幕間 宰相の正体


 カルバーン侯爵は煌びやかな廊下を通り皇帝の間へと向かっていた。皇帝と謁見するためだ。

 帝国騎士の派遣を皇帝派保守勢力の貴族たちに提案したが、全て拒否された。


(まさか皇帝陛下との謁見が叶うとは……)


 駄目元で皇帝との謁見を願い出たので驚いている。

 そして、不気味でもあった。


 大きな扉の前で止まり、皇帝の間を警護する近衛騎士によって扉が開けられる。


 皇帝の間の中央に敷かれた赤い絨毯の先に玉座があり、皇帝が座っていた。

 その側には宰相のクウィンディー公爵が立っている。


 カルバーン侯爵はひざまずき挨拶をする。


「偉大なる皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。皇帝陛下に願い奉りたい旨がございまして参上致しました」


 クウィンディー公爵が言う。


「表を上げてください、カルバーン侯爵」


 カルバーン侯爵が顔を上げると、クウィンディー公爵が細い目で自分を見下ろしていた。


(人をさげすむような目だ。私はこの男よりも力がない。自分に腹が立つ)


 クウィンディー公爵とカルバーン侯爵は同じ皇帝派だが、クウィンディー公爵は皇帝派筆頭であり保守勢力を率いる存在。

 急進勢力を率いるカルバーン侯爵にとってクウィンディー公爵は格上の政敵だ。


「皇帝陛下に願いたいこととは何ですか?」

「私は皇帝陛下に申し上げたいのですが」


 クウィンディー公爵が薄笑いを浮かべて言う。


「ご存知だと思いますが、皇帝陛下への奏上は全て宰相の私を通します。今回は謁見の形を取っただけです。皇帝陛下がお考えになっていただく必要があるのか私が判断します」


 臣下の分を超えたクウィンディー公爵の態度にカルバーン侯爵は腹立たしく思うが、今は何とか気持ちを抑える。


「現在、民が魔獣に襲われて苦しんでいます。帝国騎士派遣のご裁可をいただきたいのです」

「ふむ、そうですか。ですが、カルバーン侯爵の雇った傭兵たちが戦っているのでしょう。魔獣ごとき傭兵たちで十分ではないでしょうか?」


 自分の名前を隠して傭兵を募ったことをクウィンディー公爵が知っていてもカルバーン侯爵に驚きはなかった。

 クウィンディー公爵は皇帝の次に権力を持つ人物、優れた情報網を当然持っている。


「いえ、傭兵たちでは力不足です。多くの民が犠牲になってしまいます」

「それで帝国騎士を派遣しろと? ふむ、陛下、いかがされますか? 平民のために陛下を守る帝国騎士を派遣されますか?」


 クウィンディー公爵が皇帝に話を振った。


「それは必要なことか?」

「陛下が望まれないことであれば必要ありません。ですが、陛下の恩恵を平民に与えてはどうでしょうか?」

「具体的に申せ」

「陛下の御威光を平民に理解させるためです。陛下の御威光をその身に刻めば、平民の子々孫々に至るまで陛下に平伏すでしょう」

「なるほど、分かった。帝国騎士の派遣を許す。カルバーン侯爵、満足であろう?」

「ありがとうございます」


 カルバーン侯爵は深く頭を下げて言った。


「宰相、余の帝都はどうなる? 残骸のままでは美しくない。直せるか?」

「お任せください。が手に入りましたので、直ぐに元通りにしましょう」


 カルバーン侯爵は疑問に思って顔をしかめる。


(建物を全て直すには相当の資金が必要だ。クウィンディー公爵は潤沢な資金が手に入ったと言ったが…… まさかエルフ族を売って得た資金か?)


