第73話 聖女ソフィア再び
領民たちとの挨拶を終えて、私たちはエレに向かって出発した。林道へと入り、どんどんラヒーノが遠ざかる。
領民たちに挨拶をすると、必ずお父様に感謝して悼んでくれた。改めて、お父様は領主としても偉大だったと実感する。
「フレイヤ、浮かない顔をされていますよ」
パウラお姉様が心配そうな表情で言った。
「お父様は凄い人だったんだなと思って。騎士団でのお父様はどんな感じでしたか?」
当然だけど、私は父親としてのお父様しか知らない。騎士団の仲間から見て、お父様はどんな騎士団長だったんだろう?
「マルクス団長は優しくて厳しい方です。そして、誰よりも勇気がありました。マルクス団長は騎士団長という立場でしたが、魔獣や野盗との戦いではいつも先頭で戦っていました。今回の戦争でもそうでした。だから、
凄く嬉しい言葉だ。お父様らしいと思った。騎士団長の時であってもお父様はお父様だ。
「パウラお姉様、ありがとうございます」
そして、私たちは十日ほど掛けてエレに着いた。
◇◇◇
レンガ造りの門をくぐってエレに入った。
小さな町で木造の家ばかり。小さな町と聞いていたから、人は少ないと思っていたけど、やけに人が多い気がする。
「前よりも人が多いですね。何かあるんでしょうか?」
オスカー先生が言った。
埋葬に寄った時はこんなに人がいなかったらしい。
「教会に向かいましょう。オスカー、パウラ、案内してくれるかしら?」
オスカー先生とパウラお姉様の案内で教会に向かう。しばらくすると、レンガ造りの大きな建物が見えてきた。
あれが教会のようだ。
突然、イリアが私の手を握る。
「どうしたの、イリア?」
「お姉様は怖くないのですか?」
お父様のお墓のことだと直ぐに分かった。
正直、お墓を見たくない。お父様が亡くなったことは十分過ぎるくらい理解している。それはイリアも同じだと思う。
「私も怖いよ。でも、私たちが来なかったら、お父様が寂しいでしょ。お父様のために行こう」
「…… はい」
教会に近づくにつれて更に人が多くなっている。入口付近は人が密集して並んでいて教会に入れない状況だ。
並んでいる人たちを見ると、五芒星のロザリオを首にかけていた。
「ミュトス教の信者ね。何かあるのかしら?」
「私が訊いて来ましょう」
「ありがとう、オスカー」
並んでいる人に訊くと、オスカー先生が戻って来た。
オスカー先生が小さな声で言う。
「どうやら聖女が来ているようです。
「聖女!?」
私は驚いて声を上げた。
大きな声だったので信者たちに睨まれた。敬称をつけなかったからだ。
お母様に気をつけなさいと少し怒られてしまった。
でも、まさかソフィアがここにいるなんて。
布教活動かな? 分からないけど、このままだと教会に入れない。
私たちが困って立ち止まっていると、並んでいる信者たちから歓声が沸く。
信者たちは道の両端に分かれて、両膝を地面につけて祈るように手を組んだ。
レースをあしらった白いローブを着る少女が教会の入口から出て来る。その周りを屈強な男性たちが警護していた。
ソフィアと
ソフィアが信者一人一人に優しく声を掛けているように見えた。
見ていると、ソフィアと目が合ってしまう。一瞬驚いたような表情をしたけど、そのまま信者たちに声を掛け続けていた。
全員に声を掛け終わると、私たちとは反対の方向へ去って行く。ソフィアが見えなくなって、ようやく信者たちも去り始めた。これで教会へ入れる。
「皆、行きましょう」
お母様を先頭に教会へと入った。
◇◇◇
外からは立派な造りのように見えたけど、教会の中はかなり老朽化が進んでいた。
聖職者も司祭が一人いるだけで他は誰もいない。
「ようこそお出でくださいました。私はこの教会の司祭をしております、オラースと申します」
オラース様は白髪混じりの初老男性。丁寧な挨拶をしてくれた。
お母様も挨拶をする。
「コルネリア・フォン・ルーデンマイヤーと申します。アノーク王国との戦争で亡くなった夫マルクスを悼みに参りました」
「そうですか、それは…… 天に召されましたマルクス様が安らかに眠られるようにお祈り申し上げます」
オラース様はロザリオを両手で包んで私たちのために祈ってくれた。とても優しい方だ。
「実は先ほども聖女様がこの戦争で亡くなられた者たちに祈りを捧げていたところでした」
ソフィアはお父様たちのために祈ってくれていたのか。やっぱり良い子だ。感謝したい。
お母様もありがとうございますと言っていた。
すると、教会の扉が開いて、数人の護衛と一緒にソフィアが入って来た。
オラース様が真っ先にソフィアのもとへ駆け寄る。
「聖女様、いかがされましたか?」
「友だちに会いに来ました」
「友だち?」
ソフィアが私のもとに来る。
「ソフィア様、お久しぶりです」
「はい、フレイヤ様。お手紙を送れずに申し訳ございませんでした。送るとお話をしたのに」
聖女であるソフィアがそう簡単に手紙を出せるものではないだろう。仕方ないよ、気にしてない。
「えぇっと、フレイヤ? 説明してもらえるかしら。あなた、聖女様と知り合いなの?」
「はい、友だちです」
「…… そう。本当にあなたの交友関係はどうなっているのよ」
お母様が黒いドレスの裾を摘まんでソフィアに挨拶をする。
「お初にお目にかかります、聖女ソフィア様。私はフレイヤの母、コルネリアと申します」
「こちらこそ初めまして。私はソフィア・ラド・ボーデヴィヒートと申します。お会いできて光栄です」
「私もお会いできて光栄ですが、今から夫が眠るお墓で彼を悼みたいと思うのです。フレイヤに何か用向きがあるようでしたら、その後か後日でも良いでしょうか?」
ソフィアがローブの裾を摘まんで頭を下げながら言う。
「失礼と承知しておりますが、私も一緒に悼ませていただけませんでしょうか?」
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