第60話 疾風迅雷の女剣士


「アノーク軍が右翼に兵を集中させています!」


 斥候役の報告を聞いて、パウラがクラウディオに詰め寄る。


「クラウディオ団長!」

「まだだ。別動隊とアノーク騎兵たちの戦いはどうなっている?」


 クラウディオが斥候役に確認した。


 パウラは爪を噛んで我慢をする。周りにいる兵たちも体に力を入れて気持ちを抑えているようだった。


(こんな場所でじっとしているなんて。わたくしも皆さんと一緒に戦いたいですわ)


 パウラたちがいるのはアノーク軍左翼の側面にある丘の裏。奇襲を狙ってここで待機をしている。


 もう一度斥候役から報告が入る。


「別動隊がアノーク騎兵たちを押し返しています! アノーク騎兵たちは左翼から離れて動けません!」


 パウラがクラウディオを見ると頷いていた。

 そして、クラウディオが声を上げる。


「敵左翼を攻めるぞ! 突撃だ!」

「オオ!」


 クラウディオ率いる兵五〇〇〇が丘の斜面を一気に下り始めた。先を走るのは帝国騎士を中心とした騎兵たち、その後ろを走るのは傭兵を中心とする歩兵たち。

 アノーク軍左翼は気づいたようだが、混乱している。


(好機ですわ!)


 パウラは馬の腹を蹴り、加速して他の騎兵たちより前に出た。


(先鋒はわたくしですわ。マルクス団長や皆さんのために役に立たなければ!)


「パウラ、出過ぎだ!」


 パウラはクラウディオの制止する声を無視して走る。

 それを見て、クラウディオが自分を護衛する騎士たちに言う。


「リューギル、頼めるか?」

「承知!」


 パウラの前に鎧を身につけた巨体の男性五人たちが現れる。巨体な体を支えるために馬も大きい。アノーク軍からパウラの姿が隠れた。


「俺たちはクラウディオ侯爵に仕える騎士だ。クラウディオ侯爵の命令で貴様を守らせてもらう」


 パウラの前を走るリューギルが言った。


「必要ありませんわ!」

「勇ましいのは良いことだが、貴様の体ではに撃たれたら風穴だらけだぞ。俺たちを盾に使え!」


 アノーク軍の左翼が銃撃隊を集めて、パウラたちの突撃に備えている。


「リューギル隊、命を懸けるぞ!」

「オオ!」


 リューギルが言った。


(この人たち、本気で私の盾になるのですか!?)


 アノーク軍から声が聞こえる。


「銃撃隊、構えろ! 撃て!!」


 耳を塞ぎたくなるような音と共に弾が一斉に飛んで来る。

 五〇〇〇の兵を止めるには足らないが、騎兵たちの数を減らしていく。

 パウラにも弾が飛んで来るが、一切当たらない。リューギルたちが盾になっているからだ。パウラの前から一人、二人、三人、四人と落馬していく。

 魔獣との戦闘や野盗討伐などで仲間が死ぬことには慣れているつもりだった。


(わたくしを守って死ぬなんて……)


「…… ゴフッ…… あんたはアノーク軍に勝つために必要だ。俺たちの命を使って守る価値がある。それだけだ」


 リューギルが口から血を吐きながら言った。


「もう直ぐだ! アノークの奴らを叩き潰してくれ!」


 また銃声が何度も響き、リューギルは最後までパウラの盾となって落馬した。

 パウラの目にアノーク兵たちが映った。

 横に並ぶ銃撃隊が後ろにいる歩兵たちと前後を入れ替わろうとしている。


(まとめて潰しますわ)


 パウラは右手で剣を振り上げる。


「斬り刻んで差し上げましょう!」


 剣に魔力を込めて振る。


風刃ふうじん


 斬撃が風の刃となってアノーク歩兵に向かって飛び、何度も何度も振る。

 風の刃は銃撃兵を巻き込んで歩兵たちを斬り刻み、横に並ぶ歩兵たちの壁に風穴を空けた。その風穴がクラウディオ隊の突破口となる。


「突撃だ! 相手は俺たちの攻撃に間に合ってないぞ! 行け、行けー!!」


 クラウディオが激励の声を上げていた。


 騎兵たちはパウラを先頭にアノーク歩兵たちを斬って進んで行く。


(右翼に兵が集中しているのに、多いですわ!)


