第78話 母の余命
「何かの冗談ですよね?」
「違うわ。本当のことよ」
「だって、急に言われても。今も良く分からなくて。そんなこと……」
お母様が私の頬に触れて言う。
「落ち着いて、直ぐに死ぬわけじゃないわ。マルクスにも長生きして欲しいって言われたから」
「お父様に?」
「そうよ。フレイヤ、ごめんなさい。あなたにまた悲しい想いをさせるわね」
「治らないのですか?」
「治らないわ。前に私の病気を説明したでしょ。あれは不治の病なの。嘘をついてごめんなさい」
「イリアは知っているのですか?」
「知らないわ。知っているのは数名よ。マルクス、オスカー、ケイト、リエッタ、ヘドリックが知っているわ」
私たちには秘密にされていたんだ。
お母様がいなくなるんて、嫌……
「熱が下がってきたわね。体を起こすのを手伝ってくれる?」
「あ、はい」
お母様の体は細くて、とても軽かった。痩せたとは思っていたけど、元気そうだったから、私は何も深く考えていなかった。
本当は違う、お母様が元気そうに振る舞っていただけだ。
お母様がベッドボードに
「忘れないうちに今日の復習をしましょう」
「復習? そんなのいいですから、寝ててください」
「復習が終わってから、ぐっすりと眠るわ」
私は渋々と頷いた。
何を言っても聞いてくれない。お母様は頑固だから。
「舞踏会の招待状が頻繁に届いていたけど、どうしてか分かる?」
「私たちがカルバーン侯爵家と同盟を結んだからですか?」
「その通りよ。今日の舞踏会の招待客は私たちに好意的だった。フレイヤもそうだったでしょ?」
「はい、そうでした」
私が挨拶をすると、笑顔で優しく話をしてくれた。
「カルバーン侯爵様がそういった方々を招待したからよ。私たちに気をつかったの。特にあなたにね。今日の舞踏会は急進勢力のみの舞踏会だったわ。カルバーン侯爵様はあなたを仲間に引き入れたいのよ」
「それは困ります。私はどうしたら……」
お母様が真剣な表情になって言う。
「それを決めるのがフレイヤの義務よ。今の私は子爵代理。私が亡くなれば、成人を待たずにフレイヤへ爵位が引き継がれてしまう。今までは皇帝派の末端でいたから派閥争いに巻き込まれることが殆んどなかったわ。だけど、これからは無理よ」
カルバーン侯爵家と同盟関係になったこと、皇后陛下が私のために口添えをしたこと。この二つは貴族の間で周知の事実で、私たちが目立った原因。
アンジェ様のために覚悟はしていたけど、私の覚悟とは関係なしに今後の派閥争いに巻き込まれてしまうかもしれない。
「フレイヤはとても強い。でも、剣だけで貴族の世界で生き残ることは不可能なの。マルクスは騎士団長の立場にいて、カルバーン侯爵様やクラウディオ団長と友好的な関係を持っていたから、ルーデンマイヤー家を守ることができたわ」
「私はどうしたら良いですか?」
「貴族との関係をもっと作りなさい。騎士となっても社交界に必ず参加するの。社交界での立ち回りが敵を作らないことにも繋がるわ」
自分が強いだけでは大切な人たちを守れない。お父様とお母様は私たちを守るためにとても大変な思いをこれまでしてきたはずだ。
お母様が私の頭を撫でて言う。
「だけどね、フレイヤ。あなたが本当に守りたいものは自分の心に従って守りなさい。そこに貴族のことなんて持ち込まなくていいわ」
「え? それはどういう――」
お母様が私の言葉を遮って言う。
「そろそろ眠るわ。フレイヤはヘドリックと帰りなさい。ヘドリックに明日の朝迎えに来て欲しいと言っといてくれる?」
「分かりました。一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。気にしないで」
と言うと、お母様は横になって直ぐに眠った。
私は部屋を出て、エヴァウト先生がいる隣の部屋に行く。
コンコンとドアを叩き、どうぞと声があった。
部屋に入り、挨拶ができていなかったので、エヴァウト先生に挨拶をする。
「コルネリアの娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。母を治療していただきありがとうございました」
「気にしないでください。私の仕事ですから」
エヴァウト先生が微笑んで言った。
「コルネリア様はお休みになられましたか?」
「はい、今眠りました。熱も下がったみたいです。母から病気のことを聞いたのですが、
「…… 魔力逓減症は魔力と一緒に体を動かす力がなくなる病気です。力がなくなると、だんだん体が動かすのが難しくなります。最終的には呼吸する力も失って死に至ります」
「その病気は本当に治らないのですか?」
「今のところ治りません。この病気は特殊で患者数が非常に少ないのです」
「そんな……」
本当に絶望的、何もできない。
この病気をお母様はずっと私たちに隠していた。辛かったはずなのに。
「母はもう長くないと言っていました。長くないというのは具体的にどれくらいなのですか?」
「無理をしなければ、三年から五年。無理し続ければ、三年は持たないかもしれません」
「…… そうですか、教えてくださりありがとうございます。今後も母をよろしくお願い致します」
ヘドリックにはお母様の側にいて欲しいと言って、私は辻馬車を呼んでもらった。
送りますとヘドリックが強く言ったけど、今の私は一人になりたかった。
馬車がガタゴトと揺れる。
平民街に近い上流街の道を通っていた。病院は平民街寄りにあったようだ。
本当に信じられない。どうしてお母様まで?
三年から五年なんて、そんなの早過ぎる。私が成人する頃にはお母様はいないかもしれない。そんなの嫌だ。
お母様には無理をさせられない。私がもっとちゃんとしなきゃ。
「キャーー!!」
女性の悲鳴が聞こえて私ははっとした。
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