第86話 オムニア・プリムス


 九番地区の人々は行動が速い。もう大型魔獣からかなり離れている。

 マルティスの情報が共有されたのもあるけど、魔獣に襲われるのは二回目だ。前の経験が活かされている。

 逃げる人から聞いたけど、傭兵たちが大型魔獣を足止めしてくれているらしい。

 そのおかげで九番地区の人々は逃げる余裕ができた。


 でも、傭兵の人たちはきっと無理をしている。

 急がなきゃ!


 十数人の傭兵たちが大型魔獣を囲んで戦っていた。

 やっぱり、皆、傷だらけだ。


「ユ…… アナ」


 誰かの名前?

 声の方を見ると、血だらけの男が倒れている。

 傭兵として戦ってくれたんだと思う。

 心配して近寄ると、駄目だと直ぐに分かった。


 左腕が千切れていて、右脚が変な方向に曲がっている。お腹にも大きな傷があった。

 弱々しく右手を上げている。


「ユアナ」


 まただ。誰かの名前を呼んでいる。

 私は思わずその手を握った。


「ユアナか?」


 目が見えなくなっていて、朦朧としているみたい。

 私をユアナって人と勘違いしている。


「うん」


 勘違いしたままの方が良いと思って、嘘をついた。


「俺の誕生日プレゼント、気に入ってくれたか?」


 優しい笑みを私に向けている。


 ユアナって、この人の娘かも。そんな気がする。

 でも、ごめんなさい。本当はユアナじゃない。


「…… うん」

「そう…… か。それは嬉しいな」


 この人は話さなくなってしまった。

 両手を組ませて目を閉じさせる。

 私たちのせいで巻き込んでしまった。


「帝都を守ってくださってありがとうございます」


 涙を手で拭って立ち上がり、剣を抜く。

 剣先から魔力を放出して、魔力操作で体を強化して走り出す。


 巨大魔獣は男性十人分くらいの大きさで、前とは違う姿だ。

 目が六つあり、それぞれが独立して動いている。

 細長い手足に体表は緑色の固い鱗に覆われ、傭兵たちの剣が通っていない。

 くねくねと動く尻尾の先には岩のようなゴツゴツとした塊がついている。


 この魔獣には人の面影が全くない。前に戦った魔獣もそうだった。

 犬型魔獣だったら、犬に近い姿をしているし、鳥型魔獣だったら、鳥に近い姿をしている。

 でも、前に戦った魔獣とこの魔獣は魔物に近い姿だ。


 魔獣が右腕を振り上げる。

 右腕に魔力の流れが見えた。傭兵たちを叩き潰す気だ。

 させるもんか!


