第88話 人を斬る覚悟
私にだってその覚悟はある。
剣で戦っているのだから。
ディナトの爪が振り下ろされて剣で受け止める。
衝撃で後ろに大きく下がった。
ディナトの殺気を感じて、更に下がろうとしたけど、足を止める。
私はディナトに殺気を向けていた?
殺気を向けないで斬る覚悟があると言えるの?
初めて戦った人型魔獣に傷を負わせた時、嫌な気持ちになった。
魔獣になった人が先に死んでいたと聞いて安心した。
私は人を斬るのが怖い。
お父様が教えてくれた斬る覚悟は人を殺す覚悟のことだ。
お父様は私たちを守るためなら人を斬ると言っていた。
敵は私たちを殺そうとしている。
その敵を私が殺そうとしていないなんて。
半端な覚悟で皆を守れるわけがない。
大切な人たちを守るとお父様に誓った。
誰かのために振るう剣は何よりも強い。
覚悟を決めろ、私は騎士になるんだ。
私は守るために人を斬る。
懐に飛び込み、ディナトの胴へ剣を斬り下ろす。
爪で止められるが、もう一度。
ディナトが後ろに下がる。
逃がさない。
踏み込んで斬り下げた。
ディナトの鮮血が舞う。
だけど、浅い。それほど斬れていない。
体勢を立て直す間にディナトが離れて完全に間合いが空く。
「ウオォォガガアァァァーー!!」
ディナトが吠えると、バキバキと骨が折れるような音がして、ディナトの体が変形し始めた。
獣人族は体型を変えれるの?
でも、あれは……
変形が終わって、胴回りの筋肉が異常に厚みを増していた。あれでは重くなって動きが遅くなるはずだ。
一気に間合いを詰める。
先読みして同じ方向に動く。やっぱり動きも遅い。
胴が空いている!
私は右から斬り下げた。
グァンと鈍い音がして剣が跳ね返される。
跳ね返された剣を再び斬り下ろし、そのまま連続攻撃。
ディナトは下がっているけど、剣が全て跳ね返されてしまう。痛みも感じていないようだ。
爪が見えて、後ろに下がる。
躱せたと思ったら、爪が伸びて、咄嗟に剣で受け止めた。
後ろに下がって間合いが空く。
魔力放出をしながら攻撃したのに斬れないなんて。
動きは遅いけど、攻撃しても斬れなかったら、私の体力が削られるだけだ。
いや、駄目だ。致命傷にはならない。
この一撃で終わらすなら、もっと威力のある技を出す必要がある。
重心を下げながら左足を前に出して半身となり、剣先をディナトに向けて、持ち手を腰の位置にする。
「魔力吸収、魔力操作」
脚と腕を集中強化。
「魔力放出」
剣先から放出する魔力が激しくなる。
この一撃で剣は駄目になると思う。
勝負は一瞬。よろしく頼むね。
強化した脚で走り出す。
真っ直ぐ進むだけ。攻撃への勢いをつける。
間合いが詰まった。
爪を振り上げているのが見える。
助走の勢いを殺さずに左足をもう一歩強く踏み込む。
腰を左へ捻り、全ての勢いを剣に集中させて突き出す。
「魔力放出!!」
剣先が当たった瞬間、更に魔力を放出して、鋭い魔力の光がディナトの胴を貫く。
ディナトは吹き飛んで瓦礫の山へ衝突した。
その衝撃で瓦礫の山が崩れ、ディナトの姿が見えなくなる。
埋まってしまった。
胴を貫き、瓦礫に潰された。私が殺した。
剣が一気に壊れる。柄から剣先まで粉々だ。
やっぱりね。ごめんなさい、ありがとう。
手が震えている。
疾風迅雷とさっきの技、大技二発で疲れたのかもしれない。
さっきの技、名前はどうしよう?
疾風迅雷・改、パウラお姉様が言っていた名前だ。疾風迅雷の応用だから合っていると思う。
「もう一人は?」
あの女がいない、逃がしてしまった。
オムニア・プリムス……
きっと黒幕だ。かなり強い力を持つ組織だと思う。皆に知らせないといけない。
早く教会に戻ろう。皆の無事を確認したい。
ディナトが埋まった瓦礫の山をもう一度見て、教会に向かった。
◇◇◇
「皆、無事!?」
教会に入ると、シオンが血相を変えて駆け寄って来た。
「フレイヤ様、怪我をされています。早く血止めをしましょう」
「その前に、皆は?」
「地下へ避難しております。フレイヤ様も地下で休みましょう」
「地下?」
「はい、トール様が数年掛けて土魔法でお作りになったそうです。さあ、早く。治療もしましょう」
私は首を横に振って言う。
「シオン、分かってるでしょ。平民街に助けを求めている人たちが沢山いる。魔獣を倒さないといけない。私のすべきことだわ」
「フレイヤ様…… 分かりました。でしたら、包帯だけでも巻きましょう」
「ありがとう。じゃあ、お願い」
シオンが慣れた手つきで包帯を巻いてくれる。
「包帯を巻くのが上手くなったね」
「それは嬉しくありません。フレイヤ様が怪我ばかりするからですよ。私が一番嬉しいのはフレイヤ様が傷を負わないことです。巻き終わりました。いかがですか?」
「良い感じだよ、ありがとう」
「良かったです。少しだけ髪を梳かさせてください。綺麗な髪が汚れています」
シオンが濡れタオルで私の髪を拭き、櫛で髪を梳かしくれる。
「終わりました。綺麗になりましたよ、フレイヤ様」
「うん、ありがとう。じゃあ、行って来るね」
立ち上がろうとすると、シオンに背中から抱き締められる。
「シオン?」
シオンの震えが伝わる。
いつも心配ばかりさせて、ごめんね。
シオンの両手を握って言う。
「必ず帰って来るから。シオンは安心して待ってて」
「…… はい、お待ちしております。フレイヤ様、ご武運を」
シオンと別れて、私は平民街に向かった。
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