第58話 マルクスの戦争 Ⅲ


 マルクスは中央に向かって馬を走らせる。傭兵を中心とした歩兵たちも騎兵に遅れていない。


(傭兵たちの士気も高い、良し!)


「マルクス団長! 右から騎兵五〇〇〇が向かって来ます!」


 エドウィンが声を上げてマルクスに知らせた。


(大丈夫、見えているよ。ディルハイム団長たちも動き出したようだね。読み通りだ)


「騎兵五〇〇〇が来る! 帝国騎士を中心に対峙しろ。歩兵は集団で戦え。恐れるな! 突っ込むぞ!」

「オオ!」


 マルクスは方向を変えて、アノーク騎兵集団に向かう。


(一人も逃しては駄目だ。逃したら、ユリス団長たちのもとに行く)


 しかし、このままではアノーク騎兵にマルクス隊の歩兵たちが吹き飛ばされて踏み潰されてしまう。


(僕が騎兵を止める!)


 マルクスは馬の腹を蹴って速度を上げ、隊から飛び出た。


「マルクス団長! 止まってください!」


 エドウィンの制止の声を無視して、更に加速する。魔剣を発動させるために、魔力を剣に移動させた。

 アノーク騎兵集団が近づいて来る。このまま進めば、マルクスと衝突するが止まろうとする気配はない。

 マルクスは右手で剣を持ち、突きの構えを取る。


狂飆きょうひょう


 高速の突きと同時に剣先から渦巻く風が放たれ、騎兵集団が暴風に襲われた。

 馬上から吹き飛ばされる者、馬ごと地面に転けてしまう者、様々だ。アノーク騎兵集団が混乱している、足が止まった。


「今が好機だ! 突撃しろ!」

「オオ!!」


 マルクス隊一五〇〇とアノーク騎兵五〇〇〇の戦闘が始まった。


「マルクス団長、無茶をし過ぎです。大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れただけだよ」


 マルクスの放った魔剣はかなりの大技だった。殺傷力は低いが広範囲の敵を衝撃で怯ませることができる。


 息を整えている時に、鼓膜を破裂させるような音が鳴り響いた。

 アノーク銃撃兵が構えたマスケット銃から一斉に弾が放たれて、銃弾の嵐がロギオニアス歩兵たちを襲う。

 あれでは敵のもとまでロギオニアス歩兵たちが集団で辿り着くことができない。弾が外れて敵まで辿り着けても、アノーク兵の集団に倒されてしまう。


(分かっていたつもりだったけど、マスケット銃は魔法なんかよりも役に立つ。あのマスケット銃は何だ? 形状が変だ、火縄がない。もしかして新型なのか?)


 マルクスの額に雫が落ちた。

 その雫は色んな場所に落ち始めて、雨のようになった。ユリステルの魔法だ。


(銃撃は!?)


 銃弾の嵐が止まっている。

 この雨でマスケット銃が弾を撃てないみたいだ。

 アノークの銃撃隊が後ろに下がって、歩兵隊が前に出た。ロギオニアス歩兵たちとアノーク歩兵たちの戦闘が始まる。

 更にディルハイムとスコルドが騎士を率いて攻めようとしていた。


(攻勢なのはこっちだが、敵は三万。僕たちも攻め込むべきだ。まずはこの騎兵をどうにかしないといけない)


「エドウィン、僕の背後を頼むよ」

「承知致しました」


 マルクスは歩兵を襲っている一番近いアノーク騎兵のもとへ行く。アノーク騎兵も気づいて馬の向きを変えるが、何もさせないまま首を斬った。別のアノーク騎兵へと斬り掛かり、胴を斬り裂く。


 今の戦況は五分五分。

 混乱を狙ったとは言え、敵の数が多い。帝国騎士は勝っているが、歩兵がアノーク騎兵に囲まれて負けている。

 マルクスの前方にはアノーク騎兵たちが密集して分厚い壁ができていた。


(あの先に何かあるのだろうか? もしかして、この騎兵五〇〇〇を率いる将か?)


