第104話 茨の道


 私たちの乗る馬車がヴェルナフロ領へと入る。

 まさか初めてのヴェルナフロ領訪問がクラウディオ団長の葬儀になるとは思っていなかった。クラウディオ団長が亡くなったと聞いたのはレオが帰ってから三日後のことだ。心臓の病だったらしい。

 急いで帰ったから何かあるとは思っていたけど、まさかこんなことになるなんて……

 レオは大丈夫かな? きっと憔悴し切っている。レオはクラウディオ団長のことが大好きだから。

 大切な人が亡くなるのって本当に突然だ。私のお父様もそうだった。悲しんでも悲しんでも気持ちは晴れない。

 お父様が亡くなった時、クラウディオ団長は私たちを助けてくれた。感謝し切れないくらいだ。

 レオが困っていたら、クラウディオ団長がしてくれたように私が助ける。


 葬儀の行われる教会に着いて、お母様と共に馬車を降りる。

 お母様はクラウディオ団長が亡くなったと聞いて、とても気を落としていた。お母様も私と同じようにとても感謝しているはずだから。


 受付に招待状を見せて教会の中に入る。

 中立派三大貴族の葬儀になると派閥に関係なく高位貴族が大勢来ていた。子爵位で来ているのは私たちだけかもしれない。

 カルバーン侯爵とオリアナがいた。ちょうどレオと話している。カルバーン侯爵たちが離れると、別の貴族がレオに話し掛けていた。

 私たちがレオと話せるのは葬儀が終わってからになりそうだ。


 騒がしかった教会が静かになって、ようやく貴族が全員席に座った。

 レオが感謝の言葉を言って、司祭のお祈りが始まる。

 すると、近くから小さな話し声が聞こえてきた。


「どうやらヴェルナフロ侯爵は病死ではなく、賊に襲われたらしいですよ」

「賊に? 騎士団長が賊に殺られたのですか。それは病死と発表するしかないですね」


 話していたのは皇帝派の貴族たちだった。

 クラウディオ団長が賊に? あり得ない。クラウディオ団長が賊なんかに負けるはずがないわ。


 お祈りが終わると、レオが前に立って挨拶を行う。


「皆様、本日は父のためにお集まりいただきありがとうございました。私はヴェルナフロ侯爵の長子レオンハルトと申します。成人となりましたら、正式に侯爵位を引き継ぎます。若輩者のため、その際はご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。本日はありがとうございました」



 ◇◇◇



 私とお母様はクラウディオ団長の墓の前にいた。


「クラウディオ団長……」


 お母様が墓石に触れてクラウディオ団長に感謝を伝えている。


「コルネリア夫人、ありがとうございます。父も喜びます」


 貴族たちの見送りを終えたレオンハルトが私たちのもとに来た。


「レオンハルト君、この度はお悔やみを申し上げます」

「ありがとうございます」


 少し疲れているようだけど、レオは淡々としていた。


「レオ、大丈夫なの?」

「大丈夫のつもりだが、分からないな。まだ父上が亡くなった実感がない。看取ったのにな」

「そう…… 何ができるか分からないけど、私はレオの助けになるから」

「助かるよ、ありがとう。実はフレイヤに話したいことがある。コルネリア夫人、彼女と二人で話をしても良いでしょうか?」

「もちろんです。フレイヤ、私は先に馬車へ戻っているわ」


 お母様が馬車に戻って、私とレオだけになる。


「話って何? お母様に聞かれたくない話なの?」

「ああ、そうだ。次のルーデンマイヤー子爵に話したいことだからな」


 レオはクラウディオ団長の墓を見つめて言う。


「お前はこの国を良い国だと思うか?」

「良い国のわけない。民に重税を課して、民を助けない、酷い国よ」

「俺もそう思う。貴族たちが権力を求めて争い、その犠牲になるのは常に民だ。俺は父上に誓った、必ずこの国を変えると。フレイヤ、俺と一緒にこの国を変えないか?」

「…… この国を変える?」

「そうだ。父上は皇帝派の保守勢力に殺された。中立派をまとめて奴らに対抗しようとしていたからだ」


 あの話は本当だった。でも、クラウディオ団長ほどの人が殺されるなんてやっぱり信じられない。

 それに…… クラウディオ団長の行動って、前世のアンジェリーナ様と同じ。


「父上を襲ったのは皇太子の護衛役のヴォルフともう一人いた」

「ヴォルフ?」


 あいつがクラウディオ団長…… 許せない。


「フレイヤ、落ち着け。殺気を抑えろ」


 レオに言われて気がつく。心を落ち着かせると、周りからいくつかの視線を感じた。

 その視線の方へレオが手を払う仕草をする。


「俺の従者たちだ。お前の殺気に反応したんだろう。もういないはずだ」


 確かにもう視線は感じなかった。殺気に直ぐ反応するなんて、レオの従者は手練れが多い。


「話を戻すぞ。この国は貴族同士で争い、民を見ていない。民が疲弊すれば、国は弱まり、他国が侵略する好機となる。このままだと、近い将来そうなるはずだ。だからこそ、誰かがこの国を変えなければならない」

「それは分かるわ……」


 待って、これってが言っていた大きな選択じゃないの?

 この誘いを受けたら、これからの色んなことが大きく変わるかもしれない。

 前世と同じ悪い方向に進んでいるアンジェ様の運命も変えられるかも……


「正直、誘うことを迷っていた。大勢の血が流れる茨の道だからな。それに、お前は俺の大切な友だから。だが……」


 レオがいきなり跪いて、私の手を取った。


「レオ?」


 跪いた姿勢で、レオが私を見つめる。


「俺にはお前が必要だ。お前の人脈も力も全て欲しい。俺と一緒に茨の道を進んでくれ」


 私は少し笑って言う。


「正直過ぎる欲望ね。もっと上手い誘い方もあったでしょ」

「茨の道へ誘うんだ、正直でありたい」

「そう」


 もっと迷うかと思ったけど、簡単に決まった。

 私もレオを見つめて正直に言う。


「あなたの誘いを受けるわ、一緒に茨の道を進む。だけど、私にも必ず成し遂げたいことがある。レオの目指す道とぶつかった場合、そっちを優先させるかもしれない。それでも良い?」

「ああ構わない。それまでは俺と一緒にいてくれ」


 私の手の甲にレオがそっとキスをした。


 立ち上がったレオの顔は真っ赤で、私も顔が真っ赤になるのを感じた。


「真っ赤だな」

「レオもね」


 レオと一緒に笑いながら馬車へ戻った。

















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