幕間 それぞれの思惑


 ディルハイムが兵の陣形を整えていると、スコルドがこちらに来た。陣形調整は部下に任せているようだ。


「ディルハイム団長、奴ら何かしようとしているみたいですよ」


 クラウディオが兵を率いて移動するのを見て、スコルドは馬鹿にするような口振りで言った。


「小細工をするなど恥ずかしいことだ。魔力を持つ強者の俺たちが恐れる理由など何もない。その道理に従えば、アノーク兵など弱者に過ぎん」


 ディルハイムの自信には理由がある。アノーク兵たちの殆どが魔力操作を使うことができない。中には使える者もいるだろうが、帝国騎士に比べると、魔力操作の能力差は雲泥の差だ。


「その通りです。貴族派になびく奴の言葉など聞くに堪えません」

「やはりあの噂は本当なのか? ルーデンマイヤーが貴族派に取り入ろうとしているのは」

「ええ、本当らしいですよ。フン! どうせエイルハイドの財力に目が眩んだんでしょう。民への慈善活動で金がないそうですから」

「馬鹿な男だ。貴族は民の支配者。弱者は我々に利用されるためだけの存在。その弱者に施しを与えるなど愚か者のすることだ。奴の口車に乗らずに正解だったな。…… スコルド団長、どうした?」


 スコルドがマルクスたちの方を見ていた。


「ルーデンマイヤーが檄を飛ばしているようです」

「何!? まずい! 先鋒せんぽうの手柄を横取りする気だ。スコルド団長、早く戻れ!」


 スコルドが急いで戻ると。


「突撃!!」


 というマルクスの声が響いた。


 マルクスを先頭に騎兵と歩兵の隊が敵中央に向かって行く。

 ディルハイムはマルクスの隊を見て冷ややかな笑みを浮かべる。


(指揮官自ら先頭に出るとは馬鹿め。傭兵を盾にして進むべきだ。奴は兵法を分かっておらん。しかし、中央に向かうとは、許せん! 中央は俺の獲物だ!)


「傭兵!! 貴様らも行け! 手柄を上げれば、褒美をやる!」


 褒美と聞いて、目の色を変えた傭兵たちが一斉に敵中央へ向かう。続いて、スコルドの傭兵たちも敵右翼へ突撃を始めた。



 ◇◇◇



 ライデンはアノーク兵三万五〇〇〇を率いてロギオニアス帝国に侵攻した。

 国王からの命令はベルティナ一帯の奪還と帝国民の蹂躙である。元々、ベルティナ一帯はアノーク王国の領土だった。数百年前の戦争で奪われたらしい。


(数百年前の戦争など誰が覚えているものか。これは表向きの理由で、本当は別にある。ロギオニアスの民には悪いが、犠牲になってもらおう)


 今回の侵攻は神聖ヴィスト帝国がアノーク王国に内政干渉をした結果だ。


(あんな軍事大国から生き残るには従うしか道がない。だが、他国に侵攻しろなどというふざけた内政干渉は今までなかった。やはりあの情報と関係があるのだろうか)


 密偵からの情報がライデンの耳には入っていた。

 ヴィスト帝国の皇帝フェルディナント四世が崩御し、若き皇帝が新しく誕生した。崩御の時期はアノーク軍が国境から一度兵を退いた時と重ねる。あの時もヴィスト帝国からの指示があったらしい。


(攻めたり退いたりと命令に一貫性がない。すると、もう一つの噂も本当かもしれない)


 帝位簒奪ていいさんだつという信じられない情報だ。フェルディナント四世は若き皇帝が起こした反乱によって命を奪れた。


(二年ほど続いたシュリトラン王国との和解もそれが理由なのか? …… 俺が考えても仕方ないか。俺はアノーク王国の軍人で戦うだけだ)


「ライデン将軍、陣形が整いました」


 部下から報告を受けて、敵側の陣形を確認する。


「やはり少ないな」


 ライデンに驚きはなかった。


(奴らは俺たちを甘く見ているようだ)


 ロギオニアス帝国は皇帝に権力が集中する貴族国家であり、平民の地位が圧倒的に低い。魔力を絶対的な力と考え、未だに自分たちが強いと信じている。


(この武器を使うにはもってこいの敵だな)


 今回の侵攻を活かしてヴィスト帝国が開発した新武器を試するように命じられている。国境戦や民の蹂躙でも活躍した。


 その武器はマスケット銃が二つ。

 一つは従来の火縄式から燧石フリントロック式に改良されたマスケット銃。

 改良されたことにより、安価で射撃間隔も短くなった。不発と暴発の可能性は残るが、火縄式の時のような火種による引火事故はなくなった。


(数は少ないが、もう一つは更に改良を重ねたパーカッ――)


「突撃!!」


 ライデンはロギオニアス側の動きにハッとする。


(まさかあの数で出るだと!? 中央ここが狙いか!)


 ライデンは直ぐに対応する。


「左翼の騎兵五〇〇〇! あの突撃した間抜けな奴らを始末しろ!!」

「オオオ!」


 ライデンの命令でアノーク軍の左翼が出撃した。

 更にロギオニアスの中央と左翼も動く。歩兵たちが先行している。

 ライデンはマスケット銃のまとが来たと思った。


「銃撃隊! たま込め開始! 構えろ!!」


 勝利を予感したライデンはニヤリと笑った。



 ◇◇◇



「始まったようですわ!」


 騎士たちの喊声かんせいが聞こえて、パウラが声を出した。


「パウラ、心配か?」

「心配ですけど、マルクス団長もオスカー先生も、仲間の皆も強いですから大丈夫ですわ。わたくしは先陣を切って敵将を討つことしか考えていません」

「それでいい、頼りにしてるぜ」


 クラウディオ率いる兵五〇〇〇はアノーク軍左翼の側面にある丘の裏側に来ていた。


「アノーク軍左翼騎兵五〇〇〇がマルクス隊のもとに動きました」


 斥候せっこう役の部下がクラウディオに報告する。


(マルクスの言う通りになった。俺たちが出るのはまだだ)


 マルクスとユリステルが率いる兵四〇〇〇は囮だ。アノーク軍の意識を右側に集中させ、防御の緩くなった左翼を一気に攻める。

 アノーク軍左翼が出撃したのが第一段階だ。


「スコルド団長、ディルハイム団長の歩兵が突撃を始めました!」


 更に斥候からの報告を受けた。


(これが第二段階。だが、敵にはマスケット銃がある。これをどうにかしないと。頼むぜ、ユリス団長)


 ここまではマルクスの戦術通り。しかし、戦術はあくまでも戦術。アノーク軍の意識が右側に集中するまでマルクスたちが耐えられるかどうかは分からない。

 そして、アノーク軍から丘の頂上を見ることができない。丘の頂上で陣形を整えても良いのだが、この戦術のかなめはクラウディオたちによる奇襲だ。万が一があってはならないので、アノーク軍から絶対に見えない丘の裏側で待機している。

 斥候から合図があれば、丘から回り込んで最速で奇襲を行う。


(だから、死ぬなよ。マルクス)






















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