第100話 決闘の申し込み


 馬車が揺れて、目の前に座るレオをふと見る。

 黒の礼服が良く似合っていた。舞踏会に参加するためお洒落をしている。

 私は良く目立つ赤いドレスを着ていた。いつもとは違って、イブニンググローブもしている。

 明るい色のドレスを着る時は上機嫌になるけど、今日は違った。緊張している。


「どうした?」


 レオが心配そうな表情をした。


「少し緊張しているだけ」

「大丈夫だ、上手くいく」

「うん」


 レオの言う通り、全て上手くいってる。

 私とザックバークがシオンを取り合っている噂は驚きの早さで貴族たちに広まった。今日はその仕上げだ。


 馬車が止まり、レオが先に降りて手を差し出してくれる。


「ありがとう、レオ」


 私はレオの手を掴んで降りた。


「流石に人が多いな」

「そうだね。レオもこの舞踏会に参加するのは初めてなんだよね?」

「ああ、いつもは父上が参加している。俺は人の多い舞踏会は苦手だからな」


 レオにエスコートをしてもらって会場に向かう。


 この舞踏会の主催者はクレーテン伯爵、中立派三大貴族の一人だ。レオが招待されて、私は同伴している。

 舞踏会の会場は以前カルバーン侯爵が舞踏会に使用した施設だ。

 会場にどんどん人が入って行く。招待された貴族は多い。中立派の貴族だけではなく、皇帝派や貴族派の貴族も含まれている。


 会場に入ると、レオが言う。


「クレーテン伯爵に挨拶をしに行くぞ」

「うん」


 私とレオが一緒に歩くと周りからじろじろと見られる。

 いつもは嫌だけど、今日に限っては好都合だ。注目される方が良い。


「あいつ、来てるかな?」

「間違いなく来る。心配するな」


 ぽんぽんと頭をレオに触られる。

 私は少しムッとして言う。


「私のこと子ども扱いしてるよね?」

「そんなことはない。一応、同じ歳だということは認識している」

「一応って、態度に見せてよね。私だって淑女なんだから」

「…… 淑女、フッ」


 レオが小さく笑った。


 絶対私を馬鹿にしてる。レオには色々と感謝してるけど、怒る時は怒るからね。


「おい、あの方がクレーテン伯爵だ。挨拶に行くぞ」


 令嬢たちがクレーテン伯爵の周りに群がって夢中で話し掛けていた。

 クレーテン伯爵は私たちに気がついて令嬢たちを解散させている。丁寧な対応をして、令嬢たちは笑顔で去って行った。


 クレーテン伯爵が近寄って来て、私は思わずの姿に見惚れた。

 短い金髪に碧眼、美しい中性的な顔立ち。クレーテン伯爵は男装した女伯爵で、独特の魅力を感じる。


「クレーテン伯爵、お久しぶりです。本日はご招待いただきありがとうございます」

「良く来てくれた、レオンハルト君。いつもはヴェルナフロ侯爵だけだからね。てっきり君は僕の舞踏会が嫌いなんだと思っていたよ」

「ご冗談を、そんなことありませんよ。こちらはルーデンマイヤー家のフレイヤ嬢です」


 私はドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


「お初にお目に掛かります。私はフレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「君があのフレイヤ嬢か、良く来てくれたね。会えて光栄だよ。僕はルルシア・フォン・クレーテン。良ければ、仲良くして欲しい」

「はい、よろしくお願い致します」


 握手をすると、クレーテン伯爵が急に顔を近づけてきて私の耳元で言う。


「君の目的はもう来てるよ。僕の舞踏会で騒ぎを起こすんだ。貸し一つだからね」

「…… はい」


 クレーテン伯爵が私から離れて言う。


「僕の舞踏会を楽しんで。また会おう」


 私たちに笑顔を向けて去って行った。


「レオ、ザックバークがもう来てるわ。探しに行きましょう」

「ああ、行こう」



 ◇◇◇



 令嬢たちと会話をしているザックバークを見つけた。


「俺は後ろから回る。お前は堂々と決闘を宣言しろ。今は何もするなよ」

「分かってる!」


 レオが離れて、私は一人でザックバークのもとへ行く。

 何もするなと言われたけど、あの片眼鏡モノクルごと殴ってやりたい。


 令嬢たちを押し退けて、ザックバークの前に立つ。

 私とザックバークの噂を知っていたみたいで、令嬢たちは何も言わずにその場から離れた。


 私はドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


「ザックバーク侯爵、お久しぶりです」

「これはフレイヤ嬢。ツヴァイク侯爵の舞踏会以来ですね。この舞踏会に来ているとは知りませんでしたよ」


 私は唇だけ笑みを浮かべて訊く。


「シオンは元気ですか?」


 ザックバークが後退りをして言う。


「…… シオン? 誰ですか、それは。私は知りませんね」

「あなたが奪った私の大切な家族よ」

「私があなたの家族を奪った? まさかそんなことしませんよ。言い掛かりも甚だしい。私は失礼する!」


 立ち去ろうとするザックバークをレオが立ち塞がって阻止する。


「退いてくれないか。ん? あなたは確か、ヴェルナフロ侯爵のご子息」

「レオンハルトと申します、ザックバーク侯爵。フレイヤ嬢の話を最後まで聞いていただけませんか?」


 私たちの騒ぎに気がついて貴族たちが周りに集まり出す。


「私はあなたからシオンを取り返します」


 ザックバークが私に向き直って言う。


「…… 取り返す? おかしなことを言いますね。シオンは自分から私のもとに来たのですよ」

「シオンがあなたのもとにいることを認めるのですね」

「認めるも何もいて当然でしょう。シオンは私の養女ですから」


 私はイブニンググローブを手から外してザックバークに投げつけた。


「何のつもりですか?」


 私はこの会場にいる全ての人たちが聞こえるように声を上げる。


「私、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーはザックバーク侯爵に決闘を申し込みます!!」

「…… 正気ですか?」


 予想していなかったみたいで、ザックバークが驚いているように見える。

 早く受けろ。受けないと、社交界での地位を失うわよ!


 ザックバークがニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて言う。


「あなたはアンジェリーナ嬢と懇意にされていますよね。私と敵対すれば、貴族派の敵になりますよ。本当に良いのですか?」


 アンジェ様には私の気持ちを伝えた。お前なんかが口を挟むことじゃない!


「それが何? もう覚悟はできてる! 私は皇帝派だと宣言する。貴族派のザックバーク侯爵、決闘を受けるか受けないか、早く決めなさい!」


 ザックバークがきつく口を閉じて何かを考えているようだ。周りの貴族たちも黙って私たちの様子を見ている。


「…… 受けよう」


 ザックバークが言った。


 その言葉を聞いて、私は心の中で拳を握る。


「フレイヤ嬢、決闘はランドバード伯爵の取り仕切りになりますね?」

「そうです」

「分かりました。では、後日、決闘の場で会いましょう」


 ザックバークが去って行くと、貴族たちも周りから去って行った。


「フレイヤ、良くやった」

「ありがとう、レオ。後は決闘の条件を決めるだけね」

「そうだな……」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。俺の気にし過ぎだ」


 私とザックバークの決闘は決まった。

 帰ったら、お母様に報告しないといけない。






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