 パウラたちの動きを止めようと右翼からアノーク騎兵たちが歩兵を突き飛ばしながら向かって来る。

 パウラたちの方が多いため、直ぐに先へ進めるはずだ。


「パウラ! 先に行け! アノーク騎兵に構うな! 敵将は中央にいるはずだ!」


 クラウディオの指示がパウラの耳に入った。

 指示に従って、パウラは仲間の騎兵一〇〇人ほどと一緒に先へ進む。アノーク歩兵の密集地帯を抜け、本陣が見えた。

 本陣前のアノーク歩兵たちを斬り払って走り、本陣で止まる。


 パウラは周りを確認しながら訊く。


「あなたが敵将ですか?」


 護衛と思われるアノーク兵たちが男を庇うように立ちパウラに剣を向けている。

 敵将と思われる男は肌が黒く、赤茶色の髪を後ろに束ねている。

 パウラが初めて見る武器を持っていた。

 その武器は金属の棒で、形状は先に進むほど太くなり、棒の表面はギザギザしている。おそらく人を叩き潰すための武器だとパウラは思った。


「そうだ。俺はアノーク王国将軍ライデンだ」

「一応、お伺いしますが、投降されますか?」


 護衛のアノーク兵が激昂する。


「ふざけるな!」


 襲って来たので、パウラは斬り捨てた。


「投降されないということで宜しいですか?」

「……」

「分かりました。では、討ち取らせていただきますわ」


 本陣を守るアノーク兵は三〇〇人ほど。

 仲間の騎兵たちは全員が帝国騎士。この数なら討ち取られるとパウラは判断した。

 パウラがライデンに突っ込むと、周りも戦闘を開始した。

 護衛のアノーク兵が邪魔でパウラの馬が少し止まる。その瞬間、あの金属の棒がパウラに迫る。

 パウラは跳んで躱すが、馬は棒によって叩き潰された。


(何て破壊力!? まともに受けるのは駄目ですわ。このライデンという男、魔力操作が使えますわね)


 パウラが着地すると、アノーク兵たちが仕留めようと一気に襲う。


(遅いですわ)


 アノーク兵たちを躱して、ライデンに横薙ぎの一撃を放つ。しかし、棒で軽く返されてしまう。


(攻撃をしたのはわたくしの方なのに。手が痺れますわ)


 ライデンが棒を振り下ろして、パウラは後ろに下がって躱す。ボゴッ! と音を立てて地面に当たり、大きな陥没ができる。

 ライデンが棒を振り回し、パウラは全て躱す。

 攻撃をする間がない。棒に少しでも当たれば、致命傷だ。


「パウラ、早くしろ! 右翼のアノーク兵たちが来てしまうぞ!」


 仲間の一人がパウラに叫んだ。


(そんなことくらい分かっていますわ)


「俺は国のために負けるわけにはいかんのだ!」


 突然、ライデンが声を上げて、棒を振り回す勢いが強くなる。パウラは後退して距離を取った。


「オオ!!」


 アノーク兵たちも声を上げてパウラを襲う。全て斬るが、致命傷にならなかった兵は直ぐに起き上がってしまう。


 アノーク兵たちがライデンに言う。


「俺たちがこいつを止めます。俺たちごと叩き潰してください」


 本気の目をしていた。冗談ではない。

 アノーク兵たちからも距離を取る。


 パウラは激しい怒りを口から吐き出す。


「侵略者のくせにふざけるなですわ!」


 パウラは左足を前に出して半身となり、剣先を相手に向けて、持ち手を頭の位置まで上げる。そして、剣と脚に魔力を集中させた。


疾風迅雷しっぷうじんらい


 疾風のような速さでアノーク兵たちを避けて、ライデンの前に立つと更に加速して跳び上がる。

 ライデンは棒を振り上げるが、一閃。

 目にも止まらぬ横薙ぎの一撃を放ち、ライデンの首と腕を断つ。

 ズシンと音を立てて棒が先に落ち、ライデンの首はコロコロと転がった。

 パウラはその首を拾って掲げる。


「敵将ライデンを討ちましたわ!」


 周りの騎兵たちが戦場全体に聞こえるようにパウラの手柄を大きな声で伝える。

 敵将を討ったことが戦場全体に伝わると、ロギオニアス兵たちから大地を揺らすような歓喜の雄叫びが上がった。













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