第41話 遠江の人攫い

041 遠江の人さら


竹中半兵衛は、その組織力に驚いていた。


遠江は今川の領地であるが、南蛮船ははるか沖合に停泊すると小早船が迎えにやってくる。

そして、人のいない砂浜に夜に上陸する。


手引きする者たちは、おそらく素波すっぱである。

「小田原城の見物でもできればよいのですが、今回はお許しください」この男は全く敵地にいることすら感じさせない余裕がある。


「どのような策を用いるのですか?」と聞いてみたが、

「まあ、なるようになるでしょう」としか答えない。


「ですが、相手が困っているのは承知しておりますので、丁寧に説明すればわかっていただけるのではないかと思います」

「そのようなことも承知しているのですか」

「ええ、まあ」

恐るべき情報収集能力というべきであろう。

自分のところにやってきたのもその表れであろうか?

つまり自分も相手から見れば、十分調略可能ということなのだ。

半兵衛は慄然りつぜんとする。


彼が勘違いしているところは、調査の結果で知っているということではなく、ただ単に知っているということである。


竹中半兵衛は、不満があったので、稲葉山城の乗っ取りを敢行したりしているので、歴史的事実として認知していたのである。


一方、此方の家である。

正面にいる、尼風の恰好をしている女性が当主である。

下手しもてには、招かれざる客の九十九一味となぜか、竹中半兵衛である。

「率直に言いますと、そちらの御子さんを預けて下されば、万石の武将にしてみせますので、お願いに参ったのです」

「子供とは?」

この室内には子供はいない。

「確か、虎松殿と申されたか?」

「何故、そのようなことをご存じなのですか」女当主が声のキーをあげる。

「今、井伊家は狙われております、安全なところに逃げるのが正解ではないでしょうか」

近ごろ、虎松の父は、今川家に謀反を疑われ、誅殺ちゅうさつされていた。

そして、その親族たちも命を狙われていたのである。


「逃げてどうなるというのですか」と女主人。

「逃げて、我が家、鈴木家の臣となるのです、私が後ろ盾となり、虎松殿を一人前の武将に育てましょう」

「なぜ、虎松にそこまでしていただけるのか?」


もっともな疑問であるが、井伊直政になるからというのは、はばかられるであろう。

「それをいうと、皆が一応に妙な顔をされるので言いたくはないのですが・・・」

「妙な顔?」

「真実を告げますれば、ひとえに八咫烏神のご神託が降ったのございます」

得意の嘘が炸裂するのである。

女主人のちの直虎?が妙な顔をする。

「そのお顔でござる」と九十九が突っ込みを入れる。


「まあ、鈴木家重臣の中にもそのような顔をする方たちが多くいらっしゃいますので、仕方なき仕儀にござるが・・・」ととぼける男。


すでに、重臣たちの会議にはほとんど出席をしていない男であった。一応筆頭家老である。

呼ばれていないということもあるかもしれない。

重臣たちは紀州の国政を行うだけで、以外の領国については、九十九政権が勝手に仕置きを行っている有様である。


「まあ、論より証拠と申しますれば、私が自らの息子のように育てた子供を二人連れてきています、本多平八郎と榊原亀丸です」と二人の少年を紹介する。

いわゆる、徳川四天王の二人である、今日の主題、井伊直政も徳川四天王の一人であるので、連れてきたのである。仲は悪かったかも知れないが、それが適当だとおもったのである。


二人の少年は丁寧に挨拶をする。

よく訓練されている少年兵である、体格はもう、そこらの大人よりも優れている。

よく食べ、よく眠り、よく勉強し、人の三倍訓練をする、これが、海兵の士官学校の方針であった。

初め紀伊雑賀崎にあった訓練所は今や淡路島全島が訓練所になっている。

九鬼澄隆が治める6万石の国である。


「もちろん、井伊家の皆さまが全員避難されても問題ありません、我が方には、まだ領地がたくさんあり、人材はいくらでも受け入れ可能でございすぞ」


占領地は120万石を超えている(但し一部寺社領を含む)。

そして、この120万石とは、標準の石高収入である、農業部門の発展の成果は凄まじく、本当の収入は200万石に迫ろうとしていた。しかも、飢饉対策として、芋の生産を奨励しているため、まず喰うものがないという事態には直面することはない。



