幕間 コルネリアへの手紙


 コルネリアの自室でフレイヤとイリアが寝ていた。沢山泣いて疲れたようだ。

 コルネリアは二人の頭を撫でる。


(この子たちのために私がしっかりしないと)


 クラウディオは騎士団上層部へ報告に向かって、オスカーとパウラも別の用があって屋敷を去った。


(これから大変ね。不安しかないわ)


 リエッタが心配そうな表情で言う。


「コルネリア様、大丈夫ですか?」

「大丈夫とは言えないけど、もう泣き崩れたりしないわ。私がルーデンマイヤー家の長になったのだから」


 爵位を持つ者が亡くなった場合、長子が成人となるまで、その妻が全てを代わりに受け継ぐのが一般的である。そのため、コルネリアが伯爵の代理となり、ラヒーノの代理領主にもなった。


「使用人全員がコルネリア様に協力致します。何でも仰ってください」

「ありがとう、リエッタ。マルクスの執務室に行って来るわ。二人を見といてくれる?」

「承知致しました」


 コルネリアは自室を出ると、廊下にぽつんと佇むシオンがいた。


「シオン、どうしたの? フレイヤたちなら私の部屋で寝ているわ。きっと泣き疲れたのね。あなたは大丈夫?」

「私ですか?」


 何でもないような表情をしているが、シオンの目は赤く腫れている。


(あなたも沢山泣いてくれたのね)


 コルネリアはシオンを抱き締めた。


「コルネリア様!?」

「シオン、私はあなたを娘のように思っているわ。娘が悲しんでいたら抱き締めるのは当然よ。マルクスをいたんでくれているのね、ありがとう」

「いえ、私なんか。コルネリア様たちの方がお辛いです」


 コルネリアはシオンの両肩に手を置いて目を見つめながら言う。


「シオン、お願いがあるの。あなたはフレイヤとイリアにとって姉のような存在だわ。悲しんでいるあの子たちの側にいてあげて」

「承知致しました」

「頼むわね」


 コルネリアはシオンの頭を撫でると、執務室の方に向かった。


 コルネリアはマルクスの執務室に入って、マルクスがいつも座っていた椅子に座る。

 机が綺麗に整頓されていた。手で優しく机を触る。いつも書類で散らばっているが、マルクスは騎士として戦いに赴く時、必ず机を綺麗にしていた。

 この机がこれからもずっと綺麗なままなのかと思うと、コルネリアの目にまた涙が浮かぶ。


(駄目ね。さっきしっかりしようと決めたばかりなのに)


 これ以上涙が溢れないように目を両手で覆った時、執務室のドアがコンコンと叩かれた。


「お母様、いらっしゃいますか?」


 フレイヤだ。コルネリアは直ぐに涙を拭う。


「いるわよ。入って来ても構わないわ」


 執務室に入って来たフレイヤの目は濡れていた。

 どうやらまた泣いたようだ。


(私と同じね。フレイヤは大丈夫かしら?)


 フレイヤが元気のない小さな声で言う。


「お父様がお母様に渡してくれと言った物があります。今後の方針だと言っていました」

「マルクスが私に? それはどこにあるの?」

「机の引出しに入れてあると言っていました」


 コルネリアは机の引出しを順番に開けて目的の物を探す。


「あったわ。多分、これだと思うんだけど」


 分厚い封筒があった。中には何枚も紙が入っている。


 コルネリアは何となく上の三枚を封筒から取り出した。


「これって……」


 その三枚は手紙で、コルネリア宛、フレイヤ宛、イリア宛がある。


(本当に準備が良いんだから。こんな準備はして欲しくなかったのに)


 フレイヤに手紙を渡す。


「マルクスからあなたへの手紙よ」

「お父様の手紙……」

「今は難しいかもしれないけど、ちゃんと読むのよ。イリアには私から渡しておくわ」

「分かりました。私、失礼します」


 フレイヤが退出すると、コルネリアは大きく息を吐いて、マルクスからの手紙を読み始める。


『コルネリア、ごめん。

 僕が先に死んでしまったようだね。多分、へまをしたんだと思う。

 娘たちのことを頼むよ。

 フレイヤとイリアは優秀だ。

 僕たちの大切な娘たちはいずれ沢山の人たちを救うような存在になる。

 だけど、二人はまだ子どもだ。立ち止まりそうになったり、困ったりしたら、母親の君が手を貸してあげて欲しい。

 先に逝ってしまって、君の願いを叶えることができなくなって悪いと思っている。

 だから、娘たちが成人するまで生きてもらいたい。

 ずるいことを言っているのは自分でも分かっているさ。

 でも、娘の成長を親として見届けることができるのはもう君しかいないんだ。娘たちのためにもっと生きて欲しい。

 最後に僕の気持ちを君に伝えようと思う。

 恥ずかしくて言ってこなかったからね。もっと言えば良かったと後悔しているよ。

 僕はコルネリアの笑っている顔、泣いている顔、怒っている顔、全部好きだ。

 表情豊かな君を側でずっと見ていたかった。

 君の夫になれて幸せだったよ。

 僕と出逢って、支えてくれて、結婚してくれて、ありがとう。

 コルネリア、僕は君を心から愛している。』


 手紙を読み終えたコルネリアの瞳から机にぽつぽつと涙の雫が溢れ落ちていた。

 もうマルクスに会えないことが現実なんだと理解してしまって、コルネリアの胸は張り裂けそうになる。


(でも、大丈夫よ。あなたが言ったように、私にはフレイヤとイリアがいる)


 コルネリアは自分の決意を口に出す。


「マルクス、あなたがいなくて寂しい時がこれから何度もあると思う。だけど、私は娘たちのために前を向いて生きるわ」


 そして、マルクスの椅子から立ち上がった。



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