第99話 幸せになってもらいたいから
約束なしの訪問だったけど、屋敷へ通してくれた。メイドに案内されて客間で立って待つ。
まずは一安心、会っていただける。
ドアがコンコンと鳴り、アンジェ様が入って来られる。
「アンジェ様、突然の訪問申し訳ございません」
「頭を下げる必要はないわ。何か緊急の用なのでしょ。どうぞ座って」
椅子に座ると、私は頭を下げてお願いする。
「私にどうかお力を借してください。シオンがザックバーク侯爵のもとへ行ってしまったのです」
「ザックバーク侯爵…… 何となく理由は分かるけど、詳しく説明してくれる?」
「はい」
私はこれまで知ったシオンのことをアンジェ様に全てお話しした。
「なるほど、そうだったの。フレイヤ、辛いわね。大丈夫?」
「…… 大丈夫のつもりです。シオンを何としても取り返したい。お力を借していただけませんか?」
アンジェ様が黙って両手に顎を乗せる。
何か考えている。もしかして、駄目なの?
「話し合いの場を要請するのは構わないわ。だけど、実現する望みは薄いと思って」
「ど、どうしてですか?」
「前にも話したけど、ザックバーク侯爵は貴族派の有力貴族。お父様が貴族派の筆頭でも命令をすることなんてできないわ。フレイヤの話を聞く限り、シオンは自分の意思でザックバーク侯爵のもとへ行ったことになる。もちろん脅されたに決まっているけど、咎めることもできないわ。役に立てなくてごめんなさい、フレイヤ」
じゃあ、決闘しかない。でも、そうなったら……
「アンジェ様が謝ることではありません。でも、要請だけはしていただけませんか?」
「もちろんよ」
「
「全然不躾じゃないわ。何でも言って」
「ザックバーク侯爵と私がシオンを取り合っている噂を流していただきたいのです」
「噂を? フレイヤ、何をするつもりなの?」
アンジェ様に隠す必要はない、正直に言う。
「決闘をします」
「だから、噂を流して外堀を埋める気なのね。それが私たちにとってどういうことになるのか分かっているの?」
「分かってます。微妙な立場にいた私が皇帝派に属すると外に示すことになります」
「その通りよ。元々皇帝派寄りだったあなたが貴族派の有力貴族と決闘する。派閥の代理闘争として貴族中の注目を浴びるわ。そうなれば、あなたの気持ちに関係なく、あなたは皇帝派となって私の敵となるのよ」
アンジェ様に敵と言われて胸が張り裂けそうになる。
私は首を大きく横に振って言う。
「敵だなんてそんな悲しいことを言わないでください。私の守りたい大切な人がアンジェ様だけなら、私はいつまでも貴女と共にいたい。アンジェ様は私にとってとても大切な人なんです!」
アンジェ様が顔を真っ赤にして横を向く。
「そんな恥ずかしいこと良く言えるわね」
私も顔が真っ赤になったのを感じて、両手で顔を覆って下を向く。
確かに恥ずかし過ぎる。悲しくなって思わず本心を言ってしまった。アンジェ様の顔を見れない。
アンジェ様が咳払いをして言う。
「私が言いたかったのは立場が敵になるってことよ。友だちなのは変わらないわ」
「…… そうですよね、良かった」
私は内心、凄くほっとする。アンジェ様に本気で敵になるって言われたら泣き叫びそう。
「この際だから言っておくわ。フレイヤは私に仕えたいみたいだけど、私があなたを召し抱えることはない。あなたもそれは理解できているわよね?」
「…… はい」
私の後ろ楯は皇后陛下、同盟相手にカルバーン侯爵、友だちに聖女ソフィアがいる。今の私がアンジェ様に仕えたら、政治的な問題が発生するかもしれない。
「でも、私はアンジェ様に何かあれば必ず助けます。アンジェ様が困っていたら直ぐに駆けつけます。私はどんなことがあってもアンジェ様を守ります」
「…… フレイヤはどうして私のためにそこまでしようとするの?」
私はアンジェ様を見つめて微笑んで言う。
「アンジェ様に幸せになってもらいたいからです」
「…… そう」
アンジェ様が俯いて言った。
今のアンジェ様にとって私の言葉は嫌だったかもしれない。今が幸せじゃないと言われたようなものだ。
言ったら怒られると思うけど、アンジェ様は国のことなんか忘れてカロン様と結ばれて欲しい。
アンジェ様は顔を上げて凛とした表情で言う。
「噂の件は任せて、上手く広めるわ。これからは表だって会えないようになるから、帰る前にロゼと会っていきなさい」
「分かりました。じゃあ、アンジェ様も一緒に」
「私は今から噂を広めるために動くわ。早い方が良いでしょ」
「ありがとうございます」
客間を出ると、私はアンジェ様に抱き締められた。
「アンジェ様!?」
「しばらく会えなくなるから。フレイヤ、良く聞いて」
「…… はい」
「万が一私に何かあれば必ず連絡するけど、自分のことを一番に優先して欲しい。私のために命を懸けるようなことはしないで。フレイヤが私を大切に想ってくれているように私もフレイヤのこと大切なの。分かってくれる?」
「はい、アンジェ様にそう言っていただけて私はとても嬉しいです」
「ザックバーク侯爵と話し合いができるかできないか、後日手紙を送るわ。フレイヤ、必ずシオンを取り返すのよ」
「絶対に取り返します!」
アンジェ様は離れる前にもう一度私のことを力強く抱き締めてくれた。
アンジェ様から勇気をいただけた気がする。
アンジェ様と別れた後、ロゼに会って同じことを話した。
「会えなくなるのは寂しいです」
「ごめん。でも、ずっと友だちだよ」
「もちろん分かってます。フレイヤは私の大切な友だちです、何も変わりません。フレイヤ、少し
「これで良い?」
「はい、じっとしててください」
ロゼが私の頭に手を置いて言う。
「我らの祖たる妖精神よ、どうかこの者に栄光と祝福の加護を与え給え」
ロゼの手が離れたので、体を元に戻す。
「祈ってくれたの?」
「はい、エルフの神に。フレイヤにできないことなんてありません。シオンさんを取り返せます!」
「ありがとう、ロゼ」
私はアンジェ様と同じようにロゼとも抱き合って別れた。
後日、ザックバークが話し合いに応じない旨の手紙がアンジェ様から届いた。
手紙の中で、アンジェ様が何度も謝罪していた。謝る必要なんてないのに。私は感謝しかない。
これで決まった。シオンを取り返すにはもう決闘しかない。
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