幕間 本営の要求


 クラウディオはコルネリアにマルクスの死を伝えた後、帝城に向かった。

 帝国騎士団の上層部である本営に今回の戦争結果を正式に報告するためである。

 帝城の中を移動していると、クラウディオは貴族役人たちの嫌な視線に気がついた。

 その貴族役人たちから自分を侮辱ぶじょくするような声が聞こえる。


「帝国の恥さらし」

「敗北騎士が皇帝陛下の帝城を堂々と歩くな」

「これが同じ帝国貴族とは」


 クラウディオはこの貴族たちが皇帝派だと直ぐに分かった。


(くだらない奴らだな。くだらないが、死んだ仲間たちのことを思うと腹立たしい!)


 クラウディオは殺気を込めて皇帝派の貴族たちを睨んだ。震え上がっていたので、良い気味だと思った。


 帝城の別棟にある騎士団施設に着いた。

 近衛騎士と騎士団運営に関わる役人、騎士団本営がこの施設を利用している。各騎士団の基地とは違って豪華な造りだ。


 クラウディオがこの施設に入ると、若い騎士に話し掛けられる。


「失礼、ヴェルナフロ団長でしょうか?」

「そうだが、お前は?」

「案内役のウェルガーです。ついてきてください」


 ウェルガーは胸に手を当てる騎士礼もせずに不満そうな表情で言った。


「分かった。案内してくれ」


 クラウディオはどこの騎士だろうと思って、ウェルガーの肩についている団章を見る。


(あー、なるほど。第三騎士団か。団長が保守皇帝派だからな。この態度は納得だ)


 ウェルガーが荘厳な扉の前で止まった。


「こちらでお待ちください。本営の方々は直ぐに来ます」


 案内が終わると、ウェルガーは足早に去って行った。


 扉を開けて中に入ると、広い部屋で真ん中に椅子が一つある。その椅子を囲むように机と椅子がずらっと並べられていた。


「ここに座れってことか。本営の奴らに裁かれるみたいだ。まあ、罰はあるだろうな」


 今回の戦争で亡くなった者たちはとても多い。

 傭兵一万六五〇〇名のうち五〇〇〇名が死亡し、帝国騎士は三五〇〇名のうち一〇〇〇名が死亡した。戦争に参加した二万人の五分の一以上を失ったことになる。

 クラウディオは責任を感じ、罰を受ける覚悟をしていた。

 

(それにしても遅いな。いつになったら来るんだ?)


 すると、正面右側の扉が開いてぞろぞろと人が入って来る。

 クラウディオは立ち上がって右手を胸に当てて騎士礼をした。


「座れ、ヴェルナフロ団長」


 クラウディオに命令をしたのは帝国騎士団本営総長アウゲルク。帝国騎士団を統括する本営の最上位人物だ。お腹が丸々と出た体型で無精髭を生やしている。


(本営の奴らの殆どが同じ体型をしている。同じ騎士団なのに俺たちとは大きな違いだ)


 座ったクラウディオは報告を始める。


「今回の戦争について報告をさせていただきます」

「ヴェルナフロ団長、貴様は勘違いをしているようだ」

「勘違いとはどういう意味でしょうか?」

「戦争の結果は既に承知している。多大な犠牲を払ってアノーク軍を退けた。その通りだな?」

「はい」

「報告では帝国騎士一〇〇〇名を失ったと聞いている。間違いないか?」

「はい。ですが、正しくは傭兵五〇〇〇名も――」


 アウゲルクは声を張り上げる。


「傭兵などどうでもいい! あれはいくらでも調達することができる。民など余るほどいるのだ。だが、貴様たちは帝国騎士一〇〇〇名の命を失った。どれだけの損害が出たと思っている。帝国騎士が三五〇〇名もいて、どうしてこのような結果になった! 全く理解ができん」


 戦場に送った帝国騎士の数や雇い入れた傭兵の数は全て本営が決めた。

 帝国騎士への絶対的な自信、皇帝派騎士団長への贔屓ひいき、戦争に対する無計画さ、本営の責任を挙げればいくらでもある。本営はそれを全く理解していない。


「だが、勇敢にも自らの命で責任を取った者がいる。騎士団の面目は立った」


 アウゲルクの発言にクラウディオは驚く。


(自ら命を絶った? いったい誰が?)


「スコルド・フォン・バーゴヴィック伯爵が責任を感じて自死した。正に騎士らしい最期だ。彼の死で騎士団の面目は立ったが、これで責任問題が全て解決したわけではない。バーゴヴィック伯爵は男爵に降爵こうしゃくさせることが決まった。皇帝陛下のご裁可は既に受けている」


 クラウディオは耳を疑った。


(スコルドが自死? ありえない。敵前逃亡する奴だぞ)


 一つの推測が思い浮かぶ。


(こいつら、スコルドを殺したな)


 本営はスコルドとディルハイムを贔屓した。

 そのスコルドが敵前逃亡し、ディルハイムは戦死している。

 貴族派や皇帝派急進勢力に責任を追求される可能性を感じて、追求される前にその火種を抹消したのであろう。


 アウゲルクの言葉が更に続く。


「並びに、ディルハイム・フォン・シュネイ侯爵も男爵に降爵することが決まった。責任を取らせる相手はもう一名いる。安心しろ、貴様ではない」


 クラウディオは目を見開く。

 自分も何か罰があると覚悟していた。


(じゃあ、誰が? まさか!?)


 アウゲルクは淡々と言う。


「マルクス・フォン・ルーデンマイヤー伯爵の爵位を剥奪することが決まった」



 ◇◇◇



「それはおかしいでしょ。マルクスのおかげでアノーク軍を追い返すことができたんだ。爵位剥奪って、前の二人よりも酷いじゃないですか?」


 今まで黙っていた周りの者たちが一斉に声を上げる。


「貴様! 口を慎め! 皇帝陛下のご裁可が既に下っているのだぞ!」


 怒号が鳴り止まない。クラウディオを非難する強い言葉が続く。

 アウゲルクが小さく手を上げると、一瞬で静かになった。


「爵位剥奪については同情しないこともない。もう一度帝国のために騎士団の戦力となるならば、子爵への降爵で済ます話もある」


 クラウディオは首をひねる。


(戦力とはどういうことだ? フレイヤのことか? いや、違う。こいつらはあの子が強いことを知らない)


 アウゲルクはニヤリと笑って言う。


「ルーデンマイヤー伯爵夫人は魔法師としてかなりの実力者だったと聞く。この者が騎士となり、第二十騎士団で魔獣討伐の任に就くならば、子爵への降爵で済まそうと考えている」


 クラウディオは余りにも横暴な要求に反対する。


「ルーデンマイヤー伯爵夫人は魔法師を引退した方です。剣術の使えない方が騎士として戦えるはずがありません」

「そんなもの伯爵夫人に剣を持たせて魔法で戦わせれば良いだけだ」

「な!?」


 クラウディオは絶句した。


「この話を呑めないのであれば、ルーデンマイヤー伯爵の爵位は剥奪するしかなくなる。今から猶予は一ヶ月だ。ヴェルナフロ団長はルーデンマイヤー団長と仲良くしていたのであろう? ルーデンマイヤー伯爵夫人には貴様が伝えろ。以上だ」


 アウゲルクが退席すると、他の者たちも退席して、この部屋にはクラウディオだけになる。

 このまま呆然としそうになるが、クラウディオは立ち上がり、ルーデンマイヤーの屋敷へもう一度向かった。


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