第98話 ザックバークの所業


 お母様とレオと話し合った後に九番地区へ来た。

 中心部にあった木材を繋げただけの家が建て直されていたけど、以前と比べて家の数は少ない。魔獣の襲撃が何度もあったので元いた住人は他の貧民街へ移り住んでしまった。ミュトス教会が浮浪児たちを保護してくれたこともあり、九番地区の住人は減った。


「ザックバークの手下はいないな。九番地区にも見張りをつけるから安心しろ。マルティスのもとへ行くぞ」

「うん」


 路地を通り、建て直されたばかりの教会が見えてきた。


「そう言えば、私に何か話があって来たんじゃないの?」

「ああ、別にいい。忘れてくれ」

「それならいいけど」


 教会の庭でカリナとマルティスが子どもたちと遊んでいた。

 カリナが私に気がついて近寄って来る。


「フレイヤ、久しぶり。今日はレオンハルトと一緒なのね…… どうしたの? 何かあった?」

「ううん、何でもないよ。マルティスに話があって」

「そっかー。マルティスに用か。でも、何かあったら私にも頼ってよ。私はフレイヤの友だちなんだからさ」

「ありがとう、カリナ」


 カリナが子どもたちと遊ぶマルティスに言う。


「フレイヤがあんたに大切な用みたい。子どもたちは私が見といてあげるから」

「ああ、分かった。じゃあ、子どもたち頼む。フレイヤ様、どうぞ中に入ってください」


 教会の中に入ろうとすると、カリナに手を掴まれる。


「カリナ?」

「辛いことがあるんだったら言ってよ。フレイヤのためなら何でもするからさ」


 カリナに心配を掛けたくなくて、私は言う。


「うん、ありがとう。辛かったら言うね」


 カリナがじっと私を見つめて手を離した。

 嘘ついてごめんね、カリナ。私のことで心配を掛けたくないんだ。


 教会の中に入ると、マルティスが首を傾げて言う。


「で、どうしたんです? 何かあったんですか? レオが辛気臭いのはいつものことですけど、フレイヤ様まで暗いなんて。情報屋ですからね、そういうのには敏感なんですよ」


 私は深く頭を下げて言う。


「ごめんなさい、マルティス。シオンがザックバーク侯爵のもとへ行ってしまったわ」

「は!? ザックバーク侯爵!? どうして今さら」


 マルティスが狼狽えている。やっぱりザックバークのことを知っていた。

 私はヘドリックから聞いた話をマルティスにそのまま伝える。


「ふざけんな! クソ! クソ! クソ!」


 マルティスが横椅子を何度も蹴って壊した。


「ごめんなさい、私のせい。でも、必ずシオンを取り返すから」


 マルティスが私の胸ぐらを乱暴に掴む。


「おい、マルティス」


 レオが止めようとしたので、私は手で制止する。

 マルティスが怒るのは分かっていた。マルティスとシオンは幼なじみで仲良しだから。


「子爵の令嬢にできんのかよ。相手は侯爵だぞ。しかも、並みの侯爵じゃねぇ。貴族派の有力貴族でブリュノールの要人とも繋がってる」

「分かってる! でも、絶対に取り返す。シオンは私にとって大切な家族だから」


 マルティスの左目が睨むので、私はじっと見返す。

 シオンは私にとって姉のような存在。優しくていつも側にいてくれる。私は大切な家族を失いたくない。


 マルティスが私の胸ぐらから手を話して言う。


「フレイヤ様、申し訳ございません。頭に血が昇ってしまいました。俺にも何か手伝わせてください」

「ありがとう、マルティス。あなたにしてもらいたいことがあるの。ザックバークと私がシオンを取り合って揉めている噂を貴族に広めて欲しいの」

「お安い御用ですよ、任せてください。他には何かありますか?」


 私は意を決して訊く。


「シオンがザックバークのもとにいた時のことを教えて欲しい。マルティスは知っているんでしょ?」

「知ってますけど、嫌な話ですよ。良いんですか?」

「教えて欲しい。もっと前にシオンから聞いておくべきだったの」


 マルティスは小さく息を吐いて話し始めた。



 ◇◇◇



「俺とシオンが育った貧民街は九番地区と別の場所って知ってますよね?」

「うん」

「俺もシオンも物心ついた時から他の浮浪児たちと一緒に生きてました。浮浪児だった俺たちにとって一番怖かったのは奴隷商人です。気をつけて生活をしてたつもりだったんですけど、一斉に捕まって、その時にシオンも捕まってしまいました。俺は何とか逃げることができて、九番地区に移り住みました。シオンと再会したのは情報屋を始めてからしばらくのことです」

「シオンはお母様の使いだったんだよね?」

「そうです。再会した時、俺は使いのメイドがシオンだとは気づきませんでした。昔と大きく変わってましたから」

「変わってた?」

「表情と雰囲気です。今のあいつからは想像できませんが、昔は表情豊かな明るい女の子だったんですよ。フレイヤ様のような感じでした」


 今のシオンと全く違う。シオンはいつも無表情でたまにしか笑ってくれない。


「シオンから表情を奪ったのはザックバークです。あの糞野郎のもとにはシオンの他にも大勢の子どもの奴隷がいました。自領地の屋敷に奴隷好きの貴族たちを集めて子どもたちに酷い仕打ちをしていたそうです。一番酷かったのは狩りでした」

「…… 狩り?」

「広大な敷地で狩りをするんです。狩人はザックバークと仲間の貴族、獲物は子どもたちです。狩りに選ばれた子どもたちは必ず殺されていましたが、シオンは唯一逃げ出すことができたと言っていました」

「そんなの…… 許せない、酷過ぎる。人の所業じゃない」


 私は腹立たしさに手のひらに爪が食い込むくらい拳を強く握り締めた。

 そんな奴の所にシオンがいる。何をされるか分からない、考えるのも怖い。

 シオンを取り返すために早く動かないといけない。


「マルティス、教えてくれてありがとう。私は行くね」

「はい、どうかシオンのことよろしくお願いします。噂の件はお任せてください」


 教会を出て、九番地区を早足で歩く。


「フレイヤ、気持ちは分かるが落ち着け」

「そんなの無理だよ! あんな話聞いたら。シオンのこともっと訊けば良かった。いつも私のことばっかりで。シオンに何かあったらと思うと…… 私、じっとしてられない。今からアンジェ様のもとへ行く!」

「仲介を頼むんだな?」

「うん」

「協力してくれるか分からないが、俺はカルバーン侯爵のもとへ行こうと思う」

「分かった。レオ、色々助けてくれてありがとう」

「気にするな」


 レオが一緒にいてくれて本当に良かった。頼りになるし、とても感謝してる。私一人だったら、冷静に行動するのは難しかったと思う。

 シオンを取り返したら、レオに何かお返しをしたい。


 九番地区を出て、私はアンジェ様の屋敷へ向かった。






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