっかりと浮かぶ小さな島が見えた。

 ラクダの背中のような形の島。

 あれが紀黒島なのか……。

 船が近づくにつれ、細部が見えてくる。

 青い海の上に浮かんだ木々に覆われた島。その中央にいくつもの建造物が建っているのが認識できる。前方には崩れ落ちた防波堤があり、その向こうに灰色の建物が見える。その右側にはタンクのようなものがあり、左側には小さな建物も何戸かある。

 しかし、そのどれも破壊されたような形跡があり、遠目にも相当痛んでいるように見える。


「あれは何ですか? 」

「名前は忘れたけど、さっき話した製薬会社の研究所跡地だよ。横に見えている小さな建物が話によると軍の施設だったり居住区だったということだ」


 確かに建物の山手にもなにか小さな建物が何戸か建っている。こんな離れ小島にこれほどの施設があるとは……。あまりにも場違いな印象だ。これだけの施設を建てるからには何らかの目的があったのは間違いないだろう。営利企業が建築したのだからそれなりの儲けを見込んでのはずだし。

 それにしても——何となく禍々しい印象を受けた。真田さんから伝承を聞いたせいだろうか?


「こっちは島の反対側だ。残念ながら施設のある側の港は船が進入できない状態だ。自然災害かそれとも人為的なものかは知らないが、港がめちゃめちゃになっている。上陸するには反対側の港にいかないと駄目なんだ。それに君の仲間が待っているのはこの施設のあるちょうど島の反対側だ。もうしばらくかかるから、島の景色でも楽しんでくれ」

 男は船の速力を落とした。


 壊れた防波堤。

 それもかなり徹底的に破壊されたようにみえる。

 建物はそれほど大きな倒壊はこちらから見る限りではなさそうだ。

 一体、何があったのだろうか?

 地震でもあったのか。それとも人的な力が働いたのか? ……つまり爆破された?


 島の外周に沿うように船は進んでいく。やがて港が見えてきた。


 かつて人々が生活したであろう集落が見えてくる。

 どれも人が住まなくなってから相当の時間が経過しているらしく痛み崩れ、ツタや雑草に覆われている。


 その集落の右側に比較的新しく綺麗な建物が見えてくる。

 「あそこに見える二階建ての建物が君たちの宿泊先だよ」

 コンクリート造りらしい建物が集落から少し離れた高台に建っていた。この距離からみても結構新しい事がわかる。


 あれに宿泊か。……少し、ホッとした。


 宿泊棟の少し上にある高台に、円筒形の建物が見える。

 なんだろうか?

「山の中腹に見えるのは展望台だ。長谷川さんが宿泊施設を作るついでに昔から島にあった展望台を改装し作ったらしいぞ。あそこからなら瀬戸内海が見渡せるから景色はいいかもな」

 気を利かせたのか、真田さんが教えてくれた。

 着いたら、あそこに行ってみるのもいいかもしれないなあ。


 船はどんどん港へと近づいていく。

 僕は上陸に備え、持ってきた物の整理を始めた。

 結構な量の荷物なので、あの高台まで持っていくのは大変だな……。2、3往復はしないと無理っぽい。

 建物までの道は舗装されてそうだから、手押し台車でもあれば楽なんだけど。そこまでの準備は出来ていない。仕方ないな。


 着替えの入ったリュックを背負おうとした時、電話の着信音が鳴った。

 慌ててリュックを下ろし、中からPHSを取り出した。


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