幕間 驚愕する者と焦る者


 クラウディオは驚愕しながら見ていた。

 大人の騎士と戦う少女から目が離せない。


(おい、マルクス。お前の娘はこんなに強かったのか)


 魔力操作の技術が並の帝国騎士よりも遥かに優れ、おそらく魔力感知の力もある。


(中堅騎士を圧倒しやがった。強過ぎるだろ、 まだ十三歳だぞ!?)


 クラウディオのもとにフレイヤが戻って来る。

 平気な顔で話をしていたが、フレイヤは手を気にし始めた。


「流石に疲れたか?」

「まだ余裕です。次も絶対に勝ちます」


 クラウディオと拳を合わせると、フレイヤは元気良く戦いに向かった。


(次の相手はフィクトル、巨体の騎士だ。魔法も使う面倒な相手。もし、何かあったら……)


 万が一のことがあれば、クラウディオはフレイヤを助けると心に決めていた。本営からの罰は覚悟の上だ。


(マルクスとダニエラ、コルネリア夫人の大切な娘だ。何があっても守るさ)


 フレイヤとフィクトルの戦いが始まった。数十個の小さな岩が銃弾のように飛び、フレイヤを襲う。

 岩を避けるためにフレイヤが修練場を走り回っていた。


(いや、フィクトルをずっと見ている。隙を狙っているのか)


 魔法が止まると、フレイヤも足を止める。


(は!? あいつ、深呼吸をしてやがる!)


 フレイヤがフィクトルに向かって走り出した。

 フィクトルが魔法を放つ。岩が飛んで来るが、フレイヤは構わず真っ直ぐ走っている。


(まずい! 止めに行か――)


 クラウディオは思わず大きな声を上げる。


「嘘だろ!?」


 フレイヤに当たる直前で岩が粉々になっている。しかも、フレイヤはどんどん加速していた。

 間合いに入ると、フィクトルの大木剣を躱して、その勢いのままフレイヤは木剣を振るう。

 フィクトルの巨体が吹き飛ばされた。気絶しているようで動けない。


(あいつ、本当に勝ちやがった! フィクトルは第三騎士団の五番手だぞ。フレイヤの奴、まだ余裕があるみたいだ)


「将来は最強の剣士だな」


 クラウディオがフレイヤのもとに駆け寄ろうとした時。


「フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤー、もう一度戦え」


 カイルの声が聞こえて、クラウディオは呆然とした。



 ◇◇◇



 アウゲルクは焦っていた。


(まさか中堅騎士にも勝つとは)


 クラウディオに要求した時点では強い騎士を欲した。


(だから、ルーデンマイヤー夫人を騎士にしようと考えたのだ。夫人が優秀な魔法師だったことは聞いていた。ルーデンマイヤー伯爵の戦争の責任を追及し、夫人を従順で強い騎士にしようと。だが、まさか、カルバーン侯爵が介入してくるとは。しかも、皇后陛下まで……)


 フレイヤの後ろには皇后フロレンシアとカルバーン侯爵がいるとアウゲルクは理解した。このままでは皇后フロレンシアとカルバーン侯爵を後ろ楯に持つ強い騎士が誕生してしまう。


 帝国騎士団の大半は皇帝派が占めている。その皇帝派は保守勢力と急進勢力に分かれており、保守勢力が過半数だ。

 しかし、アウゲルクは急進勢力の勢いが増していることを警戒していた。


(ルーデンマイヤーの娘が騎士として活躍すれば、急進勢力の勢いが更に増す。カルバーン侯爵が上手く政治利用するだろう。何としても騎士にさせるべきではない)


「おい、アウゲルク。さっきから何をぶつぶつ言っている。見てみろ、良いところだぞ」


 隣に座るカイルが楽しそうに言った。


(お気楽で良いことだ。担ぐ身にもなって欲しい)


 模擬戦闘を見ると、フィクトルがフレイヤを圧倒している。

 数十個の岩がフレイヤを襲っていた。フレイヤは逃げ回るしかない。


「ハッハハ、当然だ。小娘が帝国騎士に勝てるわけがない」


 アウゲルクは勝ちを確信してニヤリと笑った。


(小娘に負けた二人は罷免だ)


 すると、フレイヤが猛然とフィクトルに向かって走り出した。


(やけになったのか? まあ、いい。これで終わりだ)


「何だあれは!?」


 カイルが立ち上がって大きな声を上げた。

 アウゲルクも驚いて目を見開く。


 フィクトルから放たれた岩がフレイヤに当たる直前で粉々になっているのだ。


(こんなことありえん…… もしや、特異魔法が使えるのか?)


 フレイヤの攻撃でフィクトルが吹き飛ばされた。フィクトルは動けない。


 アウゲルクは思わず爪を噛んだ。


(これはまずい、まずいことになった! 勝ってしまったぞ。急進派を勢いづかせるきっかけになるかもしれん。クウィンディー公爵に何と申せば……)


 皇帝ゴットハルトの裁可をもらうために宰相のクウィンディー公爵から上奏する許可を事前に受けていた。そのため、今回のことはクウィンディー公爵も良く知っている。

 クウィンディー公爵は皇帝派の貴族筆頭であり、皇帝の次に権力を持つ。


(あの方はきっと私を許さない。下手をしたら、殺されるかもしれん。いや、待て)


 カイルが勝利したフレイヤを睨んでいた。その様子を見て、アウゲルクはニヤリと笑う。


(横にいるではないか。扱いやすい次期皇帝が)


 アウゲルクはカイルの前に跪く。


「アウゲルク、俺は今イライラしている。くだらないことを言うなよ」

「お頼みしたいことがあります。実は――」


 フレイヤの後ろ楯と模擬戦闘までの経緯をカイルに伝えた。


「信じられん、母上が。あのカルバーン侯爵もか。あのフレイヤという奴は何なんだ!」


 カイルが更に腹を立て、アウゲルクの狙い通りになる。


「お前は俺に何をさせたい?」

「あの小娘は疲れています。次戦えば、負けるでしょう」

「だが、約束をしたのでは…… なるほど、それで俺に頼んだわけか。良いだろう、上手く言ってやる。俺はあの女が嫌いだ、お前の口車に乗った」

「ありがとうございます」


 アウゲルクは恭しく頭を下げた。


 そして、カイルが意気揚々と立ち上がって言う。


「フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤー、もう一度戦え!」



















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