さらに、今現在、摂津の一部方面にも侵攻し、占領している。


「本当にその条件を守っていただけるのですか」女主人は苦しそうな顔をしていた。

「まさに、神にかけてお守りしましょう、八咫烏の起請文きしょうもんです」

それは、堺商人たちを恐怖のどん底に叩き落とした代物だった。


起請文に書かれた事項を守らなかった堺の商人の一人が、会合衆の皆の前で悶死するという事態を起こし、それ以来、の品と呼ばれるになっていた。

今でいう所の「デスノート」である。


・・・・

屋敷内には、これから国を脱出する者たち数十名が集まっていた。

それ以外の者たちも、ほとぼりがさめてから?紀伊にあつまることになった。


「さすがに、この騒ぎでは、追手がかかるかもしれません」と半兵衛。

「そうでしょうね、ただでさえ、見張りはついているでしょう」

「謀反とみなされるでしょう」

「脱出は、上陸した砂浜から、小早で本船にわたります」と望月。

「そこまで到達できればよいのですが」と半兵衛。

「心配はご無用です、いざとなれば、私が殿しんがりとなり皆さまを無事脱出させます」

「そうですか」と半兵衛はいったが、非常に難しいのではと考えていた。

武者だけなら、切り抜けることも可能であろうが、赤子(虎松)や女(母親)達、その従者だとあまり、戦力としては期待できない。


町からの脱出はうまくいった、井伊谷川に沿って南下する。

遠くから馬蹄の音が聞こえてくる。

「来ましたね」

「皆は先にいかれよ、もう少し行けば、川と森との間が狭くなるところがあったはず、そこをなんとしても越えてくだされ」

確かに、浜に行くまではそのような場所もあった記憶がある、そこを抜ければ、砂浜はすぐそこである。


であれば、なぜ夜に行動しなかったのか?半兵衛は不満だった。

まだ、太陽は中点高く輝いていた。


「止まれ!」

騎馬武者が叫んでくる。

「とにかく馬が邪魔だ」

「承知」と望月。

騎馬は3騎である、その後ろから足軽が走ってくるのが見える。


半兵衛は、逃げる者たちの最後尾から見ていた。

敵兵?が来れば戦う覚悟はしていた。

望月、九十九、平八郎、亀丸は懐から何やら取り出して、それを頭上で回し始める。

そして、投げる。


馬がどおと倒れた。


彼らの使った武器は「みじん」と呼ばれるものである。

縄の先におもりがついており、三つ又に分かれているものを振り回し、投げるのである。

そうすると、まつわりつくように相手を縛るのである。


投げ出された騎手の二人は重傷をおって動けないが、一人が抜刀して走ってくる。

鎧は着ていない。


平八郎の槍が一閃されると、喉を貫かれて追手が即死する。

「後退する、急げ」

このままでは、平八郎らが此処で迎え討とうとするに違いないので男が命令する。


・・・・・


恐ろしい位の速度で走る、彼らは、見慣れぬ足袋のようなものを履いていた。

(革のブーツである)

一番の狭いところに何かを仕掛けている。

彼らの動きには全く無駄がない、恐ろしく訓練を受けているのであろう。

半兵衛は今までそのような人間を見たことがなかった。


「いや~お待たせ」汗をぬぐいながらやってくる男達を半兵衛は複雑な気持ちで迎えた。

「もう大丈夫です」自分とそう変わらない男は何事もなかったようにいう。

これからが、足軽との戦いが始まるであろうに・・・。


「伏兵を配置しているのですか」

「そうです、あの辺りです」林の方を指す男。

「鉄砲ですか?」

「ええ、しかし、3名しかおりませんよ」

「では、此処で決戦ですか」

「いえいえ、手出しは無用ですというか、出番はないでしょう」


「いたぞ!あそこだ!」

足軽たちが槍を担いで走ってくる。

そして、川と道が林に迫ってくる場所に差し掛かる。

バーンという一発の銃声、ドーーン、ドーーン、次々と何かが爆発した。

爆炎と巻き上げられた砂煙が晴れてくると、そこには、悲惨な光景が展開されていた。

20名以上の戦死傷者が倒れ伏していた。


「今のは何ですか!」

目の前のことにどう反応していいのかわからず、半兵衛は聞いてしまった。

「対人地雷くれいもあです、一応極秘ということでお願いします」

さすがに、電波で発火させることができないので、銃により雷管を打ち抜く必要がある。

もちろん、御猪口おちょこ程度のものを数十m先から狙撃することは、鈴木銃勇士には容易いことである。


だが、彼の考えた「鈴木銃勇士」10人と銃をかけたは、九十九銃勇士と呼ばれていることをこの男は知らない。


南蛮船に何とか上陸し、人心地つく。

海兵はきびきびと動き船は、まっしぐらに尾張を目指す。

半兵衛を降ろすためである、井伊家の人間には、尾張経由志摩経由紀伊と説明されている。


「井伊家の方には申し訳ないが、紀伊本国には、領地の空きがないので、とりあえず、岸和田城周辺に一万石を用意します」

「え?」女当主が当惑している。

「岸和田城は、すでに大改修しており、出先には、大阪城(仮)、大和方面は信貴山城、多聞山城がありますので、一応安全だと思われます」

「本当ですか?」

「私は、嘘をつきません」と大ウソつきの男が言っている。


「ですが、虎松殿は、紀伊本国か、淡路国の士官養成学校に行ってもらうことになります」

「まだ赤子なのに」

「大丈夫です、母親、乳母は同行可ですし、他にも赤子ほどの子もおりますので」と望月。


但し、洗脳されてしまいますが・・・。

そして、元々は、孤児の収容施設でもあったのです・・・orz。




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