第65話 オリアナの条件


「フレイヤ、あなたはそんなことをしなくてもいいのに」


 オリアナ様から手紙が届いて明日行くことになった。

 お母様にその理由を説明している。


「私はお父様からこの家を守るように託されました。次のルーデンマイヤー伯爵は私です。何としても守りたいんです」

「フレイヤ…… 分かったわ。でも、無茶な要求をされたら断りなさい。私も何とか頑張ってみるから」


 お母様は疲れている。倒れないか心配だ。協力してくれそうな貴族のもとに毎日足を運んでいるけど、協力してくれる貴族はまだいない。

 先日は領地のラヒーノまで行って、領民の代表者たちにお父様が亡くなったことを説明した。

 できれば、一日だけでも休んで欲しい。


「お母様、一日だけでも休みませんか? ずっと忙しくされています」

「休む暇なんてないわ。約束の二週間まで後十日しかないの。最悪の場合も考えておかないと……」

「お母様……」


 お母様の部屋のドアがノックされる。

 私たちは話すのを止めた。


「イリアです。入っても良いですか?」

「どうぞ、入って来て」


 お母様が答えた。


 ドアが開いてイリアが入って来る。

 私を見て、申し訳なさそうに言う。


「お話の邪魔をしてしまいましたか?」

「そんなことないわ。どうしたの?」


 何だか言いにくそうに見えた。緊張してる?


「イリアのお話って私がいても大丈夫なの?」

「はい、お姉様にも聞いて欲しいです」

「じゃあ、お茶にしましょう。シオンにお茶を頼んで来ます!」


 私は返事を待たずに部屋を出ると、廊下に控えていたシオンに言う。


「三人分のお茶を用意してくれる?」

「承知致しました。フレイヤ様、嬉しそうですね」

「家族揃って一緒にいるのは久しぶりだからね」


 部屋に戻ると、シオンが直ぐにお茶を持って来てくれた。


「「「シオン、ありがとう」」」


 私たちの声が重なった。目を見合わせて声を出して笑う。

 こんな時間が長い間なかったので、嬉しく思う。

 私たちを見て、シオンも微笑んでいた。


 シオンが退出すると、イリアが口を開く。


「イリアはガリア連邦へ留学しても良いのでしょうか?」

「もちろんよ。マルクスのお父様が残した遺産があるから問題ないわ」


 イリアが少し俯きながら言う。


「お父様の手紙を読みました」

「何て書いてあったの?」


 お母様が優しく訊いた。


「自分の道を進みなさいって書いてありました」


 私も迷うことはないと思う。留学するべきだ。お母様は何て言うんだろう?


「私はイリアがどうしたいかだと思うの。イリアはガリア連邦に留学したいのよね?」

「はい、そうです」

「もしかして、私たちのことが心配?」

「…… はい」


 イリアにはこの家が抱えている問題を何も伝えていない。

 多分、お母様が忙しくしている様子を見て何かを察している。イリアは賢い子だから。


 私はイリアを心配させないために明るく言う。


「私に任せて! お母様のことは私が支えるから!」

「お姉様のことが一番心配です」

「私なの!?」


 すると、お母様がクスクス笑って言う。


「安心して。フレイヤのことは私が支えるわ」

「え、お母様まで」

「それなら安心です」

「イリア、酷いよ」


 皆で楽しく笑う。こんなに笑ったのは久しぶりだ。

 イリアの笑顔が見れて本当に嬉しい。ずっと塞ぎ込んでいたから。


 笑いがおさまると、イリアが真剣な表情になって言う。


「お母様、お姉様、イリアはガリア連邦で色んなことを学びたいです」

「頑張りなさい、応援するわ。マルクスも喜ぶはずよ」

「私もイリアを応援するから」


 私たちはもう少しだけ歓談した。

 お母様とイリアの楽しく話す姿を見て、この家を守りたいと改めて強く思った。



 ◇◇◇



 メイドの案内で客間に通される。


「こちらでお待ちください」


 高そうな椅子に座らせてもらってオリアナ様を待つ。

 領地ではなくて帝都の屋敷にオリアナ様がいて良かった。


 ドアからコンコンと音がして、オリアナ様が入って来る。私は立ち上がった。


「ようこそ、フレイヤ。お待ちしていましたわ」


 艶のあるオレンジ色の髪が良く目立っていてとても綺麗だ。

 前回お会いした時にあんなことがあったけど、オリアナ様はニッコリと笑っている。


 私は青のドレスを摘まんで挨拶をする。


「オリアナ様、本日はお時間を取っていただきありがとうございます」

「青のドレスを着てくれたんですね。やはり良くお似合いですわ」


 オリアナ様から会う条件として青のドレスを着るように指示されていた。


「ですが、どうして言葉遣いが元に戻っているのでしょうか?」


 オリアナ様は全く笑顔を崩さない。


「もしかして、以前のことを気にされているのですか? わたくし、フレイヤには優しいんですよ。怒ってなんかいませんわ。だから、敬語と敬称はなしです。分かりましたか?」

