幕間 皇帝派の刺客
レオンハルトがあの知らせを聞く数日前、クラウディオは上質な革椅子に座って目的の人物と相対していた。
「ヴェルナフロ侯爵、僕の屋敷にようこそおいでくださいました。あなたの領地からは遠かったでしょう。ここまでの時間は退屈ではありませんでしたか?」
「色んな土地やそこに住む民たちを見れて有意義な時間でしたよ」
「それは良かったです」
クラウディオは軽く頭を下げて言う。
「レイド侯爵、私のために時間を作っていただきありがとうございます」
レイド侯爵はクラウディオと同じ中立派の三大貴族。領地はブリュノール王国と接しており、肥沃な土地と自前の強力な騎士団を持つ。騎士団のおかげで地方にしては魔獣の被害が少なく、レイド侯爵の領民は経済的に豊かな者が多い。
レイド侯爵は右目に掛かりそうな髪をかきあげて言う。
「僕に大切な話があるのは事前に使者から聞いていましたが、どのようなお話ですか?」
クラウディオが通された部屋には自分とレイド侯爵以外誰もいない。部屋の外にも誰も近づけていなかった。
(俺に気をつかってくれたようだな)
クラウディオは自分よりも若い侯爵に感謝して訊く。
「レイド侯爵は今のこの国をどう思いますか?」
「どう思うかですか…… 今は何も思っていないですよ。僕の領民はちゃんと暮らせていますからね」
「この先はどうですか?」
レイド侯爵が目を細めて言う。
「話が見えないですね、あなたは僕に何を言わせたいのですか? はっきりと言ってください」
「私は中立派を皇帝派と対抗するための勢力としてまとめあげたいと思っています。レイド侯爵、私に協力していただけませんか?」
「…… なるほど、そういうことですか。あなたが僕を誘う理由は理解できます。このまま貴族派が弱まれば、皇帝派の保守勢力がこの国を支配すると言っても過言ではない。急進勢力では相手にならないでしょう」
「でしたら」
「僕は保守勢力がこの国の権力を全て握っても構いません。従っていれば、領民が苦しむ必要はありませんから。ご足労掛けて申し訳ないですが、あなたのお誘いには乗れません」
こうもはっきりと断られてしまったら、これ以上なにか言っても無駄だ。中立派三大貴族の一人を仲間に引き入れたかったが仕方ない。クラウディオは大人しく引き下がる。
「そうですか、分かりました。本日はお時間を取っていただきありがとうございました」
クラウディオは成果を得られずに帰路へとついた。
◇◇◇
クラウディオを乗せた馬車が整備された林道を走っていた。ヴェルナフロ領内に入ったが屋敷まではまだ数時間ほどはある。
「誰もいない。何かあったのか?」
何度かこの道を通ったことがあるので、いつもと違う様子に気がついた。
(この道を使う人は多くないが、いつもなら行商人の何人かとはすれ違う。それに、あまりにも静かだ)
クラウディオは馬車の窓を少し開けて、外を見るが、近くに変わった様子はない。
すると、風に混じって僅かに錆びの臭いがした。戦場では常にその臭いが漂っている。
「これは…… 血か!? スターゴ、馬車を止めろ!!」
クラウディオは御者のスターゴに大声で命じた。
大きくガタガタと揺れて馬車が止まる。
「お逃げください!!」
スターゴの叫び声が響いて、クラウディオは剣を抜いて馬車から飛び出す。
絶命したスターゴが倒れており、クラウディオを囲むように血のついた剣を持つ男たちが十人ほどいた。
(クソッ、スターゴ…… 盗賊じゃないな、俺が狙いか。しかも、こいつら目撃者になりそうな者たちを先に殺したな)
クラウディオは男たちの殺気を受けながら平然とした表情で言う。
「念のため訊くが、俺をクラウディオ・フォン・ヴェルナフロと知って殺しに来たんだよな?」
問いを無視して、男たちの一人が斬り掛かって来る。
クラウディオは力を抜いてゆらりと動き、その男を顔から腹まで縦に斬り裂く。
その様子を見て、他の男たちも動くが、その前にクラウディオが斬り伏せる。
「騎士団長をなめ過ぎだ」
この場にいる最後の一人を倒して、息を整える。
(右脚を斬られたか、問題ない。まだ戦える)
クラウディオは林の方を見て声を上げる。
「いつまで見物してる気だ。戦うなら早く出てこい!」
男が木から飛び降りた。
赤髪の男で目つきが鋭く冷たい。クラウディオはその男に見覚えがあった。
「あんた皇太子の護衛だな、名前は確かヴォルフだったか。分かってはいたが、俺を襲ったこいつらもあんたも皇帝派の差し金だな。やはり俺の行動が鬱陶しかったか?」
ヴォルフが無言で剣を構えた。
(こいつはさっきの奴らと格が違う。騎士団長並みの強さだと聞く。だが、どうしてヴォルフたちは俺を待ち伏せできたんだ? レイド侯爵と会っていたことを知るのは俺の従者数名とレイド侯爵本人だけ。まさかレイド侯爵が!?)
ヴォルフが弾丸のように間合いを詰める。
(速い!)
首を狙った斬り上げを何とか防ぐが、そのまま頭を狙った斬り下ろしが来る。
剣で受け止めると、ヴォルフが少し下がり心臓を狙って突きを放つ。
クラウディオは咄嗟に後ろへ大きく跳んで攻撃を躱した。
ヴォルフの構えは独特で、重心を低くして前傾姿勢。前への動きが速く、下がることを考えていない。しかも、剣撃は人を殺すことに特化している。
(俺は死なねぇぞ。俺にはやるべきことが残ってる!)
今度はクラウディオがヴォルフに斬り掛かった。
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