第85話 メイドは主の頭を撫でたい
教会の離れ家で子どもたちがサンドイッチを美味しそうに食べている。
皆、笑顔だ。私も子どもたちの笑顔を見れて嬉しい。
子どもたちが私の周りに来て言う。
「フレイヤお姉ちゃん、ありがとう!!」
「どういたしまして。また持って来るね」
サンドイッチを食べ終わると、子どもたちは教会の庭へ遊びに行った。
「フレイヤ様、いつもありがとうございます」
「ううん、気にしないで。今日はトール様いらっしゃらないの?」
「はい、教会の仕事で出ています」
「珍しいわね」
私はマルティスの腕を掴んでシオンから離れる。
「九番地区以外の貧民街はどんな感じなの?」
「それぞれの貧民街の顔役には伝えましたよ。何か起きるかもしれないっていう噂も流しました。できることはしたつもりです。レオがうるさかったんで」
「レオらしいね。マルティス、ありがとう」
「それこそお礼を言われることじゃないですよ。俺たちの命に関わることなんで」
マルティスが何かを思い出すような表情をしている。
「どうしたの?」
「あ、そうですよ。カリナの件です。信用できる顔役に話を通しておきましたから」
「良かった。少しは楽できると良いけど」
「一人でするよりは楽になると思いますよ。客を自分で見つける必要ないですし、店から給金が出ます。それにしても、良く分かりましたね? カリナが今の仕事を選び続けるって。俺が紹介した仕事の方が良いと思うんですけど」
娼婦、売春婦、聞こえは悪いけど、カリナはこの仕事に誇りを持っている。この仕事で生きてきたってカリナが言っていたから。
でも、本当はカリナに他の仕事をしてもらいたいと思っている。
カリナはいつも大変そうにしていたから。
「女のことは女にしか分からないものなのよ」
「はー、そんなものですか」
「それで、カリナはどこにいるの?」
「上で寝てますよ。昨日も仕事でしたから」
階段から寝ぼけているような声が響く。
「私のことを話しぃてるのぉー?」
ボサボサの髪のままでカリナが階段から下りて来た。
「またそんな格好かよ、上を着ろ! 子どもたちがいるんだぞ」
マルティスが怒鳴ったのはカリナが下着と肌着しか着ていないからだ。
しかも、肌着がずれて胸元がかなり見えている。
だらしない格好で、子どもたちには刺激が強い。
後ろいるシオンから鋭い視線を感じる。
カリナの格好を見て、少し怒ったのかも。
「別に良いじゃない。家の中ぐらい自由な格好でも」
「いや、俺たちも住んでいるからな。トールが見たら腰を抜かすぞ」
「私のこんな姿を見れて幸運だと思うけど。でも、確かにトール様は腰を抜かしそう。何か食べ物ない? お腹空いちゃって…… フレイヤじゃない!!」
カリナが勢い良く私に抱きつく。
「久しぶりね、元気だった? 全然来ないから、寂しかったのよ」
「私もカリナに会いたかった。カリナこそ元気だった?」
「とても元気よ、ここに住めているし。そうそう、フレイヤのおかげで良い店で働けてる、ありがとう!」
「私はマルティスに頼んだだけだから。でも、無理はしないでね」
「大丈夫、大丈夫。相手する男は二人くらいだから。余裕よ!」
カリナがニッと笑って言った。
「…… そうなんだ」
この話に何て答えたらいいんだろう?
「フレイヤ様、この女性は誰ですか?」
シオンが冷たい声で私に訊いた。
「えっと、紹介するね。この人はカリナ。少し前に知り合ったの」
シオンが私の横に来て挨拶をする。
「カリナ様ですか。私はフレイヤ様のメイドをさせていただいてる、シオンと申します」
「あ、どうも、ご丁寧に。私はカリナ、フレイヤの友だちよ」
「フレイヤ様の友だちですか」
「そう!」
シオンがじっとカリナを見ている。
カリナはその視線に全く気づいていないようだ。
「貴族って知っていたけど、メイドもいるんだ。やるね、フレイヤ」
カリナが笑顔で私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
この感じ、凄く懐かしい。
すると、シオンがカリナの手を掴んだ。
「フレイヤ様の綺麗な髪に触らないでください」
「よしよししているだけでしょ」
「駄目なものは駄目です。そもそも、その格好は何ですか? ちゃんと服を着てください」
「服を着たら、よしよししても良いの?」
「よしよしをするくらいなら、櫛でフレイヤ様の髪を綺麗に
私とマルティスは一緒に首を傾げる。
「カリナに怒っているんじゃないの?」
「どうして私が怒るのですか? フレイヤ様の友だちに怒るはずがありません」
「でも、睨んでなかった?」
「それはフレイヤ様とマルティスが私に秘密で何かを話していたので。それも怒っていたのではありません」
「じゃあ、どうして?」
シオンが頬を少し赤く染めて言う。
「恥ずかしいですが、嫉妬してしまいました」
「嫉妬?」
「はい」
仲間外れにされたと思ってしまったのかな?
