第5話 鉄砲伝来
005 鉄砲伝来
俺たちの刀鍛冶修行もこの数年でだいぶ進んだ。
本当は、もっと基本を学ぶところであるが、口利きの成果だったのか、一通りの作刀のやり方は学ぶことができた。
俺の料理番は永久らしいがな。
俺たちは自分で作るための道具なども自分で作っている。道具の自作は職人の基本である。
そして、なんと、醤油・味噌の原型だがなんとすでに、湯浅で発見できていた。
由良では、水が合わず、湯浅で作るのが吉らしい。
そして、由良には、白崎海岸があることを思い出す、石灰岩でできた白い海岸なのである、そういう地形であるため、水が硬水なのだろうという推論を得たのであった。
そして、天文12年(1543年)種子島にあれがやってくるのであった。
俺は、その時がくるのを楽しみにしながら、修行を続けるのであった。
ちなみに、料理はやっと塩味オンリーから脱出し、醤油味、味噌味が追加される。
そして、それは本物の牡丹鍋を開花させることになる。
すでに、この芝辻鍛刀所では、芝辻の次に偉いのは、俺になっている。
兄弟子達も決して俺には、文句は言わなくなっていた。
だから、俺がかってに、作業場の道具を使って、刀らしきものをつくっていても、何も言わないのである。
本来ならどつきまわされるレベルの暴挙である。
この歴史的な年に俺は、鶏小屋を郊外に新設し、鶏卵と鶏肉を得る準備を進めていた。
鶏はふつうにいたのであるが、やはり彼らは食べないのだそうだ。
「愚かなり、庶民破れたり」誰に向かって言っているのかわからんが、俺は一人ごちた。
鶏の世話は、新たに、平井からきた小僧達に任している。自分の方が年下だったりするがな。
1543年の終わり、ついに、親子どんとかつ丼が芝辻鍛刀所でさく裂した、ついに米食の夜明けが告げられたのである。
天文13年(1544年)の暑い日だった。
「これはこれは、
相手は、40位の男である。
名を津田監物(つだ けんもつ、かんぶつではない)という、弟が杉の坊という堂宇を開いている、根来衆にも顔の聞く土豪である。
「根来一の腕と聞く、お前に頼みがある」
「なんでございましょうか」もちろん刀を注文しに来たものであろうと芝辻は考えていたであろう。
「おい、あれを」後ろの配下の武士に命令する津田。
長い箱が持ち込まれる
「これは決して余人に知られぬな!」
箱のふたが開けられると、油紙に包まれたものがあった。
油紙がひろげられると、そこにはもちろんアレがあった。
俺は、この店のナンバーツーとして当然その場に立ち会っていたのである。
「鉄砲じゃ」
「???」芝辻は混乱している。
「複製せよと申されるのですね」と俺。
「うむ、できるか、いや必ず複製するのだ」と津田監物。
「初めて見るものですので」
「承りました」と俺。
「よし、できたものは買い取るので頼むぞ」
「え?」と芝辻。
「必ずや」と俺。
「え?」
津田達は店を出ていった。
「おい九十九!」真っ青の芝辻師。
「師匠ならできますよ」
芝辻は膝から崩れ落ちた。
こういう取引を失敗すると、大変な不幸に見舞われることは
こうして、歴史的大イベント鉄砲伝来が始まったのである。
「ではまず人手を集めましょう、幸いにもこの根来にわたくしども配下があと8名いますので、此方に呼びましょう。そしてからくりの部分は、彫刻師、木製部品は
火縄銃を完全に分解し、部分ごとに仕分けする俺氏だった。
「では、筒部分の再現ですが、芯棒を作ります、穴の部分になりますこれが砲身になりますので、同じ直径でまっすぐに作る必要がありますのでよろしくお願いします」
「芯棒を作ってどうするんだ」恐る恐るという風に親方が聴く。
「芯棒に鉄を巻き付けて、鍛接します」
「なるほど、そういうことか」
「では取り掛かりましょう」
「おう」芝辻はようやく顔色が戻った、説明を受ければ、それならできると考えて、安心したのである。
芝辻鍛刀所では、雑賀衆が入り込み、火縄銃の複製が開始される。
俺はねじ(
ねじの大きさより少し大きめの鉄塊を作ってもらい、自分の道具で削り始める。
この道具は自作の品で、タングステン鋼のバイト(牙)である、焼結冶金で自作した。
ゆえに、すぐにきれいに削りを終わることができた。
やはり、知識は大事だ、タングステンの粉をカラスに頼んでいたのである。
鉄の芯棒も完成し、それに鉄を巻き付けて鍛接する。
さすがに、芝辻鍛刀所の猛者たちである、アッという間に完成させて見せたのである。
「では、ねじですが、筒を熱してから、ねじを押し込んで型を写しとります」
「なんてこった」親方があきれ顔である。
「ただし、親方、筒はかなり圧力に耐える必要がありますので、厚めの筒も作りましょう」
一か月で複製が完成する。
火薬、弾を津田側が用意して、試射することになる。
「こんな短期間でできるとは!鉄砲というのは簡単なものなのか?」津田監物が驚いていたらしい。
本家種子島が尾栓に苦しんでいたことは、ここでは知られていない事実である。
10間(約20m)先に標的が設置される。
此方は、銃を固定し、離れてひもで引き金を引く、暴発すれば大事故になるからである。
「用意よし」
火蓋を開いて、俺が離れる。
孫一がひもを引く。
バーンという轟音が響き、黒煙が沸き起こる。
紀州1号が、標的を打ち抜いていた。
それから、標的を鎧やその距離などを変更し、また銃を紀州2号に変更したりしながら試射は終了する。
銃身に亀裂などはなく問題はおこらなかった。
有効射程は約50m、最大射程100m程度であった。
射手は孫一が行った。
射場、火薬、弾などが解放され、芝辻に鉄砲の量産が命じられる。
俺たち雑賀衆はその年、鉄砲製作の過程を春まで修行した。
天文14年(1545年)春
雑賀衆は、平井に帰ることになる、鉄砲製作を地元で行うためである。
根来でいくら作っても、利益にはならないからであった。
「兄やん、あとは頼むで、俺は武者修行に行かなあかんし」
九十九数え10歳の春であった。
「でも、ほんまに大丈夫か?」
「うん、大丈夫やで、刀も銃もあるし、連れもできたしな」
もちろん、日本刀は数年で修行したくらいでは作ることはできない。
しかし、スウェーデン鋼はすでに良い状態の鋼であるため、形を整えて、焼き刃さえ行えば、切れるようになる、鋼とは刃金なのである(ほとんどナイフの製作と同じ?)
