第92話 白銀のフレイヤ
「フレイヤ、フレイヤ!」
誰かの声が聞こえる。
目を開けると、ソフィアが心配そうな顔で私を見つめていた。
「ソフィア」
「良かった。まだどこか痛い?」
どこも痛くない。手足も問題なく動かせる。
あんなに大怪我をしたのに。
もしかして。
「ソフィアが治してくれたの?」
「うん! でも、本当に酷い怪我だったんだからね。私、頑張ったんだから」
「ありがとう」
「怪我は治したけど、疲れは取れてないから。無理はしないでね」
聖女の力の凄さを改めて実感する。
でも、ソフィアの言う通り、体は疲れていた。
ベッドに手をついてゆっくり体を起こす。
ソフィアが私に頭を下げて言う。
「フレイヤ、私たちを守ってくれてありがとうございました。あなたが命懸けでここを守ってくれたから、多くの命を救うことができました。本当にありがとう」
「そんないいよ、私は当たり前のことをしただけだから。だから、頭を上げて」
ようやくソフィアが頭を上げた。
何だか気まずい。
「そうだ、パウラお姉様は?」
「パウラお姉様? オリアナに瓜二つな金髪の方のこと?」
「うん、その人。どこにいるの?」
「今は救助活動に行ってる。レオンハルト様や傭兵の方たちも一緒だよ。瓦礫の下に人がいると思うから」
「…… そうだよね。でも、魔獣は? あんなにいたのに」
「フレイヤの戦いが終わってから帝国騎士と教会の人たちが来て、帝国騎士が魔獣討伐を代わりにしているの。教会の人たちには治療を手伝ってもらっている。体裁を整えるために来たみたいで複雑な気持ちになるけどね。それに、あの人たちが動いたのはオリアナとカルバーン侯爵様が一生懸命働き掛けをしたからだよ。本当は率先して動くべきなのに」
ソフィアが怒ってる。こんな風に怒るなんて初めて見た。
私もソフィアと同じ気持ちだよ。
オリアナたちが働き掛ける前から上層部の人たちは貴族街の外で何が起きていたのかくらいは把握していたはずだ。平民のために動く気にはならなかった、それだけだと思う。
あれ? ない! どうしよう!?
傭兵から借りた剣がない!
最後の攻撃で消滅してしまったのかな?
できれば、ユアナに渡したいと思っていたのに。
「私、剣を持ってなかった?」
「剣は持ってなかったけど、これを左手で握り締めていたよ」
ソフィアから渡されたのは剣の
この部分だけしか残らなかった……
ユアナに謝らないといけない。
「エヴァウト先生に女の子を預けたんだけど、知らない?」
「えっと、あの子だよね、分かるよ。今は一時預かりの場所で保護されているはず」
「一時預かり?」
ソフィアが悲しそうに言う。
「親とはぐれた子どもや浮浪児が大勢いるから」
「ああ、うん。そうだろうね……」
親とはぐれた子どもと言ったけど、多分、親が死んでしまった子どもの方が多い気がする。
「他の避難場所にも一時預かりの子どもたちが多いみたい。でも、ユアナちゃんはここにいるよ」
「ありがとう。ちょっと行って来る」
「さっきも言ったけど、無理はしないでね。疲れは取れていないんだから、ゆっくり歩いて。私も一緒に行きたいけど、もう少し頑張らなくちゃいけないから」
「ソフィアは大丈夫なの? 私を治して疲れたんじゃないの?」
「少し疲れたけど、元気だよ。それに、聖女の助けを待っている人たちがまだいるから」
「…… そっか。ソフィア、私を治してくれてありがとう。それと、頑張れ!」
ソフィアがニッと笑って言う。
「私、頑張る!」
◇◇◇
ソフィアから離れて私は移動を始めた。
教会から派遣された人たちが治療を手伝っている。ソフィアみたいに回復魔法は使えないから、包帯を巻いたりしていた。
軽傷者の治療は順調に進んでいるようだ。
でも、これだけの人たちが家を失った。貴族街を除いた全ての街が滅茶苦茶だ。
街は元通りになるのかな?
