幕間 ソフィアとオリアナの役割


『聖なる光よ、傷つく者に癒しを与え給え

 ルクス・ティオサーナ』


 淡い光に包まれて女性の怪我がみるみるうちに治っていく。


「治療完了です。次の方のもとへ案内をお願いします」


 ソフィアは無事だった人たちに手伝ってもらって上流街の奥に治療場所を作った。

 どんどん怪我人が運ばれて来る。順番に寝かされ、痛みで叫び声を上げる人たちが沢山いた。


(お医者様もいるけど、全然手が回らない。皆、苦しんでいる。聖女の私がもっと頑張らないといけない!)


「聖女様、こちらです」


 ソフィアを手伝ってくれているのは医者のエヴァウト。

 命の危ない人から治療の順番を選んでくれている。


 エヴァウトに連れられて行くと、地面に横たわっていたのは十歳くらいの少女。

 側には母親らしき女性が座り込んでいた。


(酷い……)


 少女の全身は傷だらけで、両脚の膝下からがない。

 その両膝には包帯がぐるぐると巻かれ、真っ赤に染まっている。

 小さな呼吸で意識はないようだ。


 ソフィアは少女の右手に目が止まる。


(五芒星のロザリオ……)


 女性がソフィアの服を引っ張って懇願する。


「聖女様!! どうか娘を助けてください。お願いします!」


 女性を見て、ソフィアは悲しくなる。


(この人も怪我している。本当に酷い。こんなことになるなんて思わなかった。皆、いつもと変わらずに暮らしていただけなのに)


 女性の手を優しく離して、ソフィアは少女の側に座った。

 祈るように両手を組んで魔法を発動する。


『癒しの源たる天よ、傷つきしこの娘に癒しと祝福を与えてください。私は祈ります。この娘のために祈ります。

 集え集え、天なる光、天なる光は全てを癒す

 ルクス・フェクテリオ・ティオサーナ』


 強い光が辺りを一瞬照らし、淡い光が少女を包む。

 全身の傷が塞がり、膝に巻かれていた包帯が破れて、少女の両足が元通りになる。


「ああ! 娘の傷が! 奇跡だわ。私の傷まで。聖女様、ありがとうございます!!」


 ソフィアは微笑んで言う。


「私は聖女ですから。お母様はこの子の手を握ってあげてください。しばらくしたら、目が覚めると思います」

「はい、本当にありがとうございます!」


 ソフィアは他の重傷者のもとへ行く。

 重傷者がいなくなるまで全力で治し続けた。


 エヴァウトが心配そうな表情で言う。


「聖女様、一度お休みください」

「でも、まだ怪我された方が沢山います」

「残っているのは軽傷者ばかりです。また重傷者が運ばれて来るかもしれません。その時はお願いします」

「…… 分かりました」


 エヴァウトが急いで治療に向かった。


(軽傷でも苦しんでいることに変わりはない。苦しんでいる人たちがこんなにもいる。聖女の私が休む暇なんて本当はない。やっぱり私も手伝おう、あれ?)


 目眩を感じて後ろにふらついてしまう。

 力強い腕がソフィアを支えた。


「聖女様、頑張り過ぎです。今は休んでください」

「でも、私は聖女だから」

「聖女様が倒れてしまったら、それこそ大変なことになります。彼らを信じられませんか?」


 エヴァウトや他の医者たちが懸命に治療を続けている。


「そんなことありません。ですが……」

「信じられるなら、休みましょう。聖女様は何でも一人で抱え込み過ぎです」

「そうですか?」

「はい。もう少し周りを頼ってください」

「…… そうかもしれませんね」


 ノエルがソフィアを椅子に誘導して座らせる。


祈唱魔法きしょうまほうを使っていたようですが、お体は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。あの子を癒すには祈唱魔法を使うしかありませんでした」