「はい」


 オリアナ様…… オリアナに無言で見つめられる。


「分かったよ」

「それで良いのですわ。さあ、お座りになって」


 オリアナが手を叩くと、メイドがお茶とお菓子を持って来る。


「まずはお茶を飲んでください。お話はそれからにしましょう。お食べになってください」


 用意されたお菓子は楕円形のケーキ。ケーキの中には色んな果物が入っている。

 口に入れると、色んな果物の甘さと洋酒の香りを感じた。


「美味しい」

「良かったですわ! 最近、流行しているケーキなんです。フレイヤの喜ぶ顔を見れてわたくしも嬉しいですわ」


 オリアナが嬉しそうに笑った。無邪気な笑顔だ。怖がっているのが間違いだと思ってしまう。だけど、油断してはいけない。


 私は食べるのを止めて言う。


「オリアナ、実はお願いがあるの」

「お願いですか。フレイヤのお願いなら何でも叶えてあげたいのですが、皇帝派保守勢力たちとの問題に関することですよね?」


 オリアナは既に知っていた。

 私たちが何を要求されているのかも知っているだろう。


「そうよ。でも、この問題を直接解決して欲しいわけじゃない。皇后陛下と私が会う時間を作って欲しいの」

「皇后陛下と? そう言えば、。皇后陛下とどのようなご関係なのですか?」


 やっぱり知っていた。まだ私のことを監視しているみたい。そのことは指摘せずに、私は皇后陛下とダニエラお母様の関係を話した。


「そうなのですね。皇后陛下に協力をしてもらうことはできると思いますが、皇帝陛下のご裁可をくつがえすことはできませんわ」


 私は思わず声を上げる。


「どうして!?」

「間違いを認めることに繋がるからですわ。皇帝陛下は絶対不可侵の存在。皇帝陛下に間違いを指摘することは皇后陛下であっても罰せられます」


 皇帝ゴットハルトが絶対不可侵? あいつは間違いだらけじゃない!


「フレイヤ、仰りたいことは分かります。これが今の国の形です。ですが、今思っていることを口に出してはいけませんわ。誰が聞いているか分かりません」


 それはお母様に強く言われたことだから良く理解している。皇帝の裁可が変わらないんだったら、結局、何もできない……


「本営は強い騎士を欲していますわ。フレイヤのお母様がちょうど良いと思ったはずです」

「そんなこと分かってる。だけど、お母様は戦えない」

「では、フレイヤが戦えば良いのではないですか?」


 そうか、 確かに私なら戦うことができる。


「でも、ご裁可は覆らないって」

「全てと言ったはずですわ。本営が欲しいのは魔獣と戦える強い騎士です。本営の幹部から直接聞いたので間違いないですわ。フレイヤのお母様が欲しいわけではありません。皇后陛下の口添えと当家が交渉すれば、フレイヤが代わりに戦うことはできるでしょう。もちろん、フレイヤが帝国騎士との模擬戦闘で勝つ必要はございます。非公式に皇后陛下と会うつもりですよね、当家が手配致しましょう。本営との交渉も当家が致します。フレイヤはどうされますか?」


 少し迷った。

 元々、そのつもりで来たけど、このまま頼めば、カルバーン侯爵とオリアナにとても大きい借りを作ることになってしまう。だけど、私は……


「お願いします。私たちを助けてください」


 私は深く頭を下げて言った。


「承知しました。カルバーン侯爵家がルーデンマイヤー伯爵家を助けます。ですが、二つ条件がありますわ」


 やっぱり条件がある。

 アンジェ様との関係を絶って味方になれとか言われるのかな? そう言われたら、私は依頼を止める。


「当家と友好的な関係を築いてください。どんなことがあっても変わらない強固な友好関係です。同盟と言っても差し支えないですわ」

「その同盟は私たちの自由が制限されるの?」

「いいえ、単なる友好的な同盟です。エイルハイド公爵家と仲良くしていただいても構いませんわ」


 アンジェ様との関係を続けても良いのか。私は安心する。

 でも、それって、カルバーン侯爵家に何か利益があるのかな? ううん、今はそんなことどうでもいい。

 

「不平等な同盟でなければ受けるわ」

「もちろんです。相互に公平で友好的な関係です。何かあれば助け合う関係ですわ」

「分かったわ。もう一つを教えて?」

「もう一つはわたくしのことを嫌わないで欲しいのです」

「え?」


 私は首を傾げた。

 怖いだけで別に嫌ってはない。もう一つの条件がそれで良いの?


「嫌ってはないわよ。少し驚いたりすることがあるだけで」

わたくし、他の人と違うのは分かっていますわ。でも、フレイヤと友だちになりたいのは本当で」


 オリアナは変わっているけど、私たちのために色々としてくれている。

 カルバーン侯爵家にとって私たちの問題は無視しても問題ない。多分、オリアナがカルバーン侯爵を説得してくれた。

 私がオリアナに歩み寄るべきだよね。


「ありがとう。その気持ちは嬉しいよ。これからオリアナと仲良くするから」

「本当ですか!?」


 オリアナが輝くような笑顔を見せた。

 本当に嬉しそうだ。


 私と仲良くしていたら、アンジェ様とも仲良くしてくれるかもしれない。派閥が違って権力を争う関係だけど、私の友だち同士が争うのは嫌だ。


「本当よ。これから仲良くしましょう」


 私はオリアナと握手を交わした。


















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