避難場所にいる人たちがさっきから何度も私を見ている気がする。
この銀髪のせいかな? 確かに目立つと思うけど、こんなに見られたら恥ずかしい。
すると、腕を包帯で吊った男性が私の前に現れた。
「あんたが白銀のフレイヤか?」
「…… はい? あ、はい。私はフレイヤです。どうして私の名前を?」
「そうか、あんたがフレイヤ様なんだな。俺たちを助けてくれてありがとう」
「え?」
周りで見ていた人たちも私の近くに寄って来る。
「フレイヤ様、ありがとう!」
「俺たちを守ってくれてありがとう!」
「白銀のフレイヤ! ありがとう!!」
まさかこんなに感謝されるなんて。
とても嬉しいけど、白銀のフレイヤって何?
「白銀のフレイヤ!」
また白銀のフレイヤって呼ばれた。
どんどん人が寄って来て、何度も白銀って言ってる。
その呼び方はアラクドさんしかしないはず。変な二つ名をアラクドさんに広められた。
でも、感謝されながら言われるのは嬉しいかも。
人が密集し始めたのでさっと抜ける。
「ごめんなさい、今は用事があって」
私はユアナに会いに行かないといけない。
包帯で腕を吊った男性が言う。
「どこかに行くのか?」
「はい、子どもを保護している場所に」
「…… ああ、それならあっちだ。気が向いたら、また来てくれよ。フレイヤ様に会えば、俺たちも元気になる」
「分かりました、教えてくれてありがとうございます。また来ますね!」
私は嬉しくて笑顔で言った。
周りの人たちに頭を下げて、教えられた方向へ歩いて行く。
少しすると、子どもたちが見えてきた。
大勢いる。それなのに、静かだ。
皆、小さく座って大人しくしている。
子どもたちが座る地面には布が敷かれていた。他の場所では布が敷かれていなかったから、ここで保護されている子どもたちへの配慮だと思う。
子どもたちを側で見守る女性が数人いた。
私はその一人に話し掛ける。
「私、フレイヤと申します。ユアナという女の子を知りませんか? エヴァウト先生が連れて来たと思うんですけど」
「ああ、はい。どうぞついて来てください」
女性について行くと、子どもたちの近くを通る。
子どもたちは放心して虚ろな表情だった。
やっぱり親を失った子どもが多いんだと思う。
引き取り手がなければ、働くか浮浪児として生きるしかない。
こんなの…… 悲しい。
「お姉ちゃん!」
ユアナが駆け寄って来た。
「ごめんね。急に行っちゃって」
「ううん、周りの人たちがお姉ちゃんに感謝してたよ。お姉ちゃんがあの化物をやっつけてくれたんでしょ?」
「そうだよ。私、凄いでしょ」
「うん!」
今のユアナは笑ってくれる。
ユアナの笑顔を見れて嬉しいけど、父親のことは伝えないといけない。
ユアナと手を繋いで少し離れた場所に行く。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
ユアナと目線を合わせるために膝をつく。
「これ」
剣の柄頭をユアナに渡した。
「どこかで見たことある気がする」
「これはあなたのお父さんの剣なの」
「そうだ! お父さんの剣の持つ部分と同じ色してる。でも、どうしてお姉ちゃんが持ってるの?」
「剣を借りたのよ。化物と戦ったら、この部分しか残らなくて」
「そうなんだ。それで、お父さんは?」
ユアナが首を傾げて私をじっと見つめる。
父親が亡くなったことを伝えるか一瞬迷ったが、私は意を決して言う。
「ユアナのお父さんは亡くなったわ」
「亡くなった?」
「死んだってことよ。冷たくなって、もう目を覚まさないの。最後までユアナのことを話していたわ」
ユアナが目に涙を浮かべて言う。
「嘘だ! お姉ちゃんの嘘つき! お父さんはユアナを一人にしないもん!」
私はユアナを抱き締めた。
この子は死ぬことがどういう意味なのかちゃんと理解している。
ユアナの父親は傭兵だから、死んだら二度と会えないって教えていたのかもしれない。
大きな声で泣き続け、やがて静かになった。泣き疲れて、頬を涙で濡らしながら眠っている。
ごめんね、私がもう少し早く着いたら間に合ってたかもしれない。
私はユアナを起こさないように気をつけて背負った。
ユアナのもとに案内してくれた女性が心配そうに訊く。
「この子をどうされるのですか?」
ユアナは父親が亡くなったから一人ぼっちだ。
この子も他の子たちと同じで浮浪児として生きるか、働かせてもらえる場所を探すしかない。
街が壊れたから働く場所なんてない。じゃあ、浮浪児?
