第71話 爵位を懸けた模擬戦闘 Ⅲ


「終わりじゃないの?」


 カイルはもう一度戦えって言った。

 三人倒したのに、また戦えってこと?


 クラウディオ団長が跪いてカイルに言う。


「恐れながら申し上げます。フレイヤは三人の騎士と戦って勝ちました。戦う相手は三人と決まっていたはずです」

「うるさいぞ、ヴェルナフロ侯爵。従わなければ、爵位を剥奪するように俺から陛下へ上奏するだけだ。お前も戦争の責任を追及して爵位を剥奪するように上奏しても良いんだぞ」


 無茶苦茶過ぎる。クラウディオ団長を脅すなんて。

 結局、もう一度戦わないと、爵位を剥奪する気なんだ。


 うん、大丈夫。魔力と体力はまだ残っている。


 クラウディオ団長がもう一度カイルに言う。


「ですが、フレイヤはもう体力が限界のはずです。せめて日を改めていただくことはできないでしょうか?」

「うるさい、くどいぞ。貴様は爵位がいらないと見える。俺は今戦えと言っている」


 このままだと、クラウディオ団長の爵位まで剥奪されてしまう。


 クラウディオ団長がまだ何か言おうとしているので、私は先に声を上げる。


「私、戦います! 勝てば、終わりですよね?」

「ああ、終わりだ。皇太子として約束しよう」


 何を偉そうに!

 本当に最悪な皇太子だ。この木剣でぶっ叩いてやりたい。


「準備の時間を与えてやる。バーツ、お前がルーデンマイヤーの娘と戦え」

「承知致しました」


 カイルの命令にバーツという騎士が返事をした。


 私はクラウディオ団長のもとへ行く。


「馬鹿、何でもう一度戦うって言ったんだ?」

「あれ以上逆らったら、クラウディオ団長の爵位まで剥奪されてしまいます」

「それはそうかもしれんが…… 本当にまだ戦えるのか?」

「はい、余裕です! ほら!」


 私はその場で跳んで笑顔を作って見せる。これで信じてくれるでしょ。


「はー、分かったよ。信じるから、その作り笑いを止めろ。下手くそだ」


 バレちゃったか。

 あれ? 前にもその言葉を言われたような気がする。あ、思い出した!


「それ、レオにも言われました! クラウディオ団長はレオと良く似ていますね」

「それを言うなら、レオンハルトが俺に似ているんだよ」


 クラウディオ団長が嬉しそうに笑って言った。


「次に戦う相手だが、俺はあいつを知っている。バーツ・フォン・オルデューク、元第十二騎士団の騎士だ」

「元第十二…… お父様の部下だったんですか?」

「いや、部下ではない。マルクスが騎士団長になる前に近衛騎士になったからな。超真面目な奴だ。あいつは強いぞ、突きに気をつけろ。誇張して言えば、副騎士団長並。やはり止――」


 クラウディオ団長が話すのを遮って言う。


「クラウディオ団長、私戦いますよ」


 お父様に家を任された。勝って、お父様に良い報告をしたい。


「…… そうか。じゃあ、思う存分やれ」

「はい、ありがとうございます」


 クラウディオ団長が持ってくれているお父様の剣を見て言う。


「お父様の剣、いいですか?」

「ああ」


 お父様の剣を受け取って、自分の額に当てる。


「必ず勝ちますから。見ててくださいね」


 クラウディオ団長にもう一度お父様の剣を渡す。


「フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤー、時間だ。来い」


 カイルの声が聞こえて、私は修練場の真ん中に向かう。


 バーツさんが先にいた。

 クラウディオ団長が言ったように真面目そうな顔つきをしている。


「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。お前には同情するが、俺は皇太子殿下直属の騎士だ。手加減はできない」


