第67話 急進勢力の目的


「初めまして、ルーデンマイヤー伯爵夫人。訪問を許していただき感謝します」

「こちらこそありがとうございます。本来なら私たちが訪ねるべきでしたのに。どうぞお入りください」


 カルバーン侯爵が来訪し、私とお母様は一緒に出迎えた。

 オリアナがいるかなと思ったけど、カルバーン侯爵一人だ。せっかく青のドレスを着たのに。


「娘は来ないよ。お茶会を開いている最中なんだ。君に会いたいと強く言っていたよ」

「そうですか、私もオリアナ様と会いたかったです。侯爵様、お越しいただき感謝します」


 カルバーン侯爵を客間に案内して座ってもらう。

 今日の訪問の理由は三日後の件だ。


「夫人、フレイヤ嬢、マルクス伯爵が亡くなったこと、お悔やみ申し上げる。まさかあいつほどの騎士が亡くなるとは思わなかった」


 カルバーン侯爵は第十二騎士団の騎士だった。お父様の先輩に当たる方だ。悲しんでくれているのが私にも伝わる。


「お言葉ありがとうございます。侯爵様にそう言っていただき、マルクスも嬉しいはずです」


 カルバーン侯爵がお母様と私を交互に見て言う。


「今日伺った理由は三日後の件もそうですが、フレイヤ嬢に話があったからです」

「フレイヤにですか、分かりました。フレイヤと話をされる時は席を外します」

「感謝します。まず三日後の件ですが、フレイヤ嬢と戦う相手が決まりました。相手は三人。一人ずつ戦います」


 私はカルバーン侯爵に質問する。


「どんな相手なのですか?」

「一人目が第五騎士団の若い騎士。帝国騎士の標準的な強さだ」


 標準的な強さの相手は問題ない。勝てるはずだ。


「二人目は第四騎士団の中堅騎士。とても素早いと聞いている。当然、標準よりは上の強さだ」

「最後の三人目を教えてください」

「三人目は第三騎士団の五番手。正直、かなり強い」

「分かりました、ありがとうございます」


 カルバーン侯爵がじっと私を見てくる。

 どうしたんだろう?


「私の顔に何か付いていますか?」


 カルバーン侯爵が小さく笑う。


「もう心の準備はできているようだ。なるほど、娘が君に興味を持つのが分かる」


 意味が分からなくて、私は首を傾げた。


「夫人も既に覚悟をされているようですね、お強い方だ」

「侯爵様、一つ質問宜しいでしょうか?」

「何でしょう、夫人」

「フレイヤはいつ騎士になるのでしょうか? 直ぐなのでしょうか?」

「…… 安心してください、直ぐではありません。フレイヤ嬢が十五歳になってからです。戦力になるのであれば、本営は直ぐにと考えていましたが、皇后陛下の強い願いがあって変更となりました」

「それは…… 良かったです。本当に」


 お母様がほっとしているようだった。

 私もほっとしている。いつ魔獣討伐に行けと命令されるのか気掛かりだった。

 できれば、十五歳までは帝都にいたいと思っていたから。皇后陛下、ありがとうございます。


「夫人、席を外していただけるでしょうか?」

「分かりました。フレイヤ、侯爵様に失礼がないようにね」

「はい」


 お母様が客間から退出し、私とカルバーン侯爵だけになる。

 私に話したいことって何だろう?



 ◇◇◇



 カルバーン侯爵が私を見つめて言う。


「フレイヤ嬢、君は私たち急進勢力をどう思っている? 正直に思っていることを言って欲しい」

「…… 皇帝派の中で保守勢力と権力争いをしている勢力でしょうか」


 自分で言って恥ずかしくなった。私は何も知らない。


「申し訳ございません。正直、知りません」


 カルバーン侯爵が微笑んで言う。


「構わないよ。私たちは同盟を組むことになったからね、今から知って欲しい」

「はい」

「急進勢力は憲法を作りたいと考えているんだ」

「けんぽう?」


 何だろう、それは。皇帝派保守勢力を倒すための武器だろうか?


「簡単に言うと、法律よりも格上の決まりが憲法だよ。人ではなく国全体を制限する決まりだ」

「国全体をですか?」


 法律は場所や身分によって違う。

 帝都であれば帝都法があり、貴族であれば貴族法、平民であれば平民法がある。

 オスカー先生に教えてもらったから間違いないはずだ。国全体を対象にする決まりなんて聞いたことがない。


「そうだよ、国全体だ。当然、憲法の対象は皇帝陛下もだ」


 カルバーン侯爵はそのまま話を続ける。


「憲法が存在する中央大陸の国は神聖ヴィスト帝国、ヨマーニ共和国、メッチェ海洋連合国だ。南大陸ではウォーレ自由都市国とガリア連邦共和国が――」

「ま、待ってください!」


 私は思わず口を挟んでしまった。


「何か分からないことがあったかい?」

「侯爵様は皇帝陛下もと仰いませんでしたか?」

「ああ、言ったよ。私たちの考える憲法は皇帝陛下や貴族の権力を制限する」

「そんなこと……」

「できるわけないかい? でも、それをしようと考えているのが私たち急進勢力だよ」


 皇帝の権力を制限する。

 それが憲法。私の頭では正確に理解できないけど、凄いことなのは分かった。

 ん? 待って、この話って私にして良いことなの?


「侯爵様、どうしてこの話を私に?」


 カルバーン侯爵が意味ありげに笑って言う。


「娘と同じで、私も君に興味があるんだよ」


 ゾワッとして体が固まる。カルバーン侯爵家の家紋セルメイスを思い出した。


「安心して欲しい。変な意味ではないよ、私には妻がいるからね」


 私はほっとして胸を撫で下ろす。

 オリアナと同じと言ったから、かなり焦った。


「フレイヤ嬢、君は人を惹きつける不思議な魅力がある」

「魅力ですか? 私にそんなものはありませんよ」


 カルバーン侯爵が首を横に振って言う。


「君の後ろ楯は皇后陛下だ」

「別に後ろ楯では」

「今まで皇后陛下は政治に口を出したことがなかった。保守勢力も皇后陛下が力を貸したことで君を怪しんでいるだろう」

「でも、それはダニエラお母様と――」


 カルバーン侯爵が私を無視して言葉を続ける。


「君の交友関係も有力者の子息令嬢ばかりだ。エイルハイド公爵令嬢のアンジェリーナ嬢、ヴェルナフロ侯爵の子息レオンハルト君、更に聖女ソフィア。そして、私とオリアナだ」


 私は偶然だと思っているけど、確かに有力者だらけだ。


「それに、同盟を組むんだ。腹の中を見せるのが礼儀だろう?」

「はあ…… あの、質問宜しいですか?」

「構わないよ」

「私は政治や派閥関係に詳しくないので訊きたいのですが、急進勢力と貴族派が協力したら、色々とできることが増えるのではありませんか?」

「…… それは難しい。フレイヤ嬢はアンジェリーナ嬢以外の貴族派を知っているだろうか?」


 そう言えば、会ったことがないかも。


「知りません」

「皇帝派に負けず劣らずの酷い貴族ばかりだ。エイルハイド公爵とアンジェリーナ嬢の力があって貴族派はまとまっている。だから、私たちと貴族派が現状組むことは考えられない」

「そうですか」


 残念だ。貴族派と急進勢力が協力できたら何か変わる気がするのに。

 でも、私が間を取り持つことで、もしかしたら……


 カルバーン侯爵が私に手を差し出す。


「三日後の模擬戦闘、期待している。頑張ってくれ」

「はい、頑張ります」


 私はカルバーン侯爵と握手を交わした。











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