幕間 緊急事態


 レオンハルトはフレイヤと稽古をするためにルーデンマイヤーの屋敷に訪れていた。


 二人は木剣を構えて相対する。


「いいか?」

「いつでも大丈夫」


 レオンハルトは魔力操作で身体強化して、木剣を振り下ろす。

 木剣同士がぶつかる鈍い音がして、フレイヤにその攻撃を受け止められる。一歩も下がっていないのを見て、レオンハルトは思わず距離を取った。


(クソッ、簡単に止められてしまった。これならどうだ!)


 肩を狙うと見せ掛けて、足を狙う。

 しかし、フレイヤは後ろへ小さく跳んで、その攻撃を躱す。


(これも上手く躱すか…… 強い)


 すると、レオンハルトの視界からフレイヤが消えた。

 右下から気配がして、咄嗟に木剣を出す。

 フレイヤの攻撃を何とか防いだが、その威力でレオンハルトは大きく後ろへ下がってしまう。


 更にフレイヤの連続攻撃。

 右、左、下からの振り上げ、色んな方向からフレイヤに襲われる。

 一つ一つの攻撃が重たく、受ける度に手から木剣が飛んでしまいそうになる。


(こんなにも差がついてしまったか。まるで相手になっていない)


 レオンハルトは反撃しようと木剣を振ったつもりが、その木剣が宙を舞う。

 そして、フレイヤの木剣がレオンハルトの顎寸前で止まった。


「参りました」


 お互い礼をして、少し休憩を取ることになった。

 椅子に座って水分補給をする。


 普段は良く喋るのに、今日のフレイヤは静かだ。出迎えてくれた時も元気がなさそうに見えた。


「フレイヤ、何かあったか?」

「どうして?」

「元気がないように見える。騎士団入りが不安か?」


 数ヶ月もすれば、フレイヤは十五歳になり、魔獣討伐を主とする第二十騎士団へ入団しなければならない。

 現在の第二十騎士団は北方地域で活動しており、入団すると、しばらく屋敷に帰ることはできない。


「それもあるけど、ソフィアのことよ」

「ああ、聖女ソフィアとカイル殿下の婚約のことか。あれには俺も驚いたな。聖女のことが心配か?」

「心配に決まってる! オリアナを通じても連絡取れないし、手紙も届かない。もしかしたら、あいつらに無理な要求をされてるのかも。このままだとになってしまう……」


 フレイヤが何か困っているかのように頭を抱えた。


「また同じって何だ?」

「あ、いや、違うくて、私はソフィアが心配なの。どうして婚約なんか……」


 明らかにフレイヤは何かを誤魔化している様子だった。


(前から思っていたが、何か隠しているな)


 レオンハルトも婚約の理由について気になっていたので、ヴェルナフロ侯爵家の密偵部隊『梟』を使って可能な限り背後関係を調べていた。


「聖女の理由は浮浪児たちを保護するためだ。あの戦いで親を失った子どもたちは大勢いただろう。貴族の多くは無関心を決めていたから、あのままでは何も対処されることはなかった。しかも、その少し前から地方では魔獣の被害が増え始め、浮浪児たちも増えていた。聖女は婚約を受け入れる条件に帝都だけではなく各地の浮浪児たちも保護してもらったようだ」

「でも、そんなの、私たちに何か言ってくれたら…… 一人で背負い込まなくても」

「何もできなかったよ。所詮、俺たちは貴族の子どもだ。親の持つ貴族の力はあっても、今の俺たちには手の届く範囲の人たちしか救えない。聖女はそれを理解していたはずだ。だから、余計なことを言って、俺たちに迷惑を掛けたくないと思ったのかもしれない。俺はそこまで彼女と親しくなかったが、彼女は聖女らしい聖女だと思う。フレイヤの方がそれは良く分かるんじゃないか?」


 レオンハルトは大勢の人たちを癒すソフィアを思い出しながら言った。


「それはそうだけど……」


 フレイヤが自分の髪を乱暴にクシャクシャと何度も触っている。


(納得はできないか。エイルハイド公爵令嬢のことも理由だろうな)


 これからの貴族派は存在自体が危うくなるかもしれない。皇帝派の保守勢力はミュトス教会と結びつくことによって信者の支持を得られることになる。貴族派から皇帝派に離反する者たちも現れるはずだ。


(保守勢力と対抗するにはカルバーン侯爵たち急進勢力だけでは心許ない。だから、父上は中立派を結束させようと奔走している。保守勢力に対抗できる新たな勢力が誕生すれば、無駄な争いは起きないはずだ。だが、もし、この国を一つにまとめあげられるほどの強い皇帝がいれば……)


 馬の足音が聞こえて門の方を見ると、ステラが馬に乗って現れた。誰も乗っていない馬をもう一頭連れている。とても急いで来たのか、ステラは汗をぽとぽと顔から落としながら息を切らしていた。


「…… 馬上から申し訳ございません。レオンハルト様、緊急事態です。領内の屋敷にすぐ戻ってください」


 ただ事ではないと確信し、レオンハルトはもう一頭の馬にさっと乗る。


「フレイヤ、すまない。埋め合わせは今度」

「うん、分かった。レオ、気をつけて」


 ルーデンマイヤーの屋敷から出て、馬の速度が緩やかなうちに訊く。


「緊急事態とは何だ?」

「クラウディオ様が襲撃を受け、危険な状態です」

「バカな! 父上が!?」


 レオンハルトは馬の腹を蹴って全速力で走らせた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る