 祈唱魔法は聖属性の魔法に祈りを合わせることで魔法の効果を大幅に引き上げる。

 通常よりも体力を使うのでノエルが心配しているのだとソフィアは分かった。


「ノエルが戻って来たということは大型魔獣を倒したんですね?」

「傭兵たちと一緒に倒しました。ネラたちは引き続き傭兵たちとここの守備をしています」


 上流街の奥を治療場所にして、その周りをソフィア直属の護聖騎士サラクトスとオリアナが雇った傭兵たちが守っている。

 街に残されている人たちがいるので、傭兵を中心に隊を組んで救助にも出ていた。


「重傷者がいるんだ! 助けてくれ!」


 救助から戻って来た傭兵が叫んでいる。血だらけの人を抱えているのが見えた。


「行かないと」


 ノエルがソフィアの手を握って言う。


「聖女様、無理はしないでください。僕は心配です」


 ノエルの瞳が揺れていた。


(いつも心配を掛けてごめんなさい。でも、私は)


 ソフィアは真っ直ぐノエルを見つめて言う。


「苦しみを癒すためなら無理はするよ。私は聖女だから」


 ノエルの手をほどくと、ソフィアは重傷者のもとへ急いで向かった。



 ◇◇◇



 オリアナはソフィアと別れてから馬車である貴族の屋敷へと向かっていた。

 馬車から貴族街を見ると、見回りの帝国騎士が増えていることに気がつく。


(平民街に行く様子はありませんわね。お父様の説得は失敗のようです。戦力はフレイヤたちと傭兵だけ。?)


 馬車が到着して、オリアナは屋敷の前で降りる。

 刺繍入りの貴族服を着た男性がオリアナを出迎えた。


「突然の訪問を許していただきありがとうございます、クティーリア伯爵」

「火急の用向きと聞きましたから。どうぞ中へ」

「ありがとうございます」


 クティーリア伯爵本人が出迎えるとオリアナは思っていなかった。


(伯爵は今のご自身の立場を理解されているようですわ)


 客間に通されて、オリアナはドレスの裾を持って改めて挨拶をする。


「カルバーン侯爵の娘、オリアナ・フォン・カルバーンと申します。突然の訪問を許していただき、改めてお礼を申し上げます」


 クティーリア伯爵は頷いてオリアナに座るよう促す。


「オリアナ嬢、どのような用向きで来られたのでしょうか? 本来の約束は一週間ほど先だったと記憶していますが」

「お気づきだと思いますが、見回りの帝国騎士の数が増えています」

「…… その様ですね」


 クティーリア伯爵は目を左右に動かして言った。


(不安になるはずですわ。このままでは責任を全て押しつけられるかもしれませんから)


「平民街で大きな暴動が起きているようですわ。クティーリア伯爵もご存じでしょう」

ですが、平民街の治安を司る身です。何が起きているのかは知っています。気にはなりますから」

「気になるだけですか? 何もされないのですか?」


 クティーリア伯爵が脚を組んで言う。


「…… 何もしませんよ。平民がどうなろうが私には関係ない。貴族街には帝国騎士たちがいるので、ここにいれば安全です」


 オリアナは小さく笑って言う。


「安全ではありませんわ」

「それはどういう意味ですか?」


 不安を表に出さないようにしているつもりだろうが、目の動きや仕草からオリアナには明らかだった。


(伯爵には余裕がありません。誰かに助けを求めたいはずですわ)


 クティーリア伯爵は貴族として生き残るために皇帝派保守勢力の一員となった。

 命令には従順だが、保守勢力のために積極的に働こうとはしない。

 そんなクティーリア伯爵の役職は名ばかりの治安維持官。

 治安維持のための兵力は与えられないが、責任は負う。

 平民街の中で何か起き続ける場合は責任問題とならない。

 しかし、平民街で起きたことが貴族街まで被害を与えられるようなら、名ばかりの治安維持官として責任を追及されてしまう。


「クティーリア伯爵、お願いがあるのです」

「お願いですか?」

「治安維持官として、わたくしたちに治安維持の許可を与えていただきたいのです。実は傭兵を沢山雇いましたの、治安維持に十分役立つはずですわ。それに、貴族街まで被害が及んでしまうなら、カルバーン侯爵に責任を転嫁すれば良いのです。急進勢力の筆頭がクティーリア伯爵の職務の邪魔をしたと言えば、他の方々も乗ってくれるでしょう」


