第六章 悲しみの先に新たな決意を
第62話 悲報
お父様が戦争に行ってから一ヶ月ほどが過ぎた。まだ何も情報が入って来ない。
戦争中だけど、貴族たちはお気楽な雰囲気で、お茶会などが変わらずに開かれている。お母様のもとにお茶会の招待状が届いていたけど、お母様は破り捨てていた。
「お姉様、イリアとボール遊びをしてくれませんか?」
居間でぼーっとしていたら、イリアに笑顔で誘われた。
やる準備は完璧で、運動しやすい服に着替えていてボールを手に持っている。
「勉強してたんじゃないの?」
「お姉様と遊びたくなりました。駄目ですか?」
「駄目じゃないよ。行こう」
敷地に出て、軽く準備運動をする。
私はドレスのままだけど良いよね。汚さないように気をつけよう。
「そのボールで何をするの?」
「お姉様はドッチボールをご存知ですか?」
聞いたことない。
私は首を傾げる。
「ガリア連邦のボール遊びです。イリアとお姉様しかいないのでルールは変更しますね。ボールを投げ合って先に落とした方が負けです」
結局、投げ合いと変わらないと思うんだけど。イリアが楽しそうにしているし、良いかな。
「お姉様、投げますよ!」
イリアがボールを投げる。
勢いのあるボールだ。失速せずに私のもとまで届く。
両手で受け止めた。
少し前までふわふわしたボールしか投げれなかったのに。毎日、運動をしている成果かな?
「今度は私が投げるよ。取ってね」
「はい! 投げてください!」
イリアに合わせて軽く投げる。
体の真ん中で確り受け止めると、イリアは嬉しそうに笑った。
お父様がまた戦争に行ってから、屋敷の雰囲気が少し暗くなった。
でも、イリアがずっと笑顔でいてくれているので、少しで済んでいる。
「…… イリア、ありがとう」
「お姉様、何か言いました?」
「何でもないよ」
「そうですか。じゃあ、投げますね!」
と言ったけど、イリアがボールを投げない。
「イリア、どうしたの?」
「馬車です」
門を見ると、馬車が敷地に入ろうとしていた。
誰だろう? もしかして、お父様!?
馬車から降りたのはオスカー先生、パウラ様、クラウディオ団長だ。珍しい組み合わせだった。
お父様がいないってことはまだ戦場にいるのかな?
「イリア、お母様を呼んで来てくれる?」
「分かりました」
イリアが呼びに行くとお母様だけが出て来た。
お母様の表情が少し固い気がする。
オスカー先生たちがこちらに来ると、お母様が先に口を開く。
「珍しい組み合わせでいらっしゃったのですね。マルクスはどうしたんですか?」
クラウディオ団長が少し間を置いて言う。
「マルクスは死んだ」
「は?」
「え?」
私とお母様は同じ反応だった。
クラウディオ団長が何と言ったのか分からない。
死んだ? 誰が死んだって言った?
全然意味が分からない。
「マルクスは右腹に銃撃を受けて、戦争が終わった後、息を引き取った。俺が最期を看取らせてもらった。マルクスは戦場近くの教会で埋葬した。すまん」
クラウディオ団長はお父様が死んだと言っている。
嘘だよ! 信じられない。
「マルクスが死んだ? そんなわけないわ。フレイヤ、そうよね。だって、マルクスなのよ」
お母様の声が嗚咽混じりになる。
「そ、そんなわけ、ない、ウッゥゥアァァァ」
そのまま泣き崩れそうになったので、私はお母様を抱き止めた。
クラウディオ団長たちは悲しい表情をしているだけで何も言わない。
本当なんだ。
お父様は死んでしまった。
私は呆然としながらお母様を抱き締めていた。
◇◇◇
私とお母様はクラウディオ団長たちと客間に移動した。
お母様は少し落ち着いたようで、クラウディオ団長と話をしている。
「クラウディオ団長、マルクスを看取ってくださってありがとうございました。どこの教会で埋葬をしていただいたのですか?」
「エレという町だ。帝都から八日ほど掛かる」
お父様を戦場近くの教会に埋葬したのは体が持たないからだとクラウディオ団長が申し訳なさそうに説明してくれた。
「フレイヤ様、こちらを」
パウラ様が両手で私に差し出したのはお父様の剣だ。
「マルクス団長からフレイヤ様にお渡しするようにと頼まれましたわ」
お父様の剣を持つ。
とても重い。本当に重い。
お父様の剣は何も特別な剣ではない。どこにでも売っている少しだけ良い剣だとお父様が言っていた。だけど、とても大切にしていたことを知っている。
「お父様の剣がここにあるのに、どうしてお父様はいないの?」
私は剣を抱き締めた。
冷たいけど、お父様の想いが沢山詰まっている。
どうして死んでしまったの? ねぇ、どうして? 信じられないよ。
駄目だ、涙が止まらない。どんどん溢れてしまう。
「ごめんなさい! 私、席を外します」
「フレイヤ」
お母様の声が聞こえたけど、私はお父様の剣を持って客間を出た。
敷地に出ようと思って廊下を走っていると、イリアがいて立ち止まる。
「お姉様、どうして泣いているのですか?」
「違うの、これは」
イリアはまだお父様のことを直接聞いていない。
誤魔化そう、泣いてちゃ駄目だ。
「お父様は亡くなられたのですか?」
私は息を呑んで言う。
「え、どうして?」
「分かります! お母様が泣いていて、お姉様も泣いています。それに、オスカー先生たちがいらっしゃっています。誰でも分かりますよ!」
「…… そっか」
私はイリアに歩み寄ってお父様の剣と一緒にぎゅっと抱き締めた。
「イリア、ごめん。ぎゅっとさせて」
「謝らないでください。お父様は本当に死んでしまったのですか?」
「うん。エレっていう町にクラウディオ団長が埋葬してくれたんだって」
「お姉様、イリアはもっとお父様とお話をしたかったです」
「私もだよ。いなくなるなんて思わなかった」
「はい、もっと遊んで欲しかったです。もっとぎゅってして欲しかったです。もっと、もっと、もっと。イリア、こんなお別れの仕方、嫌です……」
イリアが私の胸に顔を埋めて泣き始める。
「お父様、いやー、死んじゃいやーです。ワアァーーーー!!」
「私だって嫌だよ。どうしてお父様が、どうして…… ウアァァーー!!」
私はイリアを抱き締めながらひたすら泣いた。涙が枯れるまで泣き続けた。
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