かなりの手数を省くことができたのである。
「おい、九十九さすがに、そんなお前の刀なんかより、わしの作った方がええぞ」親方がそう言って刀をくれたので、有難くもらっているのだが。
「それより、お前帰ったらすぐに連絡せえよ、わしら平井へ行くさけな」(行くからなという意味)
親方たちは俺の飯が食いたいらしく、転居するつもりのようである。
このことが、後に紀州の鉄砲文化を花開かせる基礎となる出来事であった。
「兵衛、ツクモのこと頼んどくど」と孫一。
「はい、任されてください」公家顔の小男がうなづく。
鉄砲の製作の情報が流れたとき、いち早く泉州の郷士、
霜はすぐに、俺と仲良くなったのである。
霜は数え13歳であるが、俺より身長が低い、というか俺が大きすぎるのが原因か。
俺たち芝辻門下は、俺の肉食推進効果により、体が大きく育った、成人しているものも、筋肉質な男にパワーアップすることができた。
「兄やん、カラス様の指示をまとめといたやつ、ちゃんと守ってよ」
「八咫烏様の言う通り」孫一は頭を下げる。
「ほいで、ツクモはどこに武者修行にいくんや」と親方。
「そら、師匠、剣術は柳生よ、柳生一族、柳生新陰流よ」
「フーンそうなんか、わしはそっちはあんまり知らんな」
もちろん、この瞬間には柳生新陰流など存在しない。これからできる予定のものであった。
こうして、大きな荷物、特に大きいのは、鉄鍋を背負い、根来を出発、大和街道をいくのであった。
「すまん兵衛、ちょっと荷物邪魔やし、しまうわ」
見送りの人々がいなくなったころ、俺が立ち止まる。
「九十九はん、もう疲れたんかいな、早すぎやし」苦笑する霜。
「違う、違う、荷物が邪魔やし、ちょっと、これからは内緒で頼むで」
「何?」
「収納するわ」風呂敷を下すと、風呂敷がすっと消える。鉄砲も消える。
「ええ!」そのでたらめな光景に腰を抜かす霜。
「内緒やで、兵衛」
「荷物は何処や」
「心配せんでええ、ちょっと隠してるだけや」
「どこへ」
「ええとこや」
「ええとこて、どこや」
結局、霜の荷物も収納し旅を続けるのであった。
「でもなんで、柳生なん」と霜。
「そら、柳生いうたら将軍家指南役やし」
「足利将軍様に指南役っておんの?」
「え?」
もちろん、江戸幕府の将軍家だった。
「まあ、とにかく、近いところからやな」
「そうか、俺、剣術は苦手かも」
「大丈夫、兵衛は鉄砲やからな」
奈良興福寺の門前で柳生の里の場所を聞いて向かう。
「やめとき、去年、戦があってひどいことになってるし」
街の親切な人が教えてくれた。
なんと、柳生一族が筒井氏に襲撃されたようだ。
戦の傷跡が各所に残る里であった。
「武者修行に来たのですが、柳生の方はおられるか」
「修行ですか?」少年が言った。
「はい、剣術が不得手なもので、新陰流を習いたいと思いまして」
「今うちではそれどころではないのです、それに新陰流とは何ですか?」
明らかに、気分を害している模様。
「柳生新陰流ですが」
「私はそれを知らないし、父も知らないと思いますが、陰流では?ちなみに陰流も教えてませんが」
尋常でない殺気を漂わせる少年。
もちろんこの時、柳生新陰流は存在していないのである。
「え、そうなんですか」と残念がるが、自分こそ残念な動物であることには気づくことなかった。
残念なのは、君だと突っ込みを入れられそうだ。
柳生新陰流はこの目の前の少年が、
「じゃあ、どこに行けばいいですかね」
プチっと何か切れる音がしたような。
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