幕間 父の示す道
ステラの知らせを聞いてから数時間後にレオンハルトは屋敷に着いた。息を切らしたままクラウディオのいる部屋へと急いで向かう。
「父上!」
「…… 間に合ったな、レオンハルト」
レオンハルトは弱り切ったクラウディオの姿を見て言葉を失った。
端正な顔立ちは青ざめていて、ベッドに寝ているだけなのにとても苦しそうだ。
「悪いが、レオンハルトと二人だけにしてくれねぇか?」
クラウディオが周りにいる医者と従者たちに言った。
他の人たちは退出し、この部屋にはクラウディオとレオンハルトだけになる。
「いつまで固まっているつもりだ。早くこっちに来い。いつもの声を出すのも辛いんだよ」
レオンハルトは頷いてクラウディオの側に寄った。
「父上、一体何があったのですか?」
「皇族派の奴らに襲われた。レイド侯爵が皇帝派に加担してやがった。クソッ、油断した。こんな風に襲われるとはな……」
レオンハルトは悔しさを感じて拳をぎゅっと握り締める。
(俺もだ。俺も油断していた。まさか父上が襲われるとは思わなかった。しかし、父上にこんな傷を負わせる敵がいるとは信じられない)
クラウディオが冷静に事実を言う。
「俺を最初に襲ったのは皇太子の護衛をしているヴォルフだ。俺と同等の強さだった。しかも、妙なマスケット銃、小型で連射可能な銃を使っていた」
「では、この傷はヴォルフという奴に?」
「違う。戦闘中、おそらく木の上から狙撃された。撃った奴は誰なのか分からねぇ。ヴォルフが持っていた銃も俺を撃った銃も今までのマスケット銃に比べて高性能過ぎる」
ロギオニアス帝国に流通しているマスケット銃の数は少なく、その殆んどが騎士団によって管理されている。流通しているマスケット銃の全てが単発式であり、命中率は決して高くない。
(父上の話から推測すると、秘密裏に新たなマスケット銃が開発されたのかもしれない。もしくは、先進的技術を持った協力者か?)
クラウディオが呟くように言う。
「…… 細かい魔力操作はマルクスよりも俺の方が上だったな。まだ話せる」
「父上?」
「今は魔力操作で出血を少なくしているが、もう直ぐ魔力が切れそうだ。レオンハルト、俺の言っている意味が分かるな?」
レオンハルトは願うように言う。
「…… 分かります。ですが、父上、どうか生きてください」
「泣きそうな顔で言うなよ。もうガキじゃねぇだろ」
クラウディオが微笑みを浮かべながらレオンハルトの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「お前は真面目だからな、俺がくたばったら、俺のしていたことを引き継ごうとするだろうが、そんな必要はねぇ」
「そんな…… 俺は父上と同じように侯爵となって」
クラウディオが大きく咳き込み息を切らし始める。
「父上!」
レオンハルトは慌てて医者を呼びに行こうとするが、クラウディオに腕を掴まれる。
「馬鹿野郎…… まだ話は終わってねぇ」
「しかし、父上」
「うるさい、聞けって言ってんだ!」
クラウディオが深く息を吐き呼吸を少し整える。
「レオンハルト、お前はアドルフ皇帝陛下の遺児であり、ロギオニアス帝国の正統な後継者だ」
胸がドクンと高鳴るのを感じて、レオンハルトは自分の本当の望みを押さえ込む。
「お前はこの国をどうにかしたいと思っている。平民の仲間を作っているのはそのためだろ?」
「知っていたのですか」
「知っているのはそれだけじゃねぇ。奴隷を解放するためにお前がランドバード伯爵を殺ったな?」
決闘の際にザックバーク侯爵を有利にさせたランドバード伯爵の取り仕切りは他の貴族たちに広まった。懇意にしていた貴族たちが離れ、社交界での居場所を失ったランドバード伯爵は逃げるように自分の領地に戻った。しばらくして、レオンハルトは捕らえられている奴隷を解放するためにランドバード伯爵を襲った。
ランドバード伯爵が死んだ一報は流れたが、帝都を去った貴族のことなど社交界で噂にすらならなかった。
(奴隷を虐待する時は必ず一人になる、目撃者がいないその時を狙った。やはり梟の誰かが報告したか。梟の本当の主は父上だからな)
だから、クラウディオが自分の動きを正確に把握していても大きな驚きはなかった。
「咎めるつもりも褒めるつもりもねぇが、クソみたいな貴族を一人殺っても何も変わらねぇぞ?」
「それは分かっていますが、俺はランドバードを許せませんでした」
「場当たり的な正義感は捨てろよ。自分が本当は何をすべきか……」
「父上?」
「…… そろそろ魔力が切れそうだ。もう血が止まらねぇ」
クラウディオが真剣な表情になって言う。
「レオンハルト、良く聞け。お前の人生はお前のものだ、好きに生きろ。この国をどうにかしたいならそのために動いたら良い。主として梟を自由に使え。けどな、本当の望みを自分に隠そうとするな。この国を変えたいと思うなら、自分自身に嘘をつくなよ。だから、お前の望みを俺が代わりに言ってやる。レオンハルト、お前が皇帝になれ。この国を変えろ」
レオンハルトは心の中に自分自身で作った
(その気持ちを見ないふりをしていたのに。父上に背中を押されてしまった。自分の望みをもう認めるしかない)
レオンハルトは
「…… はい、俺は皇帝になります」
その言葉を聞いて、クラウディオの表情が緩んだ。
「ふっ、それで良いんだよ。お前はもっと自分の気持ちに素直になりやがれ…… 目が
「はい、俺も父上の息子になれて良かったです」
そのまま意識を失って、クラウディオは半日もしない間に亡くなってしまった。しかし、その死に顔は不思議と満足そうな笑みを浮かべていた。
◇◇◇
レオンハルトの目の前には棺があった。この中にはクラウディオが眠っている。
(まだ一日も経ってないのか。まだ信じられないな)
今からヴェルナフロ領の教会で司祭に祈りを捧げてもらう。クラウディオが亡くなったと聞いて、司祭は酷く驚いていた。
その後、そのまま土葬を行うことになっている。
レオンハルトは棺を見つめながら父との最後の会話を思い出していた。
(皇帝になる理由に父上がなってくれた。決して違えるわけにはいかない。俺にアドルフ皇帝の血が流れていたとしても、無謀で過酷な道だ。進めば、多くの血が流れることになる。しかも、今の俺は弱くて無知だ)
今のレオンハルトは当然クラウディオよりも弱い。皇帝を目指すならば、いずれ襲撃を受けることは容易に想像ができる。生き残るためには強くならなければならない。
(俺は色んなことを知るべきだ。帝都だけではなく、地方の民の状況についても直に知らなければならない)
他の領地の民の状況を知るのは簡単ではない。事前の許可なく、貴族のレオンハルトが勝手に他の領地を散策すると領地侵犯の疑念を持たれてしまう可能性がある。
「第二十騎士団ならば……」
第二十騎士団は地方で魔獣討伐を行うため、地方の民から人気が高く交流もある。
(命懸けの実戦を経験できるのは貴重だ。強くなれるだろうし、地方の民の状況を直接知ることもできる。フレイヤと一緒なのも都合が良い。俺の望みを彼女に話すべきだろうか? 彼女を俺の道に巻き込むのは……)
戦う力だけではなく、信頼できる貴族の協力者も必要だ。皇帝派に対抗できる派閥をゼロから作らなければならない。
「何もかも足りていない。ですが」
レオンハルトは棺に手を置いて言う。
「俺は皇帝になって、この国を必ず変えてみせます」
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