第64話 模擬戦闘の知らせ
あの日からイリアはずっと自室で塞ぎ込んでいた。
私はイリアに声を掛ける。
「イリア、外に出てみない?」
「行きません。お姉様一人で行ってきたらどうですか?」
「じゃあ、私もここにいるね」
壁に
イリアの手を優しく握る。イリアは何も反応してくれない。
机を見ると、まだ開かれていないお父様の手紙が置いてあった。私と同じで読んでいないみたいだ。
「お父様の手紙、読んでないの?」
「読んでません。読みたくないです」
「どうして? お父様が書いた手紙だよ」
「それでもです。手紙を読んだら、お父様が死んだことを認めてしまう気がして。お姉様は読んだのですか?」
「私は読んじゃったよ。お父様らしくて嬉しくなる手紙だった。イリアが読める時に読んだら良いと思う。だから、辛くなったら辛くなったって私に言って。ぎゅっとするし、側にいるから」
「お姉様……」
イリアが肩を寄せてきたので、私は優しく頭を撫でる。
ドアがコンコンと鳴った。
「フレイヤ様、
シオンだ。何か用かな?
私はドアを開けてシオンを入れる。
「どうしたの?」
「ロゼリーア様がいらっしゃいました」
「ロゼが!?」
「はい、客間にお通ししています」
ロゼに会いたいけど、今はイリアの側にもいたい。どうしよう?
「お姉様、行って来てください。イリアは大丈夫ですから。シオンと一緒にいます」
「本当に?」
「はい」
イリアは確り頷いて言った。
「シオン、イリアの側にいてあげて」
「承知致しました」
私はロゼが待つ客間に向かった。
◇◇◇
客間に入ると、ロゼが飛び込んできて私を抱き締める。
「フレイヤ、大丈夫ですか? とても心配だったんです!」
「ありがとう、来てくれて。とても嬉しい」
「来るのは当然です。大切なお友達ですから。アンジェ様も心配していて本当は来たかったんですけど」
「うん、分かってる。それで、いつまで抱きついているの?」
「ごめんなさい。直ぐに退きますから」
ロゼがバッと離れた。
恥ずかしそうに顔を赤くしている。もう少し抱きついてくれていても良かったのに。
私たちはようやく席に着く。
お互いに視線が合うと、ロゼが首を小さく傾げて微笑む。可愛いのは相変わらずだ。
男爵のもとにいた時は
ロゼが悲しい表情になって何かを言おうとしているので、私は先に口を開く。
「悲しい挨拶とかはいらないからね。今も悲しい気持ちで一杯だけど、私は上を向いていたいの。お父様にそう言われたわ。せっかくなら、ロゼとアンジェ様の話を聞きたい」
「私とアンジェ様のお話ですか?」
「うん」
しんみりとした雰囲気になると、また下を向いてしまう気がする。明るい話をしたい。
「…… そうですね、分かりました。アンジェ様は相変わらずお忙しくされています。お茶会にご出席したり、領内を見回ったり、いつも動かれています」
「そっか、やっぱり忙しいのね。ロゼは公爵領での暮らしは楽しい?」
「はい。とっても楽しいです!」
ロゼが幸せそうに笑った。
ロゼの幸せが私にも伝った気がする。
色んな話をしてくれた。
公爵領の人たちと仲良くなったことやロゼのお母様が元気になりつつあること。
アンジェ様の恋を応援していること、ロゼにも気になる人がいること。
沢山話させて本当に楽しい時間だった。
帰る時間になると、ロゼが真剣な表情になって言う。
「アンジェ様から伝言があります」
「アンジェ様から? 教えて」
「お父様が亡くなったことを悲しく思っています。言ってくだされば、何でも力になります。何かすべきことがあるのなら、私のことは気にせずに突き進みなさい。何があっても、私とあなたは生涯の友です」
ロゼが突然来たから分かっていた。アンジェ様は私たちの状況を全て知ってくれている。何でも力になるって言ってくれたけど、ルーデンマイヤー家の危機にアンジェ様をやっぱり巻き込むことはできない。
「ありがとうございます、と伝えてくれる?」
「もちろんです。…… フレイヤ」
「ん?」
ロゼが近寄って私を抱き締める。
「私にも何かあれば言ってください。アンジェ様のような力はありませんが、フレイヤのためなら何でもできます。いつでもフレイヤのことを想っていますから」
「うん、ありがとう」
ぎゅっと抱き締め返した。
私にはこんなにも優しくて温かい友だちがいる。とても心強い。
外まで見送らなくてもいいって言われたけど、ロゼと一緒に外へ出る。
「ねぇ、ロゼ。あの騎士の方がロゼの気になっている人?」
「ど、どうしですかぁ!?」
「驚き過ぎ。だから、見送りを断ろうとしたんだね」
「うー、そうです」
ロゼが真っ赤になっていた。でも、嬉しそう。
「挨拶しようか?」
「いいです、いいです! フレイヤはここにいてください」
「そっか、残念。今日は来てくれてありがとう。本当に嬉しかった」
「また会いに来ますから。元気でいてください」
ロゼの馬車が見えなくなるまで私は見送った。
屋敷に戻ろうとしたら、煌びやかな馬車が敷地に勢い良く入って来る。
馬車から降りたのは騎士? 騎士服を来ているけど、太った体型で服が張り裂けそうになっている。しかも、騎士なのに剣を持っていない。何者だろう?
「本営の使いで来た。ルーデンマイヤー伯爵夫人はご在宅か?」
本営と聞いて警戒する。私たちに酷いことをしている奴らだ。
「…… いえ、お母様は出掛けております」
「お母様?」
私はドレスの裾を摘まんで挨拶をする。
「失礼しました。私はルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」
「そうか、娘ならばちょうど良い。夫人を待つ手間が省けた。本営からの言葉を伝える。二週間後、伯爵夫人は騎士団本営に出頭し、騎士との模擬戦闘を行う」
「二週間後、模擬戦闘……」
「そうだ。必ず伝えろ」
使いの男が馬車に戻ろうとするので、私は引き留める。
「待ってください。どうして模擬戦闘を?」
「そんなこと決まっている。力を確認するためだ。騎士にさせても直ぐに死んでしまっては意味がないからな。分かっているとは思うが、この模擬戦闘で騎士に負ければ、あの条件もなかったことになる」
使いの男が乗った馬車は去って行った。
「これ、一ヶ月が二週間になったってことだよね」
模擬戦闘してもお母様は戦えないよ?
あの人、言ってた。負けたら条件がなくなるって。
爵位が取られたら、領地もなくなる。皆に給金を払えないし、領民にも迷惑を掛ける。
「あー、もう!」
私は頭をガシガシと掻いた。
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