第61話 マルクスの最期


 アノーク兵たちが一斉に退却していく。

 退却の鐘が鳴っているようだ。


(追撃をすべきだろうか?)


 マルクスは周りを見て自分の考えを否定した。

 ロギオニアス兵たちの死体が至る所に転がっている。死体の数を見ると、どっちが勝者なのか分からない。

 戦争が終結しても、まともな治療を受けれないこの場所では更に死者が増える。


 マルクスは自分の手が冷えきっているのを感じた。お腹を手で触ると、ベッタリと血がついている。

 急に視界がぼやけた。力が抜けて、ぼやけた視界が前後に揺れる。


「マルクス!」


 馬上から落ちそうになったのを誰かに支えられた。ぼやけた視界で確認する。


「あー、クラウディオか。流石だったね、君のおかげで勝てた」

「そんなことはどうでもいい! お前、その傷」

「うん、ちょっとへまをしてね。これは助からない。銃弾が貫通したからね」

「くそ、ふざけんな! お前が死んだら意味ないだろ! お前の作戦で勝ったんだから!」

「クラウディオ、静かに。兵たちに動揺が広がる。残った兵で国境の監視をしないと」

「分かってる、分かってるさ。本陣まで戻るぞ」


 クラウディオがマルクスの後ろに乗って馬の手綱を掴む。


「男の二人乗りか、気持ち悪いね」

「黙ってろ。絶対に眠るなよ」

「うん、分かったよ」


 本陣に戻り、クラウディオがマルクスをゆっくりと横にさせる。


「痛むか?」

「いや、もうあんまり痛みがない。騎士団の皆とお別れをしたいけど、動揺させるだけだからね。オスカー、エドウィン、パウラを呼んで来て欲しい。頼めるかな?」

「当たり前だ。待ってろ」


 クラウディオが涙をぬぐう仕草をして、陣から出て行った。


(クラウディオは相変わらず泣き虫だね)


 マルクスは赤ん坊だったフレイヤとイリアの姿を理由もなく思い出した。


(これが走馬灯って言うんだろうね)


 陣幕が勢い良く開かれる。

 入って来たのはエドウィンとパウラだ。その後からオスカーも入って来る。


「「マルクス団長!!」」


 泣きそうな顔で二人がマルクスに近寄る。


「エド、パウラ、二人とも落ち着いて。エド、君は副団長だろ?」

「そうですけど、ウッゥウ……」


 マルクスは驚いた。

 こんな風にエドウィンが泣くとは思わなかったから。


「エドウィン! 悲しいのは分かりますが、マルクス団長の最期の言葉です。確りと聞きなさい!」

「申し訳ございません」


 エドウィンがいつもの真面目な顔に戻った。


「エド、いつも僕を支えてくれてありがとう、助かったよ。第十二騎士団がどうなるか分からないけど、無事な兵たちを率いて国境警備の指揮を取って欲しい。任せるよ」

「承知致しました」


 エドウィンは右手を胸に当てて言った。


「パウラ」


 マルクスは目線をパウラ移して名前を呼んだ。


「はい、マルクス団長」

「お手柄だよ、良くやったね。戦争に勝ったのは君のおかげだ」

「そんなことありません。マルクス団長の作戦が素晴らしかったからですわ」

「褒めてくれて嬉しいよ。パウラ、二つお願いがあるんだ。良いかな?」

「もちろんですわ! 何なりと仰ってください」


 マルクスは横に置いてある自分の剣を見て言う。


「この剣をフレイヤに渡して欲しいんだ。名剣ではないけど、決して悪くない剣さ」

「必ずお渡ししますわ!」

「それと、フレイヤのことを気に掛けて欲しい」


 パウラが涙を流しながら右手を胸に左を剣に当てて言う。


「安心してください。わたくし、この剣に誓ってフレイヤ様のことをお助けしますわ」

「ありがとう」


 オスカーがエドウィンたちと場所を代わってマルクスに近寄る。


「オスカー、ヴァジムはどうなった?」

「戦争が終わって直ぐに息を引き取りました。素晴らしい戦士でした」

「ヴァジムの方が先だったか」


 マルクスは目を閉じて、心の中でありがとうと言った。


「オスカーには色んなことを助けられた。特にフレイヤのことは感謝しているよ」

「いえ、感謝など。感謝しているのは私です。マルクス団長は腐っていた私を騎士団に誘ってくれました。フレイヤ様に剣術を教える名誉まで与えていただきました。マルクス団長、最大級の感謝を。ありがとうございます」