 五〇〇〇も騎兵がいれば、この集団を束ねる者が必要になる。その将を討って、この騎兵集団を瓦解させようとマルクスは考えた。


(僕がもっと前に出る!)


 近くのアノーク騎兵を斬って、前に進もうと手綱を取った時、アノーク騎兵たちの壁が両側に開いた。

 マスケット銃を持つ騎兵が目に入り、パァン! と音がなると、マルクスの右腹部に激痛が走る。右腹部を見ると、親指大ほどの血溜まりができていた。


(僕が倒れるのは駄目だ。歯を食いしばれ!)


「マルクス団長!」

「エド、早く命令を」


 エドウィンが代わりに声を上げる。


「あの壁をぶち破れ!! 敵将がいるぞ!!」


 エドウィンの命令で帝国騎士たちが一斉にアノーク騎兵たちの壁に突撃した。


「マルクス団長、銃弾は?」

かすっただけだよ。心配しないでくれ。士気に関わる」


 マルクスはエドウィンの目をじっと見て言った。


「…… 分かりました。ですが、少し後ろへ下がってください。護衛もつけます。指揮は私がします」

「うん、頼むよ」


 エドウィンの言う通り後ろに下がると、帝国騎士たちがマルクスの周りを囲む。その間に魔力操作で止血をする。


(やっぱりか、完全には止まらない。戦いの間は持つかな。そろそろ、ユリス団長が動く頃だね)


 ユリステルが率いる二五〇〇のうち、マルクス隊と同じ一五〇〇が飛び出す。アノーク軍の右翼に向かって行く。


(僕たちはこの騎兵を早くどうにかしないといけない。数では劣っているんだから)


 マルクスは自分の傷を見て、ふと疑問が湧いた。


(僕はどうして撃たれた? 今も雨が降っている。この雨でマスケット銃は撃てなくなったはずだ。まさか!?)


 再び鼓膜を破裂されるような音が響き、銃弾の嵐がロギオニアス兵たちを襲っていた。


(また別のマスケット銃? さっきよりも数は少ない。でも、撃たれ続けたら士気が下がってしまう)


「マルクス坊、生きてるか?」

「生きてるよ、ギリギリだけどね。ヴァジム、その傷は……」


 ヴァジムの太股には大きな傷があった。戦場で治療できるような傷ではない。


「俺は太股を刺されただけだ。強い野郎とやり合った結果さ。この傷は勲章ものだぜ。休んだ方が良いか?」

「…… 戦ってもらいたい」


 ヴァジムがニッと笑って言う。


「そんな顔をすんな。戦で死ぬのは傭兵の誉れって昔から言うんだ。最後にお前と挨拶をしたかったんだよ」


 ヴァジムが拳を前に出したので、マルクスも拳を出す。


「マルクス団長、武運を祈るぜ」

「ああ、ヴァジムも」


 拳と拳をコツンと合わせると、ヴァジムは傭兵たちのもとに戻って行った。


(本当にすまない、ヴァジム)


 負傷した兵を休ませる余裕がないので、重症を負ったヴァジムでも戦わせるしかない。


 マルクスを護衛する一人が指を差して声を上げる。


「マルクス団長! あそこを見てください!」


 指を差した方向を見ると、スコルド団長率いる騎士たちが砂ぼこりを上げながら全速力で進行方向とは逆に走っていた。


(どうして反対側に? あれは撤退? そんな、まさか……)


「マルクス団長! ディルハイム団長の兵たちもおかしい!」


 ディルハイムの率いる兵たちがバラバラに動いていた。逃げる者、戦う者、全くまとまりがない。


(まさかディルハイム団長が討たれた?)


 マルクスの予想が当たっているなら、戦局はロギオニアスが不利になっている。

 ロギオニアスの左翼と中央が完全に崩壊したら、マルクスの作戦どころの話ではない。


(ユリス団長も気づいたみたいだ。僕も動こう)


「マルクス隊五〇〇! 僕について来い!」


 戦闘中にも拘わらず、マルクス隊は迅速に兵五〇〇を分ける。何かあった場合、兵を分けることは事前に決めていた。

 五〇〇名のマルクス隊はアノーク軍中央に向かった。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る