幕間 行動する者と堪える者


 レオンハルトはフレイヤと別れた後、カルバーン侯爵と会うことができた。客間に通されて話を始めている。


 レオンハルトはカルバーン侯爵に頭を下げて言う。


「突然の訪問申し訳ございません。お時間を取っていただきありがとうございます」

「畏まる必要はないよ。レオンハルト君、座ってくれ。お茶を用意させるよ」

「今日はどうしたんだい?」

「カルバーン侯爵のお力をフレイヤ嬢のために借していただきたいのです」

「…… 話を聞かせてくれ」


 レオンハルトはフレイヤに起きたザックバーク侯爵との出来事を語った。


「なるほど、ザックバーク侯爵か。嫌な男と敵対したな。レオンハルト君、どう思う? フレイヤ嬢はこのまま私たちの陣営に入るだろうか?」

「アンジェリーナ嬢との話し合い次第ではないでしょうか」

「まあ、そうなるだろうね」


 アンジェリーナが仲介をしたとしても、ザックバーク侯爵がフレイヤとの話し合いに応じることはないだろう。


(ザックバーク侯爵の批判は貴族派の弱体化に繋がる。決闘の結果がどうなろうともカルバーン侯爵は貴族派を弱体化させる好機だと考えているはずだ)


 カルバーン侯爵がお茶を一口飲んで言う。


「そう言えば、ヴェルナフロ侯爵は元気かな?」

「父上ですか? 元気ですよ」

「それは良かった、忙しいと耳にしたから。最近のヴェルナフロ侯爵は中立派の地方貴族と頻繁に会っているようだけど、何か目的でもあるのかな? レオンハルト君、良かったら教えて欲しい」


 カルバーン侯爵が射貫くような視線をレオンハルトに向けた。その視線をレオンハルトは真っ向から受け止める。


(カルバーン侯爵は恐ろしいな。中立派である父上の動きも察知しているなんて。俺も父上から目的を聞いてないが、予想はついている。カルバーン侯爵に知られてはいけない)


 レオンハルトは微笑みを作って言う。


「父上から聞いたことがないので私は分かりません。何か気掛かりですか?」

「…… そんなことはないよ。だが、気をつけた方が良い。保守勢力の中にはヴェルナフロ侯爵を敵視し始めている者もいると聞く。十分気をつけてくれとヴェルナフロ侯爵に伝えてくれ」

「ご心配ありがとうございます。必ず父上に伝えます」

「そうしてくれ。噂の件は積極的に広めさせてもらうよ。同盟相手のためだからね。他にも何かあれば遠慮せずに言ってくれ」

「ありがとうございます」


 レオンハルトはカルバーン侯爵との話し合いを終えて戻ると、馬車の外でステラが待っていた。


「ぼっちゃま、お帰りなさいませ」

「ザックバークに動きはあったか?」

「まだ屋敷から出ていません。荷物を運び入れた馬車だけが出発しました」

「そうか。ザックバークはいつも通り招待された舞踏会に出るのかもしれない、好都合だな。引き続き監視を頼む」

「承知致しました」



 ◇◇◇



 シオンは牢屋の中にいた。目を覚まして少し経つ。

 ルーデンマイヤー家の屋敷を出て人気のない場所に行くとザックバーク侯爵の部下に眠らされた。


「どうしてドレスを? 理由が分かりません」


 自分の服装を確認すると、今のシオンはメイド服ではなく、貴族令嬢が着るようなドレスを着ていた。

 だが、鎖で両足を繋がれ自由に動けない状態でいる。

 牢屋の外を見ると、他にも牢屋があった。薄暗く静かで牢屋の中に人がいるかどうかは分からない。


 コツッコツッと独特な足音が響き、その音はだんだんシオンに近づいて来る。

 ザックバークが嬉しそうな笑みを浮かべて現れた。


「シオン! 良く来てくれました! 私はとても嬉しいです」


 ザックバーク侯爵がシオンの頭から爪先まで舐め回すように視線を這わせて言う。


「ドレス姿がとっても綺麗ですね。私の奴隷に相応しい姿です。シオン、鎖はどうですか? 私のもとにいた時に使っていた鎖を今のあなたのために作り直したんですよ」


 シオンは唇を震わせて後退りをする。


(怖い……)


「黙りですか、昔はもっと感情豊かだったのに。ですが、今のシオンは躾のしがいがあります」


 ザックバーク侯爵が牢屋を開けて中に入って来る。

 逃げようとするが、シオンは鎖のせいで転けてしまう。

 ザックバーク侯爵はその姿を見てニタッと笑いシオンの腹部に躊躇なく蹴りを入れた。

 シオンは牢屋の柵に体をぶつけて倒れ込み、腹部への衝撃で酷く咳をする。


(ザックバークのもとに堕ちても、私はフレイヤ様の従者。脅された時の私はどうかしていました。怖くても、無様な姿をさらしてはいけません)


 シオンは痛みに堪えながらザックバーク侯爵を睨む。


「その目は何ですか? あの子爵令嬢から何か影響を受けてしまったんですかね? 反抗的な態度は駄目です。私はあなたの泣き叫ぶ姿を見たいんですよ」


 ザックバーク侯爵はシオンの頬を何度も叩く。

 バチンバチンと痛めつける音だけが響き、シオンはザックバーク侯爵を睨み続け決して声を出さなかった。

 シオンの頬は赤く腫れて、唇から血が垂れる。


「やり過ぎてはあなたが壊れるのはいけませんね。他の奴隷たちと同じように壊してしまっては楽しみが終わってしまいます。あなたは特別に楽しみたいんですよ。それに、友人たちにもあなたを紹介したいですから。時間はたっぷりあるので、じっくり調教してあげます。また来ますね」


 ザックバーク侯爵が出ていくと、他の牢屋から子どもや大人の泣き叫ぶ声が聞こえた。


 シオンは思わず手で両耳を塞ぐ。


(…… 私はフレイヤ様のために堪えます)







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