「黒騎士オスカーにここまで感謝されるなんて光栄だよ。コルネリアたちのことを頼むね」

「はい。この命に懸けて」


 オスカーも右手を胸に当てて言った。


 陣の外を見て、マルクスが言う


「三人ともクラウディオを呼んで来てくれるかい?」


 オスカーたちは陣の出口で止まり、マルクスに深々と頭を下げて、クラウディオを呼びに行く。


 ゴホッゴホッと咳が出た。

 呼吸が早くなって、眠ってしまいたい気持ちになる。


(コルネリアとの約束を破ることになってしまった。僕が死んだら、フレイヤとイリアも悲しむだろうな。ごめんね、皆)


「マルクス! マルクス!」


 いつの間にかクラウディオの姿があった。


「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ。また泣いてるじゃないか」

「は? 泣いてねぇよ」

「泣いてるじゃないか」


 クラウディオが何度も涙を拭っていた。


「俺に何かできることはあるか?」

「家族が困っていたら助けて欲しい」

「ああ、分かった。必ず助ける」


 マルクスがクラウディオの顔を見て、ハッハハと声に出して笑った。


「急に何だよ?」

「君に看取られるとは思わなかったからさ。おかしなこともあるね」

「その通りだ。俺もお前を看取るつもりなんてなかったよ。死ぬんじゃねぇよ」

「そうだね、死にたくないね」


 マルクスが右手で目を隠すように覆う。その隙間から涙が溢れていた。


「クラウディオ、僕は死にたくないよ」

「ああ、分かってる」

「コルネリアより先に死ぬつもりはなかったんだ」

「知ってるさ」

「フレイヤとイリアの成長する姿をもっと見たかった」

「そうだろうな」

「もっと家族と一緒にいたかった」

「ああ」

「死んだら、ダニエラと…… 会えるかな?」

「きっと会えるさ。そして、死んだことを怒られろ。その後、一杯話せ。話したいことが山ほどあるだろ?」

「そうだね。ある…… よ。家族のこと…… とか。そ、そうか。僕は幸せだったんだね」

「お前は良い家族に恵まれて幸せだったよ。マルクス、またな」


 マルクスからもう返答はなかった。

 体温がまだ残っているのに呼吸はしておらず、体も一切動かない。やがて顔の血の気がなくなる。

 マルクスは死んだ。


 クラウディオはマルクスの両手を組ませ、目を閉じさせる。眠ったような顔をしているマルクスの側にしばらく居続けた。



 ◇◇◇



 帝国暦一〇五七年八月十八日、ロギオニアス帝国とアノーク王国の戦争は終結した。

 その同日、第十二帝国騎士団団長、マルクス・フォン・ルーデンマイヤーは友に看取られて息を引き取った。





 ―――――――――――――――――――― 【後書き】


 これにて第五章は終了です。

 沢山読んでいただきありがとうございました。


 次は第六章です。

 フレイヤたちがマルクスの死を知ります。フレイヤたちにとって厳しい話になりますが、是非お読みください。


 ★やフォロー、感想をお願いします! 作者の励みとなります!

 レビューをいただけると、筆が進んで、最高の物語が描けるはずです!

 よろしくお願い致します!!


 ↓こちらから行けます。 https://kakuyomu.jp/works/16816927863069774684


 第六章もお読みいただけると嬉しいです。

 これからもよろしくお願い致します。






















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る