第87話 ベスティアのボス


 後ろに跳びながら剣で攻撃を受け止める。

 かなりの衝撃で後ろに下がってしまう。


 私を襲った敵を確認する。


 獣と人が混ざったような外見だ。

 殺気のこもる瞳に大きな口からはみ出る牙。たてがみみたいな毛が傷だらけの顔を覆っている。頭の上の方に耳がついていた。

 人のような筋肉のつき方をしていなくて、筋肉の鎧を大きな体にまとっているみたいだ。

 あの鋭く尖った爪、剣だと思った。体が大きいから爪も大きい。私の体なんか簡単に切り裂けそう。

 爪の攻撃で剣が少し欠けてしまった。

 魔力放出をしながら戦わないと、剣が負けてしまう。


「あなたは獣人族なの?」

「その通りだ、貴族の娘。俺はお前たち貴族を一人残らず殺す」


 多分、こいつがベスティアのボス。

 ディナトって呼ばれていた。


「どうしてこんなことをするの? あなたのせいで多くの人たちが苦しんでいる」

「貴族が俺たちにしてきたことと同じことをしているだけだ」


 昔の貴族は獣人族を奴隷にすることが多かった。

 そのせいで、獣人族は数を減らし、帝都では滅多に見かけない。

 獣人族のみで隠れて暮らしているとオスカー先生に教えてもらったことがある。

 貴族が悪い。だけど、平民街や貧民街の人たちは関係ないはずだ。


「貴族が悪いことは知っている。でも、関係ない人たちを巻き込まないで」

「関係ない奴らなどいない。貴族のために税を納めて反抗もしない奴らだ。貴族に従う奴らはいらない。だから、殺す」

「そんなのふざけてる。貴族よりも酷いわ!」

「俺は妹の仇を討ちたいだけだ。妹のレニスはお前たちに遊ばれて殺された。貴族は皆殺しにする。その貴族に従う奴らも皆殺しにする。俺の邪魔をする奴らも殺す。貴族は全て死ね!!」


 ディナトの全身から殺気が放たれ、恨みのこもった重たい眼差しを向ける。

 私の言葉を聞いてくれない。

 憎しみに支配されている。


 大切な人を失ったディナトの気持ちは良く分かる。憎しみに支配されてしまうのも。

 私も同じ気持ちになったことがあるから。

 だけど、今の私が憎しみに支配されることはない。

 私には大切な人たちが一杯いるから。

 大切な人たちを守りたい。今度こそ守り抜く。


「私があなたをここで倒す」


 ディナトが戦う構えで唸り声を上げる。


「グルルゥガオォッガオオオーー!!」


 身体中に響き、後退りしたくなる。

 私は怯まずに剣を構える。


「守る」

「殺す」


 ディナトが動き出し、私も動く。

 爪と剣が激突した。



 ◇◇◇



 衝撃で吹き飛びそうになるのをこらえた。

 負けられない、爪を押し退けてやる。

 力比べになって剣に力を込めた。


 視界の端に巨木のような脚が映る。

 ディナトの蹴りだと分かって、咄嗟に顔の前で腕を交差した。


 メキッと嫌な音が腕から聞こえて、瓦礫の山に突っ込む。

 腕で攻撃を防いだのに頭が揺れる。

 早く剣を持って立つんだ。


 ディナトが足を振り上げて私を踏み潰そうとしている。

 瓦礫の山から跳んで転がりながら躱す。

 ガガガっと音がして瓦礫の山が崩壊した。

 粉塵が舞い、私とディナトの姿を隠す。


 身体強化をしていたから、ディナトの蹴りに何とか耐えることができた。

 ディナトの動きに対応するためにはもっと身体強化が必要だ。


「魔力吸収、魔力操作」


 待ってても始まらない。

 粉塵が流れて見えるようになったら、私が一気に攻める。


 ディナトの姿が見えた。

 地面を蹴って間合いを詰め、剣を横薙ぎに振るう。

 ディナトが両手の爪を交差して私の攻撃を防ぐと、左の回し蹴りを放つ。

 私は後方に大きく跳んで躱す。


 間合いが空いて、じりじりと動きながらディナトの様子を見る。


 ディナトの反応速度は厄介。

 体格差がとてもあるんだから、ふところに入って攻めるべきだ。

 反応されないために、もっと速さがいる。


「魔力吸収、魔力操作」


 脚と目を集中強化。

 信じられないことだけど、ディナトの戦いは身体能力のみだ。魔力操作で身体強化をしていない。

 さっきまでディナトの魔力の動きを見ることができなかった。

 これでようやく微量な魔力の動きが見える。

 魔系脈まけいみゃくに負担が掛かっているせいか、目の奥が少し痛む。

 でも、この動きを感知し続ければ、ディナトの動きを先読みすることができる。


 地面を蹴り更に加速して、ディナトの懐に飛び込む。

 まず狙うのは

 左へ斬り上げる。ディナトが後ろへ下がり、剣先が右腕を少し斬った。

 流血が見えて、に間合いを空ける。

 私の攻撃にディナトは反応が遅れていた。もう一度懐に飛び込もう。


 懐へ入り、右へ斬り上げる。

 それと同時にディナトの脚の小さな動きが見えた。

 先読みで蹴りだと分かる。

 左腕を斬られることになるから、ディナトは後ろへ下がるはず。


 強烈な蹴りが私を襲う。


 お腹が千切れそうな衝撃。

 地面に何度も転がり、瓦礫にぶつかってようやく止まる。

 蹴りをまともに受けてしまった。

 どうして? 判断を間違った。ディナトは下がると思ったのに。

 痛い、痛い、痛い。お腹が熱い。気持ち悪くて、燃えそう。

 お腹を押さえながら咳き込む。


「ガハッガハッア」


 血を吐いてしまった。

 地面に血溜まりができる。内蔵を損傷したのかもしれない。

 大丈夫、落ち着つくのよ、私。

 私はまだ戦える。血を見ていても何も変わらないし、始まらない。

 痛がるのは後からでもできる。


 剣を支えに立ち上がった。

 ディナトが爪を構えて私に向かって来る。


 斬る覚悟があるかい?


 突然、お父様に言われた言葉が頭に浮かんだ。













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