第68話 前日


 私とお母様はこれまでのことをオスカー先生に説明した。


「大変な時にいれず申し訳ございませんでした」

「オスカーが謝ることではないわ。むしろ、感謝しかありません。ありがとう」


 オスカー先生とパウラ様は死んだ傭兵の家族に戦死の報告をして回っていた。

 お母様に聞いたけど、本来は傭兵が死んでもその家族に戦死の報告がされることはない。今回、二人が報告をしているのもお父様が懇意にしていた傭兵団の傭兵についてだけだ。

 多くの戦死者が出たため、パウラ様は引き続き戦死の報告をしに回っている。


 オスカー先生がかなり疲れているように見えた。


「オスカー先生、大丈夫ですか?」

「体は元気ですよ。ですが、戦死したことを報告するのは辛いですね」


 それは良く分かる。聞いて悲しむのも悲しむ姿を見るのも辛い。


「オスカー、前にお願いしたことを覚えていますか?」


 お母様がオスカー先生に訊いた。


「イリア様の留学の件ですか?」

「そうよ。オスカーにもガリア連邦へ行ってもらいたいの。オスカーも行ってくれたら、安心できるんだけど」


 オスカー先生とケイト先生がイリアと一緒に行ってくれたら、何も心配する必要はない。私も安心だ。


「構いませんが、イリア様は本当に留学されるのですか?」


 オスカー先生が心配するような表情で言った。


「イリアは自分の道を進むと決めました。私とお母様もイリアを応援します。オスカー先生、イリアと一緒に行って欲しいです」

「分かりました。そのように致しましょう」


 オスカー先生はいつもの微笑みを浮かべて言った。



 ◇◇◇



「オスカー先生、手合わせしてもらっても良いのですか? 疲れていますよね」


 オスカー先生が明日のために軽く手合わせをしましょうと言ってくれたので、敷地に出た。


「軽くですよ、軽く。明日のために体は動かしておいた方が良いでしょう」


 時間がある時に木剣を振っていたけど、誰かと打ち合う方が良い。

 疲れているのに、ありがとうございます。


 私は木剣を構えて言う。


「オスカー先生、いきます!」

「軽くですよ! 来なさい」


 魔力操作でいつもより弱めに身体を強化する。

 間合いを詰めて、横薙ぎの一撃。

 オスカー先生が木剣で受け止めて、押し合いになる。

 私が力を入れると、オスカー先生の脚が動くのが見えた。

 足払いだ! 私は後方に跳び上がって躱す。


 今度はオスカー先生が私を攻める。左右からの連続攻撃。

 木剣で攻撃を流しながら避けて、隙を待つ。

 オスカー先生が大振りで振り下ろし、私は半身で躱す。

 そのまま次の攻撃に繋げようとで飛び出すと、脚が真っ直ぐ伸びてきた。咄嗟に腕を交差してオスカー先生の蹴りを止める。

 反動で後ろに下がってしまったので、木剣を直ぐに構えて追撃に備える。

 オスカー先生が動きを止めてじっと私を見ていた。


「どうしました?」

「私が最初に言ったことを覚えていますか?」


 最初に言ったこと?

 あ! 軽くって言われていたのに、蹴られる前に本気で身体を強化してしまっていた。


「すいません。久しぶりの手合わせで、つい」

「まあ、良いでしょう。調子はどうなんですか?」

「良いです! 私、勝てます!」


 オスカー先生が近寄って来て私の前に立つ。

 頭にゆっくり手を伸ばして、撫でられるのかなと思っていたら。


「イタッ!」


 オスカー先生の手刀が頭に落ちた。


「油断大敵です! 調子に乗るのがあなたの悪い癖です。明日、あなたが戦うのは帝国騎士ですよ、気を引き締めなさい!」


 意気込んだだけなのに。

 怒られて痛いけど、私は顔が緩んでしまった。


「どうして笑っているのですか?」

「オスカー先生に怒られるのが久しぶりだなと思いまして」

「まったく、フレイヤは……」


 オスカー先生が拳を差し出す。


「フレイヤの勝利を信じています」

「絶対に勝ちます!」


 私はオスカー先生と拳を合わせて言った。



 ◇◇◇



 今日の夕食は肉料理が多くて豪華だ。


「明日は頑張ってもらいたいから豪華にしてもらったのよ。フレイヤ、あなたに任せっきりで悪いわね。私は役立たずだったわ」

「そんなことありません。お母様はいつも夜遅くまで仕事をされています」

「気がついていたのね……」


 お母様はやつれた。疲れが溜まっているのもあるかもしれないけど、白髪が目立つようになった。食事の量も減っている。

 私が勝てば、お母様も少しは元気になるかもしれない。


「お母様、イリアもお仕事を手伝います」


 イリアの提案にお母様は首を横に振る。


「イリアはガリア語を完璧にしないといけないでしょう。もう直ぐ留学するんだから。仕事はへドリックに手伝ってもらうから大丈夫よ」

「私は手伝えますか?」


 お母様は誤魔化すように微笑んで言う。


「フレイヤはそのうちね。それよりも、二人に話があるの」


 私とイリアは食事の手を止めてお母様の話に耳を傾ける。


「明日が終わったら、ラヒーノとマルクスが埋葬されている教会に行きましょう」


 私はラヒーノに行ったことがあるけど、イリアは行ったことがない。

 お父様が埋葬されている教会は帝都から八日ほど掛かるってクラウディオ団長が言っていた。

 お父様に話したいことが沢山ある。お母様とイリアも私と同じだと思う。


「私、行きたいです!」

「イリアもです!」

「そう、分かったわ。皆で行きましょう」


 お母様が優しい笑みを浮かべて言った。



 ◇◇◇



 今日は桶ではなくお風呂に入らせてもらった。

 自室に戻ってシオンに言う。


「気持ち良かったよ。シオンも一緒に入れば良かったのに。私の背中を流したら直ぐに出るんだから」

「フレイヤ様が寝た後に入らせていただきます」


 シオンの表情が固い。不思議に思って、シオンの頬を指でつんつんと突く。


「表情が固いから和むかなと思って」

「和みません」

「…… 私のことが心配?」


 シオンが目に涙を浮かべて言う。


「心配に決まっています。フレイヤ様が帝国騎士と戦うことになるなんて」

「私が強いのは知ってるでしょ。心配しないで。元気に帰って来るから」

「当たり前です。元気に帰って来なかったら怒りますから」

「シオンに怒られるのは困るよ。約束する、元気に帰って来るね」


 私が寝るまでシオンはずっと側にいてくれた。









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