 カロン様やオスカー先生と同じ強者の迫力を感じた。


「俺が始まりの合図をしてやる。光栄に思え」


 カイルが偉そうに言った。


 怒りで気持ちを乱してはいけない。心を落ち着かせるためにゆっくりと呼吸をする。

 良し、大丈夫。やることは決まっている。全力を出して、勝つだけだ。


 私は木剣を構える。


「始めろ!」


 カイルの声が響き、私はバーツさんに向かって突撃した。



 ◇◇◇



 私の全力の一撃をバーツさんが冷静に止める。木剣を押して、バーツさんを後ろに下がらせようとするけど、全く動かない。

 速さを活かして左右から攻めた。

 バーツさんの巧みな木剣さばきで私の攻撃が流される。なんて堅い守備だ。


 少し距離を取って、バーツさんの出方を探る。

 すると、バーツさんが木剣の構えを変えた。重心を低くして、木剣を真っ直ぐ私に向けている。


 攻めにくい。

 安易に攻めたら、木剣の先が私を襲いそうだ。多分、これがクラウディオ団長の言った突きだと思う。

 どう攻めるか、私がバーツさんの予想を超えるしかない。


「魔力吸収、魔力操作」


 空気中の魔力を吸収、更に身体を強化。

 加速して、バーツさんの右に回る。

 木剣を振り上げると、バーツさんが突きを放つ。

 一歩後ろに下がり、木剣で突きを受け止める。

 衝撃で転けそうになった。

 恐ろしい突きだ。でも、何とか防ぐことができた。


 バキッ! という音が木剣からする。


「え?」


 木剣が剣身の真ん中から真っ二つに折れてしまった。上半分が地面に落ちる。


 新しい木剣に変えないといけない。バーツさんも待ってくれている。


「そのまま戦え!」


 私は驚いてカイルを見た。


「本当の戦闘であれば、敵は待ってくれないぞ。おい、バーツ。お前も早く攻めろ」

「ですが」

「うるさい、黙れ。早く攻めろ」

「承知致しました」


 バーツさんが私に襲い掛かり、鋭い突きを放つ。

 半分になった木剣で突きをずらす。

 衝撃で私の体勢が崩れて、またバーツさんの突き。

 今度は地面に転がって躱す。そのまま大きく距離を取った。


 半分になった木剣を見ると、剣身にヒビが入っている。さっき突きをずらした時だ。

 また突きを受けたら、剣身がなくなる。

 懐に入ってゼロ距離で突く。

 そのためには魔力操作でもっと身体を強化しないといけない。


「魔力吸収、魔力操作」


 魔力吸収を止めずに、そのまま走る。

 魔系脈まけいみゃくへの負担は仕方ない。


 バーツさんの間合いに入る。

 突きが来た、左に躱す。

 私が前に出ると、バーツさんが後ろに下がって、そのまま突きを放つ。

 顔をかすめ、頬が切れる。

 ここで距離を取られたら駄目だ。

 私は脚に力を入れて、加速する。

 またバーツさんの突き。体を沈め、木剣でずらす。

 バキバキと音がして、剣身を失った。


 まだ戦える、木剣の柄が残っている。

 でも、柄だけじゃ弱い。一か八かだ!

 柄の方に魔力を集めて、ゼロ距離でバーツさんを突いた。

 そして、そのまま。


「放出」


 木剣の柄から魔力を放出し、バーツさんが吹き飛ぶ。

 魔力放出の反動で私も後ろに吹き飛ぶ。


 受け身を失敗して頭を打ち、グワングワンする。

 体が重い、動きたくない。よろよろしながら立ち上がり、バーツさんを見る。


「私の勝ち?」


 バーツさんは立っていなかった。

 私も脚が震えて上手く立てない。


「フレイヤ!」


 倒れそうになって、クラウディオ団長に体を支えられた。


「私の勝ちですよね?」

「ああ、お前の勝ちだ。良くやったよ、まさかバーツにも勝つなんて。大丈夫か?」

「少し頭を打ちました。支えてもらっても良いですか?」

「いくらでも支えてやるさ」


 クラウディオ団長がニッと笑って言った。


「皇太子殿下の前に連れて行ってください」

「…… ああ」


 クラウディオ団長に支えられながらカイルの前に立つ。

 カイルとアウゲルクは愕然としている様子だった。

 私は構わずに言う。


「皇太子殿下、これで終わりですよね? 私は勝ちましたよ。約束を守ってください」


 カイルが私を睨んで言う。


「調子に乗るなよ、ルーデンマイヤー。お前など直ぐに潰せるんだ」

「はい、調子に乗らないように気をつけます。皇太子殿下のご忠告感謝致します」


 私は作り笑顔で言った。


 カイルが顔を真っ赤にして修練場を出て行く。


 クラウディオ団長がアウゲルクに言う。


「本営総長、これでフレイヤの力は確認できたはずです。フレイヤを第二十騎士団の騎士にすること、ルーデンマイヤー家を子爵とすること、間違いないですよね?」


 アウゲルクが目を泳がせて何も言わない。本営の他の奴らもオドオドしているように見えた。

 本営は力のある騎士が欲しかったんでしょ。どうして不安がっているの?


「本営総長!!」


 クラウディオ団長が怒鳴った。


 アウゲルクはビクッとして言う。


「ヴェルナフロ団長の言う通りだ。追ってルーデンマイヤー家に通達を出す。失礼する」


 アウゲルクが足早に去ると、本営の他の奴らも修練場を急いで出て行く。


 私は首を傾げてクラウディオ団長に訊く。


「本営の奴ら、何か怖がっていませんでしたか?」

「上が怖いんだろ。余計なことをしたアウゲルクたちが悪い。そんなことより、帰ろうか」

「はい!!」


 私は元気良く返事をした。















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