第九章 進むべき道

第93話 お風呂場にて


「フレイヤ、レイド侯爵はどちらの派閥に属しているか分かるかしら?」


 私は少し考えて言う。


「…… 中立派だと思います。どちらの派閥にも属していません」

「その通りよ。レイド侯爵のことで他に何か知っていることはあるかしら?」

「分かりません」

「じゃあ、覚えておくのよ。レイド侯爵は中立派の三大貴族の一人。他二人は当然言えるわよね、今日教えたのだから」


 お母様の目が怖い。じろっと睨まれる。


「残り二人はクレーテン伯爵とヴェルナフロ侯爵です」

「正解よ。今日の勉強はここまでにしておこうかしら。教えたことは忘れずに覚えておくのよ」

「はい」


 今から舞踏会に行く準備をしないといけない。

 失礼しますと言って退出しようと思ったら、お母様に呼び止められる。


「イリアからの手紙があるの。一緒に読みましょう」

「本当ですか!? 読みます!」


 お母様の側に寄ってイリアの手紙を一緒に読む。文面からイリアの日常が充実しているのだと伝わる。

 今は物理学の先生と一緒に大学で共同研究をしているらしい。研究の内容を手紙で説明してくれているけど、難し過ぎて全く理解ができない。お母様も分からないようだけど、とても嬉しそうだ。

 手紙の最後に私たちに会いたいと書いてあった。


「イリアは元気にしているみたいね」

「はい。でも、最後に会いたいって。私もイリアに会いたいです」

「もちろん私もよ。でも、頑張るとも言ってる。私たちも頑張りましょう」

「そう…… ですよね、私も頑張ります。お母様、このイリアが送ってくれた種は本当でしょうか?」

「分からないけど、ラヒーノに届けてみましょう。あの土地で本当に食物が育つなら嬉しいわ」


 イリアが送ってくれた種は育つと甘味のある芋になるらしい。しかも、この芋はどんな荒れ果てた土地でも十分に育つとか。

 イリアのおかげでラヒーノの食料問題が解決するかもしれない。


「フレイヤ、そろそろお風呂に入って来なさい。シオンが待ってるはずよ。もお風呂に連れて行ってあげて」

「はい、分かりました。お風呂に入って来ます。それと、ドレス姿も見てくださいね」

「はい、はい、分かってるわ」


 お母様に微笑むと、私はお風呂場に向かった。



 ◇◇◇



「フレイヤ様、お背中を洗います」

「うん、お願い」


 シオンが背中を洗ってくれる。丁度良い力加減で気持ち良い。

 桶に入るだけだと体の汚れが確り取れないからね。やっぱりお風呂は好き。


「背中が終わりました。次は前を洗います。失礼します」

「ちょっ、シオン! 前は洗わなくていいから。恥ずかしいでしょ。私が洗う、タオル借して」

「そうですか……」


 どうして少し残念そうな顔をするのよ。

 タオルで体の前を洗って、シオンに泡を湯で流してもらう。


「次はシオンよ。前に座って」

「私は結構です。自分で洗います」

「主の命令よ。座って」

「…… 分かりました」


 タオルでシオンの背中を洗う。一緒にお風呂へ入る時はいつもこうしている。


「シオン、どう? 痛くない?」

「はい、まあまあです」


 私は笑って言う。


「まあまあって。ここは素直に感謝すべきでしょ」


 シオンの背中の火傷痕を見て手が止まる。


「この火傷痕、消えないね」

「…… そうですね。私は消えなくても構いません」


 シオンの背中の真ん中辺りには大きな火傷痕がある。

 六歳の私を庇って火傷を負ってしまった。お母様とお父様にとても怒られたらしいんだけど、私は全然覚えてない。

 この火傷痕を見る度に、シオンにはいつも迷惑を掛けているなと思う。


 火傷痕にそっと触れる。

 この傷は何だろう? 火傷痕に隠れるようにうっすらと切り傷痕がある。

 火傷の前に負った? それに、この斬り口って、もしかして剣?


「フレイヤ様、くすぐったいです」

「あ、ごめん。じゃあ、お湯で流すね」

「はい、お願いします」


 泡を湯で流す。前も洗おうかと提案したら、怒られてしまった。シオンだって、私に言うのに。

 先にお風呂の方へ行く。ルーデンマイヤー家自慢の大浴場だ。


「ユアナ、どう? 熱くない?」

「丁度良いよ! あ、です」

「まだ敬語は難しいよね。周りに誰もいない時は敬語じゃなくても良いよ」

「本当?」

「駄目です!」

「シオン、厳しい」

「厳しくありません。フレイヤ様は早くお風呂に入ってください」

「はーい、分かりました」


 ユアナの横に勢い良く浸かる。


「フレイヤ様、お湯が飛んできた!」

「ごめん、ごめん。わざとだよ」

「態と!? 私もやる!」


 バシャバシャとお湯を掛けられる。私もやり返す。

 ユアナが笑顔になってる。楽しそうだ。


 帝都魔獣集団発生事件から数ヶ月、ユアナがようやく笑えるようになった。

 父親を亡くしたせいで、屋敷に来た当初はずっと暗い表情で全く喋らなかった。でも、少しずつ元気になって、今はルーデンマイヤー家のメイドとして頑張ってくれている。敬語はまだまだだけどね。


 数ヶ月経てば、色んなことが変わる。

 先月、上流街と平民街の建て直しが終わった。上流街は元通りになったけど、平民街は上流街に近い建物しか直っていない。上流街から離れた平民街への支援はなかったし、貧民街はもちろん見向きもされなかった。だから、以前から住んでいた人たちが協力して支援のない街の復興を行っている。

 そして、同じ頃にベスティアの残党が全員処刑された。仕方ないと言えば仕方ないんだけど、何だか釈然としない。


 でも、良かったことが二つある。

 大勢の浮浪児が教会の保護を受けることになった。。既に各地の教会で保護され、子どもたちに衣食住が提供されている。

 もう一つはカロン様が無事だったことだ。エイルハイド公爵領内でも魔獣が大量に出現したけど、全て討伐とアンジェ様の手紙に書いてあった。

 しかも、今月の中旬に会う約束をしている。その時はロゼも一緒だ。今から凄く楽しみ!


「フレイヤ様、そろそろ出てください。逆上せてしまいますよ」

「あ、うん。今出るから」


 自室へ戻り、汗が引くのを待って、シオンにドレスを着せてもらう。

 ユアナが側にいてドレスの着方を勉強していた。もしかしたら、ユアナがイリアにドレスを着せることがあるかもしれないね。


「終わりました。姿見で確認をお願いします」


 白いドレスに薄い青の差し色が入っていて、落ち着いた感じがする。明るい色が一番好きだけど、これも好きだ。


「フレイヤ様、綺麗……」

「そうかな? ありがとう、ユアナ」

「では、参りましょう。ヘドリック様が外で馬車を準備しています」


 外へ出る前に居間へ向かう。お母様に私のドレス姿を見てもらうためだ。


「お母様、どうですか?」

「とても綺麗よ。本当に素敵だわ」

「そうですか? えっへへ、ありがとうございます」


 お母様が真剣な表情で言う。


「分かっていると思うけど、変な誘いには気をつけるのよ。それと、挨拶は怠らないで」

「はい、気をつけます。挨拶も忘れません」


 お母様が私の頭を撫でて言う。


「友だちを作ったり、舞踏会を楽しむことも忘れないでね。行ってらっしゃい」

「はい、行って参ります」


 私はドレスの裾を摘まんでお母様に小さく頭を下げた。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る