第八章 帝都魔獣集団発生事件

第84話 見回り中の考え事


 今日で六月に入り、皆で話し合いをしてから一ヶ月ほどが経った。

 私にできることはないかと思い、以前よりも頻繁にカジュアラ以外の貧民街を見回りしている。

 カジュアラの見回りもしたいと思ったんだけど、オリアナとレオに強く反対された。

 オリアナの傭兵たちも貧民街を見回っているので、私はあんまり役に立っていない。


 なので、今日は久しぶりに九番地区へ行こうと思う。

 教会の子どもたちにお菓子を渡してあげたい。もちろん九番地区の見回りもする。


 シオンが私に服を着せながら訊く。


「フレイヤ様、今日はどこに行かれるのですか?」

「九番地区よ」


 シオンが即座に言う。


「私も行きます」

「前にも言ったけど、危ないから駄目」

「他の貧民街なら承知できますが、九番地区なら問題ないはずです。フレイヤ様の側にいれば、誰かに襲われる心配はありません」

「そうかもしれないけど……」


 シオンにはベスティアのことを話していない。

 何か起きるかもしれないから、シオンには来てもらいたくないんだけど。


 シオンが表情を変えずにじっと見てくる。

 これは私が何を言っても意見を変えないやつだ。シオンは本当に頑固。

 まだ怪しい動きは何もないってオリアナが言ってたし、良いよね。


「分かったわよ。でも、私の側から離れないでね」

「もちろんです。離れることはありません。一生側でお仕えしますから」


 急に嬉しいことを言わないでよ。

 頬が緩んでいるのをシオンに見られるのが恥ずかしくて、私は下を向いて言う。


「ありがとう」


 朝食を済ませてシオンと一緒に外へ出ようとすると、お母様に呼び止められた。


「フレイヤ、これを持って行きなさい」


 お母様に手さげかごバスケットを渡される。

 中には沢山のサンドイッチが入っていた。


「シオンも一緒だから九番地区に行くのでしょ? 子どもたちにお菓子を買うつもりなら、これを渡しなさい。ちゃんと栄養が取れる食べ物の方が良いでしょ」

「ありがとうございます! 子どもたちも喜びます!」


 私はふと考える。

 あれ? 貧民街の子どもたちにお菓子を渡してるってお母様に言ったことあった?


 私は緊張しながらお母様に訊く。


「わ、私、お母様に貧民街の子どもたちのこと言いました?」

「ないわよ」

「じゃ、じゃあ、どうして知っているのですか?」

「どうしてって、あなたたち不自然な行動が多過ぎよ。気づかない方が難しいわ。私がいない時に限って辻馬車を頼んで外へ出たり、シオンが急にフレイヤのスケジュールを変更したり、他にも色々とあるわ。直ぐに気づいたから、最初のうちは危険がないようにオスカーがフレイヤたちを尾行していたのよ。訊きたいのだけど、どうして私にバレていないと思っていたの?」


 お母様が私に微笑んでいる。

 あ、これは怒られる。


「お母様、ごめんなさい」

「何を謝っているの? 別に怒ってないわよ」

「え?」

「あなたのしていることは素晴らしいことよ。怒る理由がないじゃない。それとも怒られたいの?」

「い、いや、そんなわけないです!」

「じゃあ、早く行きなさい」

「あ、はい」

「行ってらっしゃい、気をつけるのよ」

「行って来ます!」


 私は元気良く言って、外に出た。



 ◇◇◇



「まさかコルネリア様が知っていたとは思いませんでした。お叱りを覚悟しました」

「私もよ。久しぶりにお母様の雷が落ちると思ってビクビクしちゃった」


 さっきの出来事を思い出して、シオンと一緒に笑う。


 今日のお母様は体調が良さそうだった。

 最近、外出を減らしている。体のためにだ。

 私もその方が良いと思う。


 イリアとシオンはお母様の病気のことを知らない。

 お母様に口止めされている。

 今知ったら、イリアはガリアから絶対に帰ろうとする。

 シオンはきっと動揺する。シオンもお母様のことが大好きだから。

 でも、このままで良いのかな?


 馬車がガタッと大きく揺れる。

 大きな石でも踏んだみたい。


「フレイヤ様、大丈夫ですか?」

「何ともないよ」


 思わずシオンをじっと見てしまう。


「どうしました? 何か心配事でも?」

「ううん、何でもない」

「そうですか。もう直ぐ着きますね」


 馬車は平民街で止まった。

 シオンが手さげかごバスケットを持って降り、私は剣を持って降りる。


 ここから九番地区まで歩く。

 平民街をしばらく歩いて、九番地区に入った。

 私たちを見る視線を感じたけど、直ぐに消える。


 九番地区に来るのは久しぶり。

 酒瓶を片手に地面で寝ている人や悪い商売の会話をしている人たちがいる。

 それに、臭い。シオンが顔をしかめている。

 うん、いつも通りの九番地区だ。

 変わってなくて安心した。


 怪しい奴はいないかと思って周りを見ながら歩く。

 怪しい奴しかいないけど、あの薬を配っていそうな奴はいない。


 前世で一番最初に巨大魔獣が現れたのは九番地区だ。

 ベスティアが帝都魔獣集団発生事件の犯人だとしたら、この九番地区で何か起きる可能性は高い。


 九番地区の人たちにはマルティスが上手く伝えている。

 事前に知っていれば、逃げ遅れる人たちはいないだろう。貧民街の住人は逃げ足が速いから。


 前世と同じなら、帝都魔獣集団発生事件は来年起きる。

 皆で話し合った時も思ったけど、ベスティアを倒したら、帝都魔獣集団発生事件は起きなくなる。

 うん、それは良い。それは良いんだけど……


 じゃあ、魔獣が帝都周辺や地方で多くなっているのはベスティアの仕業?

 ベスティアを倒したら、それもなくなるの?

 それとも、自然発生?

 何だか拭い切れない不安がある。

 あー、分かんない!

 頭をガシガシと掻く。


「フレイヤ様」

「あ、ごめん。何?」

「もう教会です」


 考え事をしていたから全く気がつかなかった。

 あ、そうだ。

 シオンにカリナのことを話しておこう。

 二人には仲良くなって欲しい。


「実はシオンに紹介したい人がいるの。シオンと歳が近いのよ」

「フレイヤ様、嬉しそうですね。素敵な笑顔です」

「そうかな?」


 自分が笑顔になっていることに気がつかなかった。

 私の大切な人同士の出会いが嬉しいからだ。


「さあ、行きましょう!」


 私はワクワクしながら教会に入った。

















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