「今回の騒動はベスティアという組織が引き起こしたことだと聞いております。しかも、その首領は獣人族です」


 ベスティアのボスについてはカルバーン侯爵もまだ知らない情報だった。


「異民族はやはりけがらわしい。宰相、その獣人族を決して許すな」

「お任せください、陛下。この騒動の首謀者が獣人族だったと民に知らせようと思いますが、よろしいでしょうか?」

「良きに計らえ」


 この会話の流れは危険だと感じてカルバーン侯爵は口を挟む。


「陛下、お待ちください。民に知らせるのは新たな騒動の種となるかもしれません」


 クウィンディー公爵が強い口調で言う。


「無礼ですよ! 陛下のご裁可です。控えなさい!」


 皇帝は軽く手を上げてクウィンディー公爵を制する。


「良い、続きを申してみよ」

「恐れながら申し上げます。今回の騒動の首謀者が異民族であったことを民が知れば、異民族の迫害へと繋がるかもしれません。そうなれば、異民族によって今回のような騒動がまた起きる可能性があります」

「余に牙を向けるような異民族はこの国に必要ない。天も異民族を人とは認めておらぬ。カルバーン侯爵、余に従え」


 ミュトス教はエルフ族などの異民族を人族から外れた存在だと考えているが、それは異民族への差別を許容するということではない。

 ロギオニアス帝国には異民族と争った歴史がある。異民族を嫌う者がミュトス教の考えを都合良く曲解し、その曲解した考えをミュトス教の教えとして信者に広めてきた。

 そのため、異民族を忌避する信者は多い。皇帝もその一人だ。


(天からすれば異民族も私たちと変わらない同じ命。蔑ろにして良いわけではない。しかし、陛下の機嫌を今害しては駄目だ。帝国騎士の派遣をなかったことにされるかもしれない)


「余は戻る。残りの細かいことはお前たちに任せた」


 皇帝が退出すると、部屋には二人だけになる。

 カルバーン侯爵は直ぐに立ち上がった。クウィンディー公爵に跪く必要はない。


「貴族街の外へ派遣する帝国騎士ですが、第五騎士団の騎士を五十名ほど派遣させます」

「騎士団長は?」

「団長、副団長は帝城に留め置きます。陛下を守るためです。よろしいですか?」


 カルバーン侯爵は黙って頷く。


「怪我人が大勢いるでしょうから教会にも手伝ってもらうことにします。手配を致しますので下がります。失礼」


 カルバーン侯爵は立ち去ろうとしたクウィンディー公爵を呼び止める。


「何でしょうか?」

「あなたの目的は何だ? どうして異民族を迫害しようとする?」


 クウィンディー公爵は作り笑顔で言う。


「全ては陛下のためですよ」


 クウィンディー公爵はそれ以上何も言わずに立ち去った。



 ◇◇◇



 クウィンディー公爵は宰相専用の執務室に戻って来た。

 宰相の部屋にしては質素だ。落ち着ける雰囲気の造りで、高価な物は少ない。


 出る前に閉めたはずの窓が開いていて、部屋に風が入る。


「いたのですか」

「ふっふふふ、鍵があいていたので入らせてもらいました」


 来客用の椅子に華やかな顔立ちの女性が座っていた。

 クウィンディー公爵も椅子に座る。


「テラム、失敗したようですね。ベスティアの首領は既に倒されたと聞きました」

「ふっふふふ、流石、クウィンディー宰相。お耳が早いですね。実はまだ生きていましたので、パラディスを飲ませて魔物にしてあげました。今はフレイヤ様と戦っている頃でしょう」

「ふむ、フレイヤというのはルーデンマイヤー家の娘ですね。貴族の間でも色々と話題になる令嬢ですよ。あなたはいつもこの娘に邪魔をされているそうですね」

「その通りです。フレイヤ様が私の邪魔をしたせいでベスティアの蜂起が一年早まってしまいました」

「その割には嬉しそうですが?」


 テラムは遊び相手見つけた子どものような表情をしていた。


「楽しむのはいいですが、私たちの目的を忘れてはいけませんよ」

「もちろん。民衆の革命を煽動し、旧体制の変革を促すのが私の与えられた役割です。こそ大丈夫ですか?」


 クウィンディー公爵は小さく笑って言う。


「問題ありませんよ。先ほども異民族への圧政を奏上しました。圧政と政争により、革命を引き起こす。アプローチの方法は異なりますが、終着はあなたと同じです」


 クウィンディー公爵とテラムは声を合わせて言う。


「全ては世界を前に進めるために」




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