 魔獣の右腕に向かって高く跳ぶ。

 六つある目の一つが私を捉えて、魔獣の左手が反応する。

 左手が伸びて来たので、私は身を翻して躱す。

 そして、そのまま魔獣の右腕に剣を斬り下げる。

 深く斬れたけど、切断できていない。

 着地して、魔獣との間合いを空ける。


「傭兵の皆さんは下がってください。この魔獣は私が相手します。皆さんは平民街の魔獣をお願いします」

「わ、分かった。すまない、この魔獣はあんたに任せる」


 傭兵たちはこの場を下がった。

 決断が早くて助かる。


 息を引き取った人を思い出す。

 私がもっと早く着いていたら……

 ううん、後悔は今じゃない。するなら、全部終わってからだ。

 教会にいる皆を守るため、ここに住む人たちを守るため、私がこの魔獣を倒す。


 右腕を斬られて怯んでいる魔獣に剣を向ける。


「絶対に倒す!」



 ◇◇◇



 しならせて左腕をむちのように扱う。

 左腕が右から迫る。

 私は後ろに下がって躱す。

 更に尻尾の攻撃。突きのように伸びてきた。

 左へ跳びながら剣で尻尾の攻撃を流す。

 魔獣の体勢が整う前に攻める。


「魔力吸収、魔力操作」


 一気に加速して左側から攻める。

 私が斬った傷で魔獣は右腕を動かせないみたいだ。

 連続で斬るけど、胴体は鱗が固くて浅い。


 左手が見えて、堪らず下がる。


「魔力放出で斬っても小技では倒せない。やっぱり疾風迅雷しっぷうじんらいでないと」


 私は左足を前に出して半身となり、剣先を魔獣に向けて、持ち手を頭の位置まで上げる。


「魔力吸収、魔力操作」


 狙うは魔獣の首、一撃で仕留める。

 魔獣に向かって走り出す。

 危険を察知したのか、魔獣が後ろへ下がる。

 逃がさない!


 魔獣の体に隠れていた尻尾が動く。

 動きを先読みして左に躱した。

 魔獣は右腕を動かせないから反応が遅れる。


 魔獣の右左側から首に向かって跳ぶ。


「魔力放出」


 剣先からの光が激しさを増す。


「疾風迅雷」


 魔獣の首を横薙ぐ。


 確かな手応え。

 剣が肉を裂き、魔獣の首を切断した。

 着地して、魔獣が死んだことを確認する。


「良かった、倒せた」


 剣は折れていない、体力もまだ余力がある。

 教会にいる皆の無事を確認したら、次は平民街の魔獣だ。

 私が魔獣を倒す。誰も死なせたくない、皆を守りたい。


 パチパチと拍手の音がする。

 音の方を見ると、瓦礫の上にドレスを着た仮面の女が立っていた。


「フレイヤ様、素晴らしい戦いでした。貴族街で戦った時よりもまた強くなっていますね」


 敵意は感じないけど、怪しい。

 私は剣を構え直して言う。


「あなたは誰? どうして私を知っているの?」

「ふっふふふ、知っていますよ。フレイヤ様はいつも私の邪魔をしますから」

「邪魔?」

「ええ、邪魔です。最初はエイルハイド公爵領で邪魔をされました」


 公爵領?

 公爵領でこんな人に会ったことないけど。


「まさか十歳の少女が私の創り上げた魔物を倒すとは思いませんでした。公爵領を襲う計画が台無しです」

「あの魔物はあなたのせいだったの!?」

「ええ、そうですよ。魔獣を魔物に変化させるための実験でした。それに、一年前もこの場所でフレイヤ様に邪魔をされましたよ」

「あの時の魔獣もあなたが?」

「もしかして、自然発生したと思いましたか? あれだけの魔獣が急に現れることなんてあり得ませんよ。フレイヤ様と聖女に倒されてしまいましたが。本当にフレイヤ様には困ります。今も私の邪魔をしていますし。どうしていつも私の邪魔をするのですか? フレイヤ様、あなたは何者ですか?」


 こいつは敵だ!

 魔物と九番地区、今もこいつの仕業。許せない。

 もしかして、こいつ……


「あなたがベスティアのボスなの?」

「私がベスティアのボス? まさか、アハッハハハハ」


 仮面の女は私を馬鹿にするように高笑いした。


「何がおかしいの! じゃあ、あなたこそ何者なのよ?」

「私? 私ですか? では、名乗りましょう」


 仮面の女はドレスの裾を持ち頭を下げて言う。


万物の始まりオムニア・プリムスの一人、テラムと申します」


 オムニア・プリムス、何かの名前?

 一度も聞いたことがない。


「ディナトに協力して、この一連の計画を立案しました。ベスティアは計画のために作った組織です。色々と試す機会があったので、パラディスを大きく改良することができました。ふっふふふ、私はとても満足しています」


 何を言っているのか理解できないけど、この女は油断している。

 疲れている私でも倒せるはずだ。

 テラムは強くない。


 魔力吸収と魔力操作を行う。

 剣を強く握り締めた。


 すると、テラムが私から目を逸らして言う。


「ですが、フレイヤ様、あなたは邪魔ですね。ディナト、殺してください」

「分かった、殺そう。この娘は貴族だ」


 殺気を感じて振り向くと、複数の刃が迫っていた。


















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