第3話 八太だった者

003 八太だった者


「八太、どうな、調子は?」

「兄やん、うん何とかな」何とか記憶がつながり、紀州弁?でかえす。


「夢で、お前に頼れって、カラスに言われたんやけどな」

「兄やん、ワイもそんな夢見たわ」と適当に返す。

「八咫烏っていうてたわ」

「兄やん、あれやで矢の宮ちゃうか、あそこ、八咫烏まつってるって聞いたことあるで」

「そうか」

「お参りに行こか、兄やん、なんかカラスも言いたいことあるんやろ」

「そういや、なんで儂をおがめへんのやっていうてたわ」

文字にすると紀州弁は読みにくいのだ。


「そうやろな、もともと神職の家系やのに、一向宗はないわ」

「まあ、そうやけど、親父も一向宗やで」


やさけなあ、兄やん、ワイらは、八咫烏を拝めばええんちゃうか」

「お前、ほんまに、八太か」

孫一の眼は疑いのまなこ!であった。


孫一はこの目の前の少年が八太であると思っていたが、よくよく見ると、自分の知っていた八太とかなり違っていることに気付いてきた。

まず、肌の色である、よく言えば健康的に日焼けしていた、悪く言えば薄汚くあかまみれだったのだが、今の八太は色白になっている。

顔つきも、似ているような気がするが、とてもりりしくなっている。

確か、どこにでもいる田舎の子供だったが、今の八太はかなりな男前である。

こんな顔だったか?である。


「兄やん、八太はな、雷に撃たれて死んだんや、俺は生まれ変わったんやで」

「八太?」

「兄やん、今日から俺は九十九つくもを名乗るわ、鈴木九十九重當しげとうで行こかなと思てるんや」


自分で命名する人間はいない、しかもほとんど農民である。

「八太?」

「ほな、はよ、矢の宮さんへ行こか、ほんまは熊野大社へいかなあかんけど、遠すぎや」(現在の和歌山市から田辺市、田辺市でもほとんど新宮市に近い、簡単にいうとおいそれとはいけないような場所である)


彼らのいる、平井から矢の宮までは、数キロの距離があり、紀の川を渡らねばならない。


昼過ぎに問題の神社に到着し、参拝する。

<孫一よ、よく来た>

「八咫烏さま!」

委細承知いさいしょうちじゃ、九十九のいうことをよく聞き、国を治めるのじゃ、そして、儂八咫烏の幟旗のぼりばたを日乃本に知らしめるのじゃ>

「ははあ」孫一は声にひれ伏しているが、九十九はこう考えていた『自分が目立ちたいだけで何勝手なこといってんだよ』と。

こうして、鈴木孫一重秀は、神道の明確な信者となる。


そもそも、これは、九十九の戦略の一環である。

雑賀衆には、一向宗が多いのだが、それがゆくゆく本願寺との協力関係へとつながるのだ。後々八咫烏布教に重大な問題となる可能性あることから、あらかじめ止める必要があったのである。


つまり、このシーンは茶番であった。

神々しく、荘厳な『八咫烏』が殷殷いんいんと語る風景に孫一はまんまとはまってしまったのである。というかめられたのである。そのことに子供があらがえる訳もない。


「兄やん、すまんけど俺は、刀鍛冶を勉強しに行きたいんや」

平井(現在の和歌山市、紀ノ川より北側の集落である)に夕刻に帰ると八太いや九十九はそんなことを言い始めたのである。


「けど、ツクモ、儂お前のいうこと聞け言われたばっかりやど」

「そうやな、ほいたら俺と一緒に、刀鍛冶の修行に行こか」

「何で、刀鍛冶よ」

「兄やん、そこはカラス様の言う通り、ワイの言うこときかなあかな」

「ほうか、それで?」

「そら、佐太夫さだゆうさまにお願いしてもらわなあかんし」

「なんで?」

「跡継ぎが、刀鍛冶やで、きっと怒ると思うわ、それと行くとこ決まってるんで、まわしてほしんよ」(手をまわして。ということ)