 オリアナは柔らかな笑みを浮かべて言った。


「そ、それは有難い申し出ですが、分からない。あなた方の目的は何だ?」

「目的などありません。許可を得たい、それだけですわ」


 オリアナの提案は仲間のためだ。

 平民街を守れたとしても、横槍を入れようする者は必ず現れる。


(わたくしやレオンハルト様はどうとでもなりますが、フレイヤは貴族の追及に慣れていないでしょう。面倒な問題の芽を摘むのが私の役割ですわ)


 クティーリア伯爵が頻りに膝を揺すっている。

 迷っているようだ。


(早く決めて欲しいですわ。迷う必要なんてありませんのに)


 オリアナは自分の髪を指で遊びながら答えが出るのを待つ。


「分かった、許可しよう」

「正しい選択ですわ。ありがとうございます」


 クティーリア伯爵から許可証を受け取ると、オリアナはドレスの裾を持ち作り笑顔で挨拶をする。


「本日はお時間をいただきありがとうございました。それでは失礼致します」



 ◇◇◇



「ふっふふふ、フレイヤ様はうっかりしていますね。私が戻って来るとは考えなかったのですか」


 テラムは瓦礫の山へと進んで行く。


「ディナトまで倒すとは思いませんでしたよ。ふっふふふ、フレイヤ様のせいで私の計画が狂ってしまいました。フレイヤ様は本当に不思議な方です。カルバーン令嬢、ヴェルナフロ子息、聖女までフレイヤ様が動かしている。さて、この瓦礫を壊しましょうか。魔法に自信はありませんが、死んでますし、潰れたとしても構いませんよね」


 地面に両手をつく。


『大地よ、きりとなって、敵を穿て

 フムス・ラン・デーンス』


 地面から不揃いの錐が出現して、瓦礫の山を下から貫いて破壊する。

 瓦礫の山が開けて、傷だらけのディナトが姿を現した。


 テラムは嬉しそうに微笑んで言う。


「ふっふふふ、虫の息ですが、生きていますね。計画は失敗に終わりそうですが、最後に実験を楽しめそうです」


 服のポケットから平らな箱を取り出して開ける。

 中には液体の入った小さな筒と小指よりも細い針が入っていた。

 この二つを繋ぎ合わせる。


「聞こえていないかもしれませんが、この液体は新しいパラディスです。今からこのパラディスをあなたに入れて、どうなるのか見たいのです。完全な魔物になることができたら、あなたも嬉しいでしょう? 貴族たちを皆殺しにしたいという願いが叶うかもしれません」


 テラムはディナトの体に針を刺してパラディスを注入する。


「ふっふふふ、パラディスが入りました。後は死んでもらうだけです」


 別のポケットから小型の銃を取り出す。


「驚きましたか? マスケット銃と比べてとても小さいでしょう。片手で持てます。飛び出すのは弾丸ですが、火を使いません。代わりに魔力を使います。私たちが作りました、素敵だと思いませんか? 私たちが常に世界の先を進んでいる証です。まだまだ話し足りませんが、さようならですね。あなたとの日々、楽しかったですよ」


 テラムは銃口をディナトに向けて引き金を引いた。

 弾丸がディナトの頭を貫通する。


「死にましたね。離れて観察をしましょうか。ふっふふふ、楽しみです。人型、いえ、獣人型の魔物です。魔物ではなく、魔人とでも呼ぶべきでしょうか? あー、最高に楽しみです。フレイヤ様はどうするのでしょうか? できれば、死なないでくださいね」


 テラムは踊るように飛び跳ねた。
























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