第4話 芝辻鍛刀所

004 芝辻鍛刀所


何事もなく根来寺に到着する、門前町は大変な活気であった。

このころ、根来寺は寺領70万石、僧兵一万人を擁する大勢力であった。

ものすごい数の寺社が立ち並び、そしてそれらに関する商売をする者たちも同様に住んでいるのである。彼らのいた平井の町よりもはるかに大きいのである。というか,

くらべものにならないくらいの規模である。


ここには、僧兵の武装を作るために、刀鍛冶も数多く存在していた。


「すごいな、この活気は」孫一も驚いている。

俺も驚いた、高野山の記憶があったが、確か根来寺はこんなに堂宇があったかな。

高野九十九時代に高野山を訪れ、ついでに根来寺も訪れたことがあるがこんなに、なかったというか、ほとんど跡だったからである。

それも当然である、こののちに、羽柴秀吉軍の紀州討伐により焼失するからである。


芝辻鍛刀所には、俺と孫一が入ることになった。

芝辻清右衛門は、この根来周辺でも一、二を争う名工と名高い、ただし、あくまでもこの地方でということであるが・・・。

そのほかの子も違う鍛冶屋のところに住み込みで働くことになっている。

さすがに、全員をここで受け入れるには無理があったのである。


「こいつらは、雑賀の跡取りとお付きのものだ、何を好き好んで鍛冶の修行をしたいのかわからんが、みなこいつらをしごいてやってくれたらいいからな」

親方の芝辻清右衛門がいう。

「へい」弟子たちが答える、弟子たちは十数人である。

早速、炭たわらを運ばされる俺たちだった。


誰よりも早く起きて掃除をし、まきを運び、食事の用意をする。

よく考えると、前世では食事の用意は良くしたな。

だが、味噌と醤油がなかった。

おい!味噌はともかく醤油は和歌山が発祥ではなかったのか!

だしをとる昆布もなかった。

おい!どうなっているんだ。

もちろんそのようなものは、なかったのである。

昆布はあったが、北方でしか取れないのでここにはなかったのである。


「これはうまいな」

しかしである、塩味だけで作ったなんかの汁とひえあわのかゆであったが彼らはうまいうまいと食べている。

料理のスキルはないハズ!だがなぜかうまくできているのであろうか。

直近の弟子(俺たち二人だが)は師匠(親方)、兄弟子たちの残りを食うのだが、残りはほぼなかったのである。

うまくできるのも考えものであった。


「おい、炭をとってきてくれ」しかし、仕事は容赦なく俺たちを襲う。

もちろん、現在のように親切丁寧に教えてくれることもない、見て盗めである。

炭屋にいくと、なんと品切れとのことである。

炭焼き小屋にいってとってくるという、あえなく店に帰ると、炭小屋も見てこいとのことである。

とにかく、現場を体験してこいとの指導方針らしい。

まあ、この時代なければなんでも自作するしかない世界、知っていて損なこともない。

俺たちは山に向かうことになる、そもそも、鍛刀の現場にはいなくてもなんら問題ない見習いであった。


「なあ、ツクモ扱い悪くないか?」

「そうやな、兄やん、口きいてくれてるはずなんよなあ?」

「なんで刀鍛冶なんや?」

「まあ、兄やんこれから何が起こるかわからへんで、とにかく頑張ろか」

なだめすかし山を登る。


その時、頭の中で何かが反応する、いわゆる気配というやつなのだろう。

雑木林の中に、それはいた。

「う」こちらが発した気を奴も感じたのだろうか?

猪がこちらに顔を向ける。

「ぷぎーっ」まさに先ほど言った何が起こるかわからないのがこの世界なのかもしれない。

猪は一直線で突進してくる。これぞ、猪突猛進の典型。


なぜか、俺も突進を開始してしまう。

一機に距離がつまり、俺の右手に朱槍が現れる『これって、没収されたやつでは』そんな考えがちらりとよぎるが気にしている暇はない。


ガンと衝撃が腕に来るが槍が猪の頭蓋を砕く。


「猪、打ち取ったり」

「九十九何?」驚いている孫一を相手にせず、すかさず猪の後足に縄をかけていく。

そして、近くの木の枝につるし始める、どこからそのような力が出てくるのか巨大な猪がつるされる。

首を切り放血し、腹を裂き、内臓を取り出す。

短刀で皮をはいでいく

「九十九、すごいな」流れるようにさばいていく俺に驚く孫一。

体が勝手に動いてさばいていく、これは前世の経験が生きているのであろうか。


数十キロの肉の塊、数個と皮を手ごろな枝で手早く作った背負子しょいこに乗せて、小屋に向かうのであった。

しかし、内臓類は穴を掘りたかったのだが、スコップがなかったので放置せざるをえなかった。

これは、スコップ(円匙)づくりが必要だな、帝国兵士の必須兵器である。

炭を背負い店に帰ると盛大に怒られる。

遅すぎたためである。

しかし、イノシシの肉で飯を作ると、みな大いに喜び、ほめたたえてくれたのである。

「うむ、九十九は料理番として今後働いてもらう」芝辻清右衛門が決めてしまった。

いやいや、鍛冶の修行に来たんですけどね!


しかし、料理番への昇格?はある意味料理だけすればよいので、余った時間は作業場の見学の機会が大きく増えることになった。

孫一は、まだ見習いで雑用係である。


こうして、週に一度、猪狩りを楽しみながら、肉食文化を根付かせていく。

この時代、動物を食べる習慣はないので、これはある意味革命的な習慣破壊となる。

何とか天皇の時代から肉食は禁忌?とされていた。


もちろん、他の雑賀衆のいる店にも肉を配ってやる。

それにより、彼らの店での地位も上がるからである。


・・・・・・

修行開始から一年、俺たちもやっと雑用係から、鍛冶道具を触ることが許される。

俺は、円匙を作っていた、鉄はこっそりスウェーデン鋼を使っている。

刀鍛冶といっても鋳掛屋いかけやも兼ねているので様々なものを作り修理することもあるのだ。

店の刀の素材、鉄は堺から購入したものを使用しているので、勝手に使うことはできない。

鉄は貴重品なのである。


「九十九、親父おやじから書状が来たぞ」

「兄やん、なんて書いてんの」

「大成功らしい、収穫が三割は増えたって書いてある」

どうやら実験は成功したようである。

「ということは、2万石が2万6千石、増収分の6千石の3割、1800石分の銅銭を分け前としていただけるということかな」

「お前、計算すごいな」

「これくらい誰でもできるやろ」

もちろんこの時代の人間にはできない。


「よし、この金で誰か、由良の興国寺へ派遣して、味噌づくりを学ばせよう」

こうして、味噌作り隊が、由良へ派遣されることになる。

目標は、味噌から醤油への発展である。


だが、ふと思うのである、味噌は由良なのに、醤油は湯浅である。

この地域差はなんなのか?和歌山以外の人間にはわかりにくいことだが、場所はかなり離れている。

とりあえず、湯浅にも人員を派遣し、情報を収集させる必要がある。

返書を書き、孫一に名前を書かす。

食生活の改善は急を要する、なんでも塩味はよろしくない。

それに、コメも食べたい、コメは正月や祭りのときくらいしか見ることができない、貴重な食料である。

米作は行うがおもに年貢用であり、庶民は粟や稗を食べているのである。

あと、雑用係を数名送るように書いておいた。


ちなみに、1石とは、人1人が一年で食べる量ということらしい

1800石というのは、ざっと1億3000万円程度の価値に換算されるらしい。

これは農業改革の推進を押しすすめた成果報酬ということになる。

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