幕間 神聖ヴィスト帝国皇帝


 本の散らばった部屋で優しそうな茶髪の青年は山ほどある書類に目を通していた。

 ドアがノックされて、青年はどうぞと返事をする。

 白髪で中性的な顔立ちの人物が頭を下げて入って来た。


「陛下、お時間宜しいですか?」


 陛下と呼ばれた青年は不満そうに言う。


「いつも言ってるよね。二人だけの時は臣下の態度を止めてって。シドは真面目過ぎるよ」


 シドが顔を上げて言う。


「あなたは皇帝なんですよ。いつまでも気軽にヴィルと呼ぶわけにはいきません」

「僕は気にしないよ」

「周りが気にします」

「だから、二人の時って言っているのに」

「噂が立つかもしれません」

「別に良いよ、僕は気にしない。だから、二人の時はヴィルって呼んでよ」


 シドは諦めた表情で頷く。


「分かりました、今はヴィルと呼びます」


 ヴィルヘルムは満足した表情で再び書類に目を通し始めた。それと同時にシドからの報告を聞く。


「ルフカード侯爵に反乱の兆しがあったため、捕縛しました。現在は屋敷で謹慎させています」

「そう。じゃあ、処刑で」


 ヴィルヘルムは冷たく淡々と言い放つ。


「侯爵の家族はどうなさいますか?」

「別に何も。関与してなかったら、放って置きなよ。もし困窮するようなら、助けてあげて」

「ヴィル、遺恨を残さないために嫡子は処刑すべきです」


 ヴィルヘルムは目線だけ上げて言う。


「その考えは前時代的だよ、関与していない家族まで殺す必要はない。シドが必要だと思うなら、監視だけにしておいて」

「…… 分かりました。次の報告です。ガトリング砲の生産が完了しました。既に南方へ運び始めています」

「分かった。次、シュリトランから攻撃があれば、侵攻を始めて。分かってると思うけど、犠牲は最小限に。敵も味方もね。王都奪取が目標だから」

「承知しております」

「他に報告はない?」

「はい、ございません」


 ヴィルヘルムは書類を置いて言う。


「シド、西の帝国を探って欲しい」

「ロギオニアスですか?」

「うん、何だかきな臭い。妙な奴らがロギオニアスで悪巧みしてるみたいだし。万が一、この国に悪い影響が出るのは嫌だからね」

「承知致しました、直ぐに手配をします。失礼します」

「待って」


 ヴィルヘルムは退出するシドを呼び止めた。


「いつまでその格好男装をする気なの?」


 シドはジェンドファー伯爵家の長女として生まれたが、家を継がせるために男子として育てられてきた。

 子どもの頃は簡単に男として振る舞えたが、今は男装しても女性らしさを隠すことができない。


「分かりません。今はまだ女性の服を着るのに躊躇ちゅうちょしてしまいますから」

「そっか」


 シドは気まずそうに微笑むと頭を下げて退出した。



 ◇◇◇



 ヴィルヘルムは書類の上に中央大陸の地図を広げた。


「シュリトラン王国は時間を掛けずに占領できる。おそらく犠牲も少なくて済む。アノーク王国は今のままで良い。何でも言うこと聞くから。やっぱり気になるのはロギオニアス帝国だよね」


 ロギオニアス帝国は貴族が特に力を持ち常に権力闘争を繰り広げている古い国家だとヴィルヘルムは認識している。


(古い国だけど、武力はある。騎士が強い。うーん、武力を削ぎたいよね。中央大陸に帝国は一つで良いんだよ、何か良い案ないかな。まあ、でも、目下の敵はシュリトランか。早々に終わらせよう、南下政策に集中したいから)


 ヴィルヘルムは中央大陸の地図の上に南大陸の地図を広げた。ヴィスト帝国の属国を見つめて考える。


(ショクトルとスランの開発を早く進めたい。社会の仕組みを早急に整えないと、僕たちが占領する前と変わらない。富める者がそれ以外の者たちを搾取するままだ。それに、ガリアの動向は注意しないといけない。言いなりのバラク王国を使って何か仕掛けて来そうなんだよね)


 ドアがノックされて返事をすると、再びシドが入室してきた。

 突然、ヴィルヘルムは近くにあるペンをシドに投げつける。


「シドに化けるなんて喧嘩を売ってるの?」

「驚いた、やるねー。直ぐにバレるとは思わなかったよ」


 シドが手を叩くと、十代半ばの少年へと姿を変える。

 少年は紫の長い髪を揺らしながら笑みを浮かべて言う。


革新者ノヴァトルはやっぱり凄いな。変身魔法は失われた古の魔法で、あんたの前で使うのは初めてだ。どうして分かったのさ、教えてよ」

「僕は魔力のどんな微細な動きでも知覚できる。シドが僕の前で緊急でもない限り魔法を使うわけがない。オムニア・プリムスのエンティア、言ったよね、君たちとは関わるつもりないって。僕の国にちょっかいを掛けるようなら潰すよ」


 ヴィルヘルムは鋭い視線をエンティアに向けた。


「そんなに睨むなって。あんたがいるこの国に手を出すつもりはない、その必要がないからな。あんたが皇帝になって、この国は革新を続けている。腐敗貴族の粛清に、その貴族の富を平民に分配、先進的過ぎる技術の開発、平民教育の改善、貴族議会の廃止と帝国民議会の導入。まだまだあるし、全て革新的。だから、俺たちは敬意を込めてあんたを革新者ノヴァトルと呼んでいる」

「君たちからの敬意なんていらないよ。僕は君たちみたいな狂信的な集団が嫌いなんだ」


 エンティアが少年とは思えない低い声で言う。


「俺たちの支援をまた断る気か?」

「愚問だね。僕の前から去れ、消すよ?」


 ヴィルヘルムは殺気を放ち、いつでも魔法を放てるように準備する。その溢れ出た魔力が部屋全体を揺らす。

 エンティアがヴィルヘルムから目線を外し、後退りをして部屋から出て行った。


 ヴィルヘルムは大きく息を吐いて言う。


「内政、外交、軍事、経済、民の幸せ。その上、オムニア・プリムス狂信的な集団の相手まで、があっても皇帝は大変だね」









 ――――――――――――――――――――

【後書き】


 これにて第九章、第三部終了です。

 沢山読んでいただきありがとうございました。


 次は第十章です。

 フレイヤの騎士団入団を描く予定です。

 楽しみにお読みください。


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