第27話 鬼十河

027 鬼十河


鈴木の2500名の兵と牛、驢馬、馬たちが列になって帰っていく。


堺の町の一部は爆破され、塀、櫓、門も破壊された。

越後屋の全財産は没収され、または売却された、越前屋も同じ道をたどった。

越前屋の財産は2万貫もないため、残りの金は堺町衆が出さねばならないという契約を押し付けられた。


越後屋の財産の中では、やはり所有する船が一番価値があり、それが競売される。

そして、堺町衆、特に、会合衆には恐怖が刻まれていた。

乱暴狼藉を働いた兵士は全員が斬首、さらし首となっていた。

いつもなら、それを楽しく見る人々だが、今回ばかりは、自分の首が寒かったのである。


数日後、三好家の軍がやってきたが、人々はどのようなリアクションをとってよいかわからなかった。

悪口を言って、鈴木をらしめてくれと言いたかったが、そんなことを言えば、自分の首が飛びそうになる恐怖があった。

ちなみに、戦闘で死んだ兵士より、軍律違反で処刑されたほうが多いという特異な現象が起こっているのも、人々の恐怖を増幅させた。


駆け付けた十河一存(そごう かずまさ)はあてが外れた。

一戦あると思っていたのである、堺は環濠都市で自衛している、急げば間に合うと思っていた。

しかし、着いたら敵は去った後だという。

普通なら、十河様のおかげで敵は逃げましたと喜ばれるところだが・・・・。

「お前たち、心配するな。越前屋の仇はとってやる」

「・・・・」

皆が黙ってしまった。


「仇などとは、越後屋様が約束をお破りになったのが始まりなのです」商人達は青い顔をしている。

「どうしたのだ、まあ、よいわ、我らは、岸和田城を奪還せねばならん」

「ご武運を」

「うむ、ではな」

「行ってらっしゃいませ」堺は長らく三好家の影響を受けている。

十河は三好長慶の兄弟(弟)である。


十河軍が追撃態勢にあることは、忍びの報告で分かっていた。

岸和田城の応急修理はすでに完了している。

俺たちは、岸和田城に入城した。


その翌日には、十河軍6000が城を囲んだ。

「城攻めには、三倍の兵力がいる」

「それは、城を熟知している場合です、ここは、敵の城ですからな、油断は禁物ですぞ」と戸次べっき、戸次は参謀であり、望月は副官という役所である。


「そもそも、戦うつもりはない」

「そうですな、用事は済みましたからな」

「だが、囲まれている状況だな」

「どうされますか」

「相手次第であろう」


十河軍から使者が来て、協議が行われることになった。

双方から距離をとった場所に、陣屋が設けられる。


そこに、俺と戸次、望月が赴く。

十河側は、十河とその臣下2人である。


「岸和田城を無碍むげに攻撃し、乗っ取るとは、非道千万である、直ちに明け渡されよ」と十河が怒鳴る、彼は歴戦の猛将である。いわゆる鬼十河おにそごうと呼ばれる猛将である。


