第70話 爵位を懸けた模擬戦闘 Ⅱ


 本営の奴らが騒いでいる。

 私はクラウディオ団長のもとに戻った。


「良くやった、フレイヤ。怪我はしてないか?」

「はい、油断してくれたので勝てました」


 メイナードが担架で運ばれて行く。


「次は第四騎士団の騎士ですね」

「ああ。素早さに定評のあるベルザルという騎士だ。気をつけろ」

「はい、気をつけて戦います」


 ベルザルさんはもう準備を終えていて、修練場の真ん中に立っていた。


「フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤー、遅い! さっさと始めろ!」


 アウゲルクが怒鳴った。

 本営の他の奴らも早くしろと重なるように声を上げている。


「本営の奴らは息がぴったりだ。あいつらは合唱をしてるのか? まあ、聞いてると、耳が腐りそうだけどな」


 クラウディオ団長が本営の奴らを冷めた目で見て言った。


 私はクスッと笑って言う。


「けっこう酷いことを言いますね」

「ん? そうか? 豚って言わないだけましだろ」


 私は声を出して笑ってしまった。


「フレイヤ、もう良いのか? 何だったら、もう少し時間を稼ぐぞ?」

「いえ、もう行けます!」

「そうか、頑張れよ」

「はい! 頑張ります!」


 私は元気良く返事をして、クラウディオ団長から離れた。


 ベルザルさんは短木剣を二本持っている。

 どうやって戦うんだろう? 二本の剣を扱う人なんて見たことがない。


 私は礼儀正しくベルザルさんに挨拶をする。


「よろしくお願いします」


 最初から礼儀を失するのは駄目だとオスカー先生に教わった。


 ベルザルさんは黙って私を睨むと、距離を取る。まあ、分かっていたけどね。


 私は木剣を構える。

 この戦いに勝てば、次で最後だ。


「始めよ!」


 アウゲルクの声が響いた。


 魔力操作で身体強化。

 駆け出して、ベルザルとの間合いを詰める。全力で木剣を振った。


 ベルザルは二つの短木剣を上手く使って私の攻撃を横に流す。

 私の右から懐に跳び込んで短木剣を振る。

 私は右脚で地面を蹴って左に跳んで攻撃を躱した。

 起き上がって直ぐに木剣を構え直す。


 ベルザルの表情が驚いているように見えた。

 もしかしたら、さっきの攻撃で勝ったと思ったのかもしれない。確かに速かったけど、私の魔力感知で次の動きを予測できていた。


 再び間合いを詰めて、木剣を振り下ろす。受け流そうとしているけど、力で押し切る。

 体勢を崩したので、そのまま連続攻撃。

 そして、ベルザルの両手から短木剣が弾き飛んだ。

 私はベルザルの頭に木剣を寸止めする。


 ベルザルは腰が抜けたように尻餅をついた。

 二戦目も私が勝った。次で最後の相手!



 ◇◇◇



「フレイヤ、凄いな! 中堅騎士まで圧倒するとは思わなかったぞ」

「ありがとうございます。短木剣を二本使うので驚きましたが、勝てました。次の相手で最後ですね」


 クラウディオ団長が頷いて言う。


「最後は第三騎士団のフィクトルだ。魔法を使うかもしれない」

「土魔法でしたよね?」

「ああ。離れなければ問題ないが、フィクトルは巨体で力も強い。距離を作られたら面倒だぞ」

「分かりました。しつこく攻めます。距離を作らせません」


 左手を開けて閉じる。二回繰り返した。

 握力は残っているし、まだ疲れた感覚はない。


 クラウディオ団長が心配そうな表情で訊く。


「流石に疲れたか?」

「まだ余裕です。次も絶対に勝ちます」


 クラウディオ団長が拳を差し出して言う。


「勝てよ」

「はい」


 私は拳を合わせて言った。


 修練場の真ん中へ行くと、巨体の騎士が現れる。見上げないと騎士の顔を見ることができない。

 使用する木剣の形状は大剣だ。私の木剣が小さく見える。


「よろしくお願いします」

「調子に乗るなよ、小娘。ぐちゃぐちゃにしてやる」


 大きな足音を立ててフィクトルは離れて行った。


 ぐちゃぐちゃにされるつもりはない。


「これで最後よ。私は勝つ」


 私は木剣を構えた。


「は、始めろ!」


 三度目のアウゲルクの声が上がった。


 私はフィクトルとの距離を詰めて懐に入ろうと動く。

 うそ、速い!

 大木剣の横薙ぎが迫っていた。

 木剣で受け止めたけど、宙に吹き飛ばされる。

 受け身を取って地面に転がった。


 体が痺れる。巨体だけあってかなりの衝撃だ。

 しかも、剣の振りが速い。まさかあんなに速いなんて。

 体の大きい人は小さい人に比べて、体が重たい分、動きが遅くなる。

 でも、あの速さ。きっと体の動かし方が上手い。


 それにしても、かなり吹き飛ばされた。

 ん? フィクトルが手を伸ばして何か呟いている。

 しまった、魔法だ!

 発動させてはいけない。私は止めようと駆け出す。

 フィクトルの周りの地面が剥がれて、小さな岩が数十個できあがった。その全ての岩が空中に浮き上がる。

 まさか!


「サクスムズ・ウォーリア!」


 数十個の岩が一斉に飛んで来た。

 まるでマスケット銃の弾みたいだ。


 私は横っ跳びで躱す。起き上がると、また飛んで来た。

 小さな岩でも一つ当たれば、動けなくなる。これは逃げるしかない。隙を待とう。必ずできるはずだ。


 走りながら、フィクトルの魔力量を確認する。

 あ、最悪。かなりある。巨体だから魔力量が多いのかな?


 すると、嫌な笑い声が聞こえた。

 本営の奴らからだ。

 今は気にしない。敵に集中!


 岩が止んだ。前に出ようと進むと、また飛んで来る。

 結局、走り回るしかない。


 このままだと走り回る私が不利だ。

 息切れの間隔が狭くなってきた。

 フィクトルの魔力切れよりも私の体力が先になくなってしまう。

 どうにかして突破口を見つけたい。


 ん? あの岩から魔力を感じる。

 魔力吸収であの魔法を消すことができないかな?

 魔系脈まけいみゃくを傷つけるかもしれないから、使うなら一度だけにした方が良い。


 岩が止まって、私も足を止める。


「これで決めよう」


 息切れを整えるために深呼吸を行う。

 息が整うと、フィクトルに向かって駆け出す。岩が飛んで来るけど、私は構わず真っ直ぐ走る。

 岩が当たる直前、魔力吸収を発動。魔力を失った岩は私に当たる直前で粉々になった。そして、その魔力は私の力になる。


「魔力操作」


 魔力感知、腕力、脚力を更に上げる。


 フィクトルまであと一歩の間合いに入った。

 フィクトルが大木剣を横薙ぐ。

 軌道がはっきりと見える。そして、私の方が速い!

 私は前に向かって跳び上がり、横薙ぎを躱して、その勢いのままフィクトルの肩に木剣を振るう。

 思ったより勢いがあって、上手く着地できずに転がってしまった。

 直ぐに立ち上がって、フィクトルを見ると、倒れたままだ。


 つまり、私の勝ち? そう、私の勝ちだ! やった! これで私たちの家を守れた! 爵位を剥奪されない!!

 何度も拳を握る。喜びの声を上げようとした時。


「フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤー、もう一度戦え」


 カイルがふざけたことを言った。













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