第66話 赤髪の騎士


「お姉様、本当にイリアも来て良かったのでしょうか?」

「大丈夫だよ。手紙にそう書いてあったんだから。皇女殿下がイリアに会いたいんだと思う」

「そうですか……」


 イリアの緊張が私にも伝わってくる。

 今私たちは皇后陛下の離宮にいた。来たのは二回目だけど、私も緊張している。


 オリアナと話をして三日後に皇后陛下からの手紙が届いた。

 もう少し時間が掛かると思っていたけど、カルバーン侯爵が早急に話を進めてくれたようだ。本当に感謝しかない。


「こちらへどうぞ」


 メイドに案内された場所は前回と同じく離宮の庭だった。

 テーブルが二つ離して置かれていて、片方は大きく、もう片方は少し小さい。

 皇后陛下とリーゼ様が大きいテーブルの椅子に座って私たちを待っていた。

 周りにはメイドが一人しかいない。配慮してくれたんだと思う。


 私はドレスの裾を摘まんで皇后陛下に挨拶をする。


「本日はお時間を取っていただきありがとうございます」

「招待状を出したのは私ですから、時間を取ってもらったのは私ですよ。こちらの可愛い女の子がフレイヤの妹ですね」

「はい」


 緊張しているイリアの背中を軽く叩いて言う。


「挨拶して」


 イリアがドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


「皇后陛下にご挨拶を申し上げます。私はルーデンマイヤー伯爵の娘、イリア・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「素敵な挨拶をありがとう」


 皇后陛下が優しく微笑んで言った。

 イリアの緊張が少し解けたように見える。


「フレイヤ、この子がイリアなのね」

「はい、リーゼ様」


 リーゼ様がニッコリと笑ってイリアの手を握る。


「あっちの席でお話をしましょう! イリアに会いたかったの! さあ、早く!」

「は、はい!」


 そのまま二人はもう一つのテーブルに行ってしまった。側にいたメイドも一緒について行き、このテーブルには私と皇后陛下だけになる。


「フレイヤ」


 皇后陛下が私の名前を呼ぶと、頭を下げた。


「皇后陛下!?」


 驚いて思わず声を上げた。


「今回の戦争に貢献したルーデンマイヤー伯爵への仕打ち、誠に申し訳ございません。心から謝罪します」

「皇后陛下……」


 そこまで私たちの気持ちを汲み取っていただけるなんて。とても嬉しかった。


「ありがとうございます、皇后陛下。どうか頭をお上げください」


 皇后陛下がゆっくりと頭を上げて言う。


「カルバーン侯爵から聞きました。私から口添えすることはできると思います。ですが、大丈夫ですか? フレイヤが代わりに戦うと聞きましたが」


 皇后陛下が心配するような表情で私を見つめた。


「帝国騎士と勝負できる自信があります。それに、絶対に負けられません」

「…… そうですね。あなたはあのダニエラの娘でした。心配は不要でしたね」

「ご心配ありがとうございます」


 皇后陛下がイリアたちを見て言う。


「あら? すっかり仲良くなったみたいですね。あんなに楽しそうなリーゼを初めて見ました」


 二人の会話から難しい単語が聞こえるけど、私には何一つ意味が分からない。

 楽しそうにしているなら、何でも良いよね。


「仲の良い友だちになれそうですね」

「はい、イリアも楽しそうです」


 突然、嫌な気配がしてその方向を向く。


「母上、その女は誰ですか? あー、でも、どこかで見たことがありますね」

「カイル、急に何ですか? 今日は来ないように言ったはずです」

「そう言われると気になりまして」


 私はカイルの後ろの男を見ていた。

 嫌な気配を感じたのはその赤髪の騎士からだ。忘れるわけがない。

 