「そこまでわかっててなんでそんなこというんや」

<九十九のいうことを聞くのじゃ、重秀よ>

声が聞こえる、信者になったことで、声が届くようにパスができてしまったのである。

「今、声聞こえたわ、ところで重秀って?」

「兄やんの名前やんか、違うんか」

「八太、あのなあ、いや九十九か、元服前やのに、いみななんかないやろ普通」

「・・・ええと、きっとカラス様がそうつけろということちゃうか」

「そうなんか?」

「きっとそうやと思うわ」

「ほいたら、お前の重當しげとうもそうなんか?」

「おお、そうよ、その通りや兄やん」

基本的に、この九十九という男は、人をだますのが得意なのである。


その夜、屋敷では激しく孫一は叱責された、その怒鳴り声は近所の九十九の家にも届いていた。

だが、その夜、孫一の父、佐太夫の枕元に、金色に輝く3本足のカラスが立ったのである。<重興しげおき、貴様は自分の出自も省みず、南無阿弥陀仏にうつつを抜かして居る、いかがなのものか!今また、神威かむいに逆らい息子重秀を責めておる、断じて許されんぞ!>

しつこいようだが、カラス自身は黒いのだが、後ろから輝く後光のために、金色に輝くという表現を使用している。

八咫烏は枕元でさんざん、父佐太夫を難詰なんきつし、非難したのである

そのうえで、息子重秀(すでに諱はされている)のいうことをよくよく聴くようにと脅しつけられてしまったのである。


次の日、孫一重秀と九十九重當が広間に呼ばれる。

「両名とも、刀鍛冶の修行をしたいという、相違ないか」やつれた感のある佐太夫が聴く。

「は、その通りでございます、親方様」と九十九。

「で、行先は根来とは、なぜか?堺ではないのか?まさか、我々が熊野権現様以外を拝むために、根来寺というのではあるまいな」と少しヤタガラスを恐れている。


「根来寺は真言宗でございますが、カラス様が根来で修行するように申されたのです」

「そうか、ゆめ僧兵になるなどというなよ、わしはこれから、皆に、八咫烏様を拝むように言わねばならんのだ」

「はは」

「土橋に口をきいておく、あそこは、泉識せんしき坊を持っているからな、その芝辻何某に話をつけてくれるであろう」

「有難き幸せにござります」

「うむ、しっかり励め」

「ははあ」


「しかし、なんで昨日の晩にむちゃくちゃ怒られたのに、なんで許されんたやろ」と孫一。

「カラス様の仕業やろ」

「八咫烏様」

「ほな、行く準備しょうか」(しましょうかの意)


雑賀衆は複数の家により構成されている。

その中に土橋氏がいる。

土橋氏は、自身の親族を出家させ、根来寺で泉識坊(塔頭)という一派を形成している。泉識坊は根来衆の構成員の一員である、根来ではかなりの力を有している。

様々なところに勢力の根を張り、生き延びるそれが戦国時代のさがなのかもしれない。


彼らが根来寺へと出発したのは、それから十日後であった。

雑賀鈴木の跡継ぎということもあり、またせっかくの刀鍛冶ということもあり、少年たち、農家の次男三男が10人ほども駆り集められた。それらを無事に送り届ける武士たち数名も加わり小集団となっていた。


「九十九、お前なんかすごく大きくなってないか」

数日前は、自分より小さいハズだったが、今横を歩いている九十九は背が同じくらいであった。

「兄やん、男子三日会わざれば刮目かつもくして見よってしってるか、三日あれば見違えるほど変化するっていう意味やで」この男はひとをだますのが得意なのである。

肉体の構成を変化させた結果、身長が急激に伸びたのである。

「しかし、腹減ったわ、はよなんか食べたいわ」(はやく何か食べたいの意)

急激に成長したために発生した後遺症である、この時代は非常に粗食である。

大きな体を作り維持するのは容易なことではない。



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