幕間 貴族を嫌う者たち
レオンハルトは上流街をメイドと共に歩いていた。
上流街は平民富裕層が住む場所なので、メイドがいても別に珍しくない。
「ぼっちゃま、こちらです」
レオンハルトは眉間に
「ステラ、ぼっちゃまと言うのは止めろ」
「それは承知できないご命令ですね。ぼっちゃまは私にとって生涯ぼっちゃまなのですよ。ぼっちゃまが赤ん坊の時からお仕えしているのですから」
「それはそうだが……」
レオンハルトにとってステラは母であり、姉のような存在だ。
文句を言っても丸め込められてしまう。
(これではどちらが従者なのか分からないではないか)
「おい、ステラ。やはりぼっちゃまは――」
目の前にいたはずのステラがいない。
どこに行ったのかと思い、見回すと、近くの建物の上から足音がする。
「ぼっちゃま、何をしているのですか? こちらですよ」
見上げると、階段を上るステラがいた。
(主人を放っておくなよ)
ステラに追いつくと、説明をされる。
「この建物の他に平民街と貧民街でも私たちの拠点とするために建物を借りています。目立たない建物を選びました。こちらです、どうぞお入りください」
「ああ」
ドアを開けて中に入ると、鎖に巻かれて身動きできない男がいた。
眠っているのか、目を閉じている。
「ぼっちゃま、近づくのでしたら、気をつけてください」
「分かっている」
男の前に立って呼び掛ける。
「ニール・クレジオ」
男は薄っすらと目を開けた。
「貴様に訊きたいことがある。ベスティアのボスは誰だ? 拠点は? 言え」
レオンハルトを睨むだけで、ニールは何も言わない。
「ぼっちゃま、この男は口を割りませんよ。この三日間ずっとです」
「そうか。この男についてもう一度詳しく説明してくれ」
「分かりました。この男の名前はニール・クレジオ。元々は平民街の出身ですが、運送業で資金を蓄え、上流街に移り住みました。今は大商人の一人となって、貴族とも商いをしています」
「それが今はベスティアの協力者。ベスティアの奴隷商人が貴族街へ簡単に入れたのはこの男の協力だな?」
「その通りでございます」
「なぜベスティアの協力者になったのか分かったか?」
「申し訳ございません。まだ分かっておりません」
ステラはヴェルナフロ侯爵家の密偵部隊『
梟は他国や他領を密偵するためにクラウディオが作り上げた。
貧民街での調査や工作も梟が行っている。
「お前は貴族だな?」
ニールが初めて口を開いた。
驚いたが、レオンハルトは表情を変えずに答える。
「俺はレオンハルト・フォン・ヴェルナフロ。父はヴェルナフロ侯爵だ。俺の質問に答える気になったのか?」
ニールが唾を吐いて、レオンハルトの足元に落ちる。
「貴様! ぼっちゃまに向かって!」
ステラが激昂してナイフをニールに向けて構えた。
「ステラ、落ちつけ」
「…… 失礼しました」
ステラはナイフを握り締めながらレオンハルトの後ろに下がった。
「俺の従者が失礼した。ニール、答える気がないのにどうして口を開いた?」
「今日でお前たち貴族は終わる」
「今日で終わる? 意味が分からないな。お前は俺たち貴族を恨んでいるのか?」
ニールはレオンハルトを睨んで声を上げる。
「当たり前だ! 俺だけじゃない、恨んでいる者は沢山いる。貴族は俺たちの大切な人を平気で奪う。貴族は望めば何でも手に入る。俺たちは失うばかりだ! 平民街を見たことがあるか? お前たちのせいで親を失った子どもたちが山ほどいるぞ。俺も恋人を貴族に奪われた」
「ベスティアに協力する理由は復讐か?」
「そうだ! 貴族は死ね!」
「…… だからと言って、関係のない人たちを巻き込んで良い理由にはならない。人型魔獣のせいで平民が犠牲になった。お前たちも誰かの大切な人を奪ったんだぞ」
「貴族を滅ぼすための尊い犠牲だ」
「ふざけるな! 貴族が許せないなら貴族だけを狙え。民を巻き込むな」
「いくらでも言っていろ、もう遅いからな。これは貴族を滅ぼすための革命だ。聞こえるだろ? 革命の
聞き耳を立てると、外から悲鳴が聞こえた。
最初は小さかったが、悲鳴はどんどん大きくなる。多くの人たちが悲鳴を上げていた。
レオンハルトは急いで窓を開けて外を見る。
「…… 最悪だ」
巨大魔獣が上流街の建物を破壊していた。
小型魔獣も数多くいる。逃げる人たちを狩りをするかのように襲っていた。
「ステラ! 梟を――」
床がグラグラと揺れ、壁に亀裂が入った。
(崩れる!)
「ぼっちゃま!」
天井が崩れて足場が落ちていく中、ステラがレオンハルトを抱えて外へと跳び出す。
さっきまでいた建物を大型魔獣が破壊していた。
建物は瓦礫となって崩れてしまう。
あの場に取り残されたニールは助からない。
「ステラ、命令だ。梟を集めて民を救え。俺はこの大型魔獣を相手する」
「ですが、ぼっちゃまでは――」
「早く行け! 民を救うのが貴族の義務だ。ここは俺に任せろ」
「…… 分かりました。レオンハルト様、ご武運を」
足音を立てずにステラの気配が消える。
(小型魔獣は梟たちで対処できる。救助活動も同時に始めることができるはずだ。これ以上被害が増えないために、こいつを足止めするしかない。これは俺たち貴族が巻いた種だ)
レオンハルトは剣を抜き、大型魔獣に向かって行った。
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