「我らは、通過しようとしただけ、それを攻撃してきたのは、そちらである、我らには非はない」とこの男は絶対に自分の非を認めないのは前世からである。


・・・・・

言い合いはかなり続く、しかし、現状を解決することはできない、主張を言い張りあうので、距離が縮まらない。

「我らは、補償として、2万貫を要求する」

「馬鹿な、そんな金を払えるわけがなかろう」

「それでは、籠城する」

「儂らに勝てるとでも」

「その手勢では、無理では」

「すぐに援軍が来るわ」

お互い一歩も引かない交渉?(口喧嘩)は続く。

「では、日根郡を譲り受けたい」

「・・・・」


三好家の事情としては、今のところはすぐに開城させたいのが本音であった。

本隊は、細川家、足利将軍家と戦争状態であり、こんなところに構っている状態ではなかったのである。


そして、それが解決すれば、紀伊の田舎大名など簡単に圧倒できる兵力を持っているのである。

「わかった、では日根郡をしよう」と十河が言う。

「では、神名に誓う起請文を用意しましょう」

十河の中では、細川をかたづけたら、あっという間に取り返してやろうと考えていた。


ここに岸和田城を開城する代わりに、日根郡を鈴木家に譲る起請文があった。

そこに、互いに署名、血判を押す。

「これで、日根は鈴木のものとなった」

「よかったですな」十河の顔には、侮蔑ぶべつの色が浮かんでいた、この田舎者が騙されてくれて、助かったわと・・・。


悠々と撤兵していく、鈴木家の兵、とにかく鉄砲兵が多い、そして、馬牛驢馬と、家畜が多い。この時代の最先端をいく?の動物化師団である。


鉄砲は最近の武器である、もちろん堺とのかかわりの深い三好であるから、鉄砲を所有しているが、こんなにはもってはいない、兄上に報告せねば、と思う十河だった。


・・・・

報告を受けた三好長慶は、なじみの堺の商人に、鉄砲の調達を依頼する。

このころ、鉄砲の製作は、根来、雑賀、堺、近江国友、美濃関と刀鍛冶が有名な地域が多く、刀鍛冶が鉄砲鍛冶へと職替えしていくという時代の流れであった。


しかし、九十九の工作により、根来、堺、国友の鉄砲生産は阻害されており、生産数はそれほど拡大していない。


そして、最も性能がよいといわれ始めたのが、雑賀の鉄砲であった。

雑賀の鉄砲は長持ちすると評判になり始めていた。

そのほかの鉄砲が日本製の砂鉄由来の鉄を主原料とするため、どうしても、硫黄などの不純物が含まれているのに対し、雑賀の鉄砲の主原料はスウェーデン鋼を用いているため、硫黄分が少なく、高品質のまま銃身となり、その分、砲身の命数(発射できる回数)が多いのであった。


「今井殿は鉄砲を商っておるらしいが、当家に回してほしい」

「もちろんでございます、しかし、お高こうございます」

「そうか、しかし致し方ない、この戦がおわったら、紀伊の田舎者どもを平らげてくれる」

「・・・そうでございますか」目の前の十河を悲しげな目でみる今井宗久であった。


その銃が雑賀製ですともいえない。

そして、この前の惨劇を思い返す、今までは、少し変わった子供程度の認識だったが、今は違う、彼は、不可触の存在であると思った。

だが、いまさら、避けることはできない、そんなことをすれば、が亡ぶ。

直感がそう告げている。


もう一つわかったことがあった、彼らの使っている火縄銃はこちらで売っているものとは違うということであった。

街を占領した雑賀勢の火縄銃は明らかに、仕入れているものとは違った。

外観だけでも、銃床の形、吊りバンドの存在、用心金。

もちろん、今井はそのような用語はしらないがその部分が違うということはすぐにわかったのである。


雑賀兵の鉄砲は銃床の部分が肩付けで撃てるよう長くなっている。

これにより、より安定的に発射することが可能になり、命中精度に多大な好影響が出た。


吊りバンドは、行軍時に肩に吊れるようになっている、現在では常識の装備である。

捧げ筒の形で行軍するのは疲れを増す。


用心金というのは、いわゆるトリガーガードのことで、引き金の周りを囲っている金属のことである、不用意に引き金を引かないように取り付けられている、これも現代では常識である。


そのほかにも、ライフルが銃身に刻まれているとか、銃身の基部あたりはさらに厚さを増しているとか、発射薬が多めとか、パッと見ではわからない差もあった。

さらに、紙早合を使用しているとか、雑賀撃ちとかなどは知る由もない。


「10丁500貫!高いな」

「三好様には特別に400貫でお譲りいたしましょう」さすがに、普及してきたので、価格も下げる必要がでてくる時期であった。

「では、とりあえず、100丁頼む」

銃には、弾も火薬もいるのだが、鈴木家は今井から買わない。

今井の納屋は、いち早く明の購入先を押さえて大儲けできていた。

その必要性を教えてくれたのが、あの九十九少年であった。

しかし、なぜうちから買わないのか?別のルートがあるのか?


今井は愛想笑いを浮かべながら、深く考え込んでいくはめになった。


そのころ、紀伊、弥勒寺山城では・・・。

「は、日根郡の割譲を受けましたが、三好は今の戦い、細川家及び足利将軍家との闘いに決着をつければ、間違いなく、侵攻してくるでしょう」と戸次が、孫一に報告している。

「九十九よ、なぜにそんなに戦いを起こすのか」

「は、殿の御ためにございます」と簡単に嘘をついている。

「ようわからんが」困り顔の孫一。


「いずれ、三好が畿内の覇権をとるでしょうが、その前に、我らは、畿内に出る道を作る必要がありますので、日根に足掛かりを得たのでございます」

「儂は、戦など望んでおらん」

うしろで大殿とよばれる、佐太夫もうなずく。


「神のご神託では、三好が畿内を制すれば、いずれ、紀伊も災禍につつまれるということでした」嘘である、都合が悪くなると、すぐにとなる。


苦い顔の重臣たち。

しかし、鈴木家を大発展させているのも事実、これはすべて神託のおかげとなっていた。

「戦はまぬかれぬものでございます、戦乱の世でござれば」と戸次。

さすが、九州三国史の世界を生き抜いた武将であった。

ただし、頭の中をいじられており、まともかどうかは不明であった。






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