確かにシオンに話せないことが多くなった。
寂しく感じていたのかも。困ったお姉ちゃんだ。
「シオン、撫でる?」
「
「良いよ」
シオンが私の頭を優しく撫で始めた。
いつも髪は梳かしてもらうけど、頭を撫でられたことはない。
恥ずかしいけど、嬉しくて笑顔になる。
「ありがとうございます、フレイヤ様」
「もう良いの?」
「はい、十分です」
「また撫でたくなったら言ってね」
「は、はい」
シオンが頬をまた赤く染めた。
表情は余り変化がないけど。
今度、私から撫でてって言ってみよう。どんな反応をするかな? 楽しみだ。
「次は私の番よ。フレイヤ、座って」
カリナが赤のワンピースを着ている。
手には櫛を持っていた。
「素敵なワンピースね。良く似合ってる」
「そう? 良かったわね、マルティス」
「どうして、マルティス?」
「このワンピース、マルティスが作ったのよ。意外でしょ。子どもたちが着ている服もマルティスが作ったのよ」
「凄い!」
マルティスを見ると、そっぽを向かれた。
「シオンは知っていたの?」
「いいえ、知りませんでした。ですが、小さい頃から手先は器用でした。まさか服まで作っているとは意外過ぎます」
マルティスの意外な一面だ。
私も作ってもらおうかな。今度、レオにもこの話を教えてあげよう。
「へぇー、シオンとマルティスって昔からの友だちなんだ。じゃあ、シオンも貧民街出身なの?」
「そうです。九番地区とは別の貧民街ですが」
もうシオンと気安く会話を始めていた。
カリナは直ぐに人と仲良くなれる。
「私だって別の貧民街からよ。シオンは凄いわね。フレイヤのメイドになっているんだから」
「全てフレイヤ様のおかげです」
シオンが微笑んで言った。
「フレイヤのおかげか、私と同じだ。フレイヤ、あんたはとても良い奴ね」
「ありがとう、とても嬉しい」
「じゃあ、フレイヤの髪を梳くね。綺麗にしてあげる」
「う、うん」
「どうして緊張してるのよ」
カリナが私の髪を櫛で丁寧に梳く。
どうして緊張してるのかって、するに決まっている。
梳いてもらうのは前世ぶりだ。カリナは知らないけど。
やっぱり上手。カリナに梳いてもらうと安心する。それに、温かい。
「ほら、できたよ。綺麗になった。ん? フレイヤ、泣いてるの?」
「違う、これは目に
「どうしたの?」
「フレイヤ様?」
外から嫌な気配を感じる。はっきりと分かるのが一つ。ぼんやりとしているのがいくつもある。
まさか!
急いで外に出て、離れ家の屋根まで跳ぶ。
もっと遠くまで見渡すために近くの教会の屋根までもう一度跳ぶ。
魔力を感知しながら目を凝らす。
九番地区の建物が破壊されている。
巨大魔獣だ!
この教会からはまだ距離がある。
嫌な気配はいくつも感じた。
平民街全体を見渡す。
「こんな、どうして? まだのはずじゃ……」
平民街の色んな場所に巨大魔獣が現れていた。
九番地区と同じように建物を壊しながら真っ直ぐ進んでいる。
どこに?
この先は貴族街だ!
「クソ!」
でも、まずは九番地区の大型魔獣をどうにかしないと。
屋根から降りて、マルティスに言う。
「平民街も危険よ! 巨大魔獣がいた。ここにいた方が良いかもしれない」
「ここにも魔獣が来ているんですよね? このままだと危険ですよ。どうするんですか?」
剣を腰ベルトに差して言う。
「私が倒すよ。万が一、魔獣が近くに来たら、マルティスの判断で逃げて」
シオンとカリナに言う。
「シオン、ごめん、黙ってた。心配だと思うけど、私と皆で何とかするから。カリナ、子どもたちとシオンのことをよろしくお願いします!」
二人の声を聞く前に私は走り出す。
もう敵しか見ていなかった。
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