 腰に手を伸ばして剣がないことに気がつく。


「皇太子殿下、失礼」


 赤髪の騎士がカイルを庇うように立つ。


「ヴォルフ、どうした?」


 赤髪の騎士の名前はヴォルフと言うのか。間違いなく強い。


「フレイヤ?」


 皇后陛下の声ではっとして、私は殺気を押さえ込む。

 我慢しろ、私のすべきことは他にある。

 ここで全てを台無しにしちゃいけない。落ち着くのよ、私。


「フレイヤ、大丈夫ですか?」

「…… ちょっと疲れが出たみたいです」

「そうですか。では、お開きにしましょう」

「俺が来たのにもうお開きにするのですか? おい、お前、もう少しいろよ」


 カイルが私に言った。


「失礼です、お下がりなさい!」

「何が失礼ですか、俺は皇太子ですよ。礼を失しているのはこの女でしょう。おい、お前、俺に挨拶をしろよ」


 直ぐに立ち去りたいけど、厄介なことになるのは避けたい。

 私はドレスの裾を摘まんでカイルに挨拶をする。


「皇太子殿下にご挨拶を申し上げます。私はルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」


 カイルは思い出したように言う。


「ルーデンマイヤー? あー、お前の父か。今回の戦争で我が帝国に泥を塗った愚か者は」

「恐れながら、父は帝国を守るために戦いました」

「帝国を守る? 馬鹿なのか、お前は。伯爵、しかも、貧乏貴族ごときの命で帝国の役に立ったと思うな」


 私はカイルを睨む。


「何だ! その目は! 無礼だぞ!」


 ふざけるな! お前が皇太子じゃなかったら、殴り倒している。

 私たちを守るために戦ったお父様を侮辱するな。お前は安全な場所にいたくせに。どうしてこんな奴が皇太子なの?


「カイル! 下がりなさい!」


 皇后陛下が怒鳴った。


「そんなに怒らなくても。分かりましたよ、下がります。おい、ヴォルフ、行くぞ!」


 ヴォルフは最後まで私を警戒しながらカイルと共に去った。


「フレイヤ、申し訳ございません。私の愚息が失礼なことを申しました」

「いえ、皇后陛下のせいでは……」


 皇后陛下に謝罪されても私の怒りはおさまらなかった。お父様を侮辱されて許せるわけがない。


「皇后陛下、口添えの件、どうかよろしくお願い致します」

「必ずします」


 私はドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


「皇后陛下、失礼致します」

「フレイヤ…… はい」


 何か仰りたいようだったけど、私は気にせずにこの場から離れた。


 呼ぶ前に、イリアがさっと近寄って来て、私と手を繋ぐ。


「イリア?」

「早く帰りましょう、お姉様」

「うん」


 私たちは一緒に皇后陛下の宮を後にした。



 ◇◇◇



 帝城からの帰り道、馬車に揺られながら窓の外を見ていた。

 私は落ち着かなくて気持ちを整理する。


 赤髪の騎士に会うなんて思わなかった。

 名前はヴォルフ。カイルの護衛をしているということは近衛騎士だろうか?

 あの時、剣がなくて良かった。襲っていたかもしれない。

 多分、今の私では勝てない。私が殺気を向けた時、とてつもない迫力を感じた。

 それに、あいつはまだアンジェ様を傷つけていない。憎しみに囚われるな。今の私には他にすべきことがある。


 だけど、カイルは許せない。お父様を侮辱した。

 あんな奴がアンジェ様と結婚して皇帝になるなんて最悪過ぎる。お父様の守ったこの国のこれからがとても心配だ。アンジェ様を守ることだけ考えていたけど……


「お姉様、お姉様」

「呼んだ?」

「はい、何度も呼びました。難しい顔をされていましたので」


 私は大きな笑みを作って言う。


「難しい顔なんてしていないよ。この笑顔を見て」

「お姉様、それは作り笑いと言うんです」

「イリアは本当に賢いね。そうだ、リーゼ様とは仲良くなれた?」

「はい、友だちになりました」

「どんな話をしたの?」


 イリアが目を輝かせて言う。


「進化について語り合いました!」

「は?」

「リーゼ様って素敵な考えの持ち主なんです。生物って色んな器官が発達していますが、特定の器官を使い続ければ、その器官は発達して、逆に――」


 まだ続きそうだったので、私は急いで口を挟む。


「あー、分かった、分かった。楽しかったんだね」

「えー、最後までイリアの話を聞いて欲しいです。ここからが良いところなのに」

「もう着くから!」


 馬車が屋敷に着くと、私は直ぐにイリアから逃げ出した。







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