どっちも違う。
私はユアナを見捨てることなんてできない。
だけど、他の子たちは?
ユアナと同じ境遇の子たちばかりだ。
申し訳ないけど、私の力では助けられる人が限られている。
「ユアナを引き取ります」
「…… そうですか、よろしくお願いします」
残った子たちと目を合わさないようにこの場を去ると、私を呼ぶ声が聞こえる。
「フレイヤ様!」
シオンが駆け寄ってきた。
「シオン! どうやってここまで来たの? まさか九番地区から無理して……」
「違います。傭兵の方々に送ってもらいました。フレイヤ様が無事で良かったです。ですが、フレイヤ様はまた無理をされたようですね。白銀のフレイヤ、噂になっていました」
その二つ名、色んな人に広がってる。
アラクドさんの馬鹿!
「その名前、恥ずかしいんだから。そんなことより、マルティスたちも無事なんだよね?」
「はい、無事です。怪我した者は誰もいません。ところで、フレイヤ様が背負われているその女の子は誰ですか? 眠っているようですが」
「この子はユアナ、父親を亡くしたの。ルーデンマイヤー家で引き取ろうと思うわ。一人ぼっちにさせたくないの。良いよね?」
「フレイヤ様が決めたことに私は従います」
「ありがとう」
驚くと思うけど、お母様も許してくれるはず。
「これからどうされますか?」
「一度屋敷に戻ろうと思うの。お母様が心配してるだろうから。戻ったら、シオンにユアナのことを頼んでも良い? もちろんユアナが落ち着くまでは一緒にいるから」
「構いませんが、フレイヤ様はまたこちらに戻られるおつもりですか?」
「うん、救助活動を手伝いたいから」
「…… 承知致しました」
少し不満そうだけど、シオンは納得してくれた。
私たちは無傷の貴族街に向けて歩く。
その間に色んなことを考える。
魔獣集団発生事件はこれで終わったと思う。だけど、前世のフレイヤが活躍した出来事はまだいくつも残っている。
カロン様のことが心配だ。エイルハイド公爵領で何も起きてないなら良いんだけど。
少し落ち着いたら、手紙をアンジェ様に書こう。もし、何かあれば、絶対に駆けつける。
貴族は平民たちのことを気にしないから、十二月から社交界がいつも通りに行われる。私は次のルーデンマイヤー子爵として社交界に参加しないといけない。
それに、お母様から教えてもらうことが色々とある。厳しいけど、頑張らなくちゃ。
自分を鍛えることも忘れちゃいけない。魔物を倒した力を何とか使いこなせるようにならないと。
忙しいから、年が明けるのは早いと思う。
十五歳になったら、私は帝国騎士だ。
先のことのために今できることを集中してやろう。
「フレイヤ様、貴族街に入ります。ボーッとして止まらないでください」
「あ、ごめん。シオンこそ私を置いて先に行かないでよ」
「ご安心ください。シオンはいつまでもフレイヤ様の側にいますよ」
シオンが今までで一番柔らかな表情で笑った。
こんな素敵な笑顔を見たのに、私はなぜかシオンが遠くに行ってしまう気がして怖くなった。。
――――――――――――――――――――
【後書き】
これにて第八章は終了です。
沢山読んでいただきありがとうございました。
次は第九章です。
第九章ではシオンの幼少期が明らかになり、シオンを守るためにフレイヤが戦います。
大きな事件があり、誰かが何かを決意します。
楽しみにお読みください。
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