第63話 私が頑張らなくてどうするの!


 お父様の死を知ってから三日が過ぎた。

 その間に何かがあったみたいでお母様は色々と忙しくている。


 今、私は敷地で木剣を振っていた。朝からずっと振っている。木剣を振っていれば、色んなことを考えずに済む。


「フレイヤ様! 木剣を振るのはいい加減お止めください!」


 シオンの言葉は聞こえたけど、私は無視する。

 振った回数を忘れそうになった。シオンのせいだ。ええっと、次は一万一〇一四回だったと思う。


 木剣を振り下ろそうとした時、目の前にシオンが現れた。

 急いで木剣を止める。もう少しでシオンに当たりそうだった。


「急に出て来ないで!」

「失礼します」


 バチン! と音が鳴って頬がヒリヒリする。

 シオンに叩かれた。

 ムッとしてシオンを見ると、シオンが泣いている。どうしてシオンが泣いているの?


「もうお止めください! あの日の翌日から木剣を毎日振り続けています。自分を傷つけないでください!」


 そんなに怒らないでよ。私は何も考えたくないだけで。


「イタッ」


 両手を見ると、マメが潰れて真っ赤になっていた。これでは木剣を振ることができない。


「屋敷に戻って手当てをしましょう。良いですね!」

「分かったよ」


 屋敷に戻って手当てをしてもらっていると、お母様が心配そうな表情で私に話し掛ける。


「その手、大丈夫なの?」

「包帯を巻いてもらったので大丈夫です。慣れていますから」

「本当に?」

「本当ですよ」

「それなら良いんだけど。今から私の部屋に来てくれる? 話したいことがあるの」

「分かりました」


 私だけお母様の部屋に行くことになった。シオンはイリアの側にいる。

 お母様の部屋にはリエッタもいない。本当に私と二人だけで話したいことのようだ。


「フレイヤも大変だと思うけど、この家に関わることなの。聞いてくれるかしら?」

「はい」

「結論から先に言うわ。ルーデンマイヤー家は爵位を剥奪されるかもしれない」


 予想外の内容で私は言葉が出て来ない。

 爵位が剥奪? どうして?


 お母様が話を続ける。


「理由は戦争責任よ。多大な犠牲を出してしまったから誰かが責任を取らないといけないの」

「そんな! お父様は必死に戦いました。必死に戦ったからそれで…… それなのに酷いです!」

「分かってる。私だって分かってるの。でも、決まったことなのよ」

「…… じゃあ、どうなるのでしょうか?」

「一つだけ爵位を剥奪されずに済む条件を提示されたわ。私が騎士団に入って魔獣討伐をすることよ」

「そんなの無茶過ぎます! だって、お母様は戦えません」

「その通りよ、私はもう魔法が使えない。そのことを知らずに条件が出されたのよ。でも、安心して。助けてくれそうな貴族に働き掛けているわ。クラウディオ団長も中立派の貴族を中心に話をしてくれているから」

「私にも何かできることはありませんか?」

「その気持ちだけで嬉しいわ。今は私に任せて」


 お母様は疲れた顔で微笑んだ。



 ◇◇◇



 私は自室の椅子にぺたんと座った。


 どうすれば良いの?

 お母様に安心してと言われたけど、かなり状況は悪いんだと思う。悪くないんだったら、私に言う必要はない。どうしてこんなことに……


「お父様がいなくなるなんて。私はまた大切な人を」


 アンジェ様を守るために強くなりたいと思った。

 だけど、また大切な人を失って、私は……


 机に置いてあるまだ一度も開いていないお父様の手紙がふと目に入った。私は手紙を手に取って読み始める。


『やあ、フレイヤ。

 この手紙を開けたということは僕は死んでしまったんだね。

 悲しませていることを謝るよ、ごめん。

 でも、君は悲しんで下を向き続けてはいけない。

 僕が死んだということは、次のルーデンマイヤー伯爵は君だ。

 だから、僕の代わりにルーデンマイヤー家を守って欲しい。フレイヤならできるよ。

 なぜなら、僕の大切な愛しい娘だからね。

 娘のことは何があっても信じれるんだ。それが親というものだよ。

 フレイヤ、君には君を愛してくれる人や心配してくれる人、友だちがいる。

 僕もその一人だし、周りには君を助けてくれる沢山の人がいる。

 どうしても辛くなったら、頼っても良いと思うよ。

 でも、僕が死んだ悲しみなら、フレイヤは一人で乗り越えられるはずさ。

 悲しんで下を向き続けるのはきっと楽だ。フレイヤは違うだろ?

 僕はいつも前向きで元気なフレイヤが大好きだよ。

 そろそろ上を向く時が来たんじゃないかな? だから、君にお願いをするよ。

 コルネリアが無理をしていたら、一緒に頑張って欲しい。イリアが悲しんでいたら、手を繋いであげて欲しい。

 フレイヤ、ルーデンマイヤー家を任せるよ。

 頑張れ、僕の愛する娘』


 読み終わると、顔を上げて頬が緩むのを感じる。不思議と涙は出てこなかった。

 お父様、私に期待し過ぎ。


「私、頑張るよ。まだ悲しくて辛いけど下は向かないようにする。お母様と一緒に頑張りたいけど…… あ!」


 お父様の手紙の一文、私を助けてくれる沢山の人。私にもいる!

 誰かに頼んでみよう。助けてくれるかもしれない。

 アンジェ様に頼ってみる? いけない、皇帝派と対立させることになってしまう。

 助けてって言ったら、無理してでも助けようとしてくれる。だから、駄目だ。

 皇帝派に顔が利いて力のある人。ソフィア様? ううん、それこそ良くない。話がややこしくなってしまう。

 もっと考えて、誰かいるはず。


「皇后陛下は?」


 困ったことがあれば助けになるって言っていた。

 でも、どうやって会うの? 皇后陛下に手紙を出すことなんてできないし。


「もしかして、オリアナ様なら……」


 カルバーン侯爵は急進勢力だけど、皇帝派の有力者。皇后陛下と会える機会を作れるかもしれない。

 でも、オリアナ様か…… 菊凛会のことを思い出してしまう。

 ううん、そんなこと言ってられない。ルーデンマイヤー家の危機よ。

 私が頑張らなくてどうするの!


 私は時間を取ってもらいたい旨の手紙をオリアナ様に送った。















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