第89話 惨状
犬型魔獣が多い。この魔獣もディナトたちの仕業だ。
魔獣を斬り倒しながら進む。
この剣はあの死んでしまった傭兵から借りた。私の剣が壊れたので、申し訳ないけど使わせてもらっている。
道の至る場所に平民街に住む人たちの遺体があった。
体の色んな部位が犬型魔獣に喰われて欠損している。
何か聞こえた気がして立ち止まった。
耳を澄ましてみる。
これは、女の子の声?
間違いない、女の子の悲鳴だ!
私は声の方へ全力で走り出した。
きっと逃げ遅れた子だ。どうか間に合って!
路地に入って真っ直ぐ進む。
いた!
犬型魔獣に襲われそうになっている。
剣を走らせ、犬型魔獣の胴を縦に斬り裂く。
一撃で倒すことができた。
怯えて泣き出しそうな女の子に優しく言う。
「良く頑張ったね、もう大丈夫だから。立てる?」
女の子は頷いて立ち上がろうとするけど、尻餅をついてしまう。
腰が抜けてしまったみたいだ。
「私の背に乗れる?」
女の子はなぜか首を横に振る。
どうしてだろうと思って女の子を見ると、直ぐに分かった。
スカートが濡れてしまっている。
仕方ないよ、怖かったんだから。
だけど、このままじっとはしてられない。
私たちの臭いを嗅ぎつけて犬型魔獣がまた来てしまう。
「背負うよ」
強引に女の子を背に乗せて走り出した。
「ここは危険だから。じっとしていると、またあの魔獣が来てしまうの。私はフレイヤ。良かったら、あなたの名前を教えてくれる?」
「…… ユアナ」
「ユアナ?」
「うん」
あの死んだ傭兵が呼んでいたのもユアナだった。
もしかして、この子があの傭兵の娘?
「お姉ちゃん?」
ユアナの声は心配そうだった。
私が突然黙ったからだ。
「ごめんね、ちょっと考え事をしちゃって。ユアナのご両親は?」
「お母さんはいないよ。お父さんは傭兵のお仕事に行ってる」
「…… そうなんだ。平民街を抜けて上流街の方へ行くね。皆、避難しているかもしれない」
「お父さんもいるかな?」
「いるかもしれないね」
やっぱりあの傭兵がユアナの父親だ。
私たちがユアナの父親を巻き込んで、私たちのせいでユアナは大切な人を失ってしまった。
…… ごめんなさい。
犬型魔獣を倒しながら上流街に入ると、平民街と同じで酷い光景だった。
建物が破壊され、道には遺体がある。
上流街の奥の方から声が聞こえた。
あっちの方に避難した人たちが集まっているのかもしれない。
すると、人影が見えてきた。
あれは傭兵たちだ。周りを警戒している。
私たちが近づくと、傭兵の一人が話し掛けてくれる。
「嬢ちゃん、包帯だらけじゃねぇか。大丈夫なのか?」
「大丈夫です。私よりもこの子をお願いできますか? ここは避難場所ですよね?」
「ああ。聖女様と医者がいるから治療もしてもらえる。あんたは治療してもらった方が良い」
「…… 分かりました。このまま行けば良いですか?」
「誰かが声を掛けてくれるはずさ。安心しな、この場所は俺たちが命を懸けて守るから」
「ありがとうございます」
ユアナと手を繋いで先に進むと、多くの人々が固まるように座っていた。
軽傷だけど、皆憔悴し切っている。
「フレイヤ様?」
白衣を着た男性が近寄って来た。
「エヴァウト先生」
白衣に血がついている。
エヴァウト先生もソフィアと一緒に怪我人の治療をしているようだ。
「フレイヤ様、どうしてこんな場所に…… まずは傷を見せてください。包帯に血が滲んでいます、替えましょう」
エヴァウト先生に言われて初めて気がついた。
ユアナを背負って走っていたから傷が悪化したのかもしれない。
「包帯を替えるのでついて来てくださいますか?」
「はい、お願いします」
エヴァウト先生について行くと、重傷者の人たちが増えてきた。
包帯を巻かれて、痛い痛いと叫ぶ人の声が聞こえる。
動かない人の名前を呼んで泣き叫ぶ人もいた。
こんなの酷過ぎる……
「こちらにお座りください」
横長の木の椅子に座る。
辺りを見ると、数人のお医者様が怪我人の治療を行っていた。
「聖女様はいらっしゃらないのですか?」
「今は休んでもらっています。かなり無理をされましたから」
「そうですか。聖女様は大丈夫なんでしょうか?」
「護衛の方からは大丈夫だと聞きました。聖女様の体力が戻るまでの間は私たちが頑張るしかありません。フレイヤ様、包帯を取りますが、
「あ、はい」
包帯を取ると上半身が裸になる。少し恥ずかしい。
周りに見られないようにエヴァウト先生が気をつけてくれている。
「傷を洗いますね」
「はい」
傷の汚れを水で洗ってもらう。
痛いけど、我慢だ。ユアナが不安そうに見ているから。
洗い終わると、エヴァウト先生が包帯を巻き始める。
「この包帯は聖女様に清めていただきました。本来なら熱菌消毒をするのですが。はい、巻き終わりましたよ」
「エヴァウト先生、ありがとうございます」
「医者として当然のことをしただけです。フレイヤ様はこのまま安静にしていてください。ここから東の方でまだ戦闘が行われているそうですから」
「戦闘ですか?」
「詳しくは分かりませんが、傭兵の人たちが大きな戦いをしているそうです」
ディナトを倒しても、まだ戦いは終わっていない。
皆が戦っている。私も戦わないといけない。
「ユアナ、後で話したいことがあるの。ここで待ってて」
「お姉ちゃん、どこかに行くの?」
ユアナの頭を撫でて、私はエヴァウト先生に言う。
「ユアナをお願いします」
「え、フレイヤ様!?」
私は東の戦場へと駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます