第57話 マルクスの戦争 Ⅱ


 本陣の幕に入ると、既に他の団長たちが机を囲んで立っていた。


「遅い! 俺を待たせるな!」


 声を荒らげたのは大柄で筋肉隆々の男。第十四騎士団団長のディルハイムだ。


「ディルハイム団長の言う通りだ。部下とたわむれる時間が余程大切に見える」


 切れ目の男は部下を励ましていたマルクスを非難した。


「スコルド団長、必死に戦って傷ついた部下を心配するのは当然でしょう」

「フン! 慈善貴族らしい物言いだな」


 金髪の女性がマルクスたちに歩み寄って挨拶をする。


「どうもよろしくッス。マルクス団長、クラウディオ団長」

「こちらこそよろしく頼むよ、ユリステル団長」

「ユリステルじゃなくて、ユリスと呼んで欲しいッス」


 最初の二人と違って、ユリステルは好意的な挨拶だった。

 ユリステルは帝国騎士団唯一の女性団長でまだ二十代。かなり若いが、剣の腕前と単独ので評価され団長となった。


(部下からの信頼も厚いと聞いている)


 アノーク軍をどう迎え討つかの話し合いを始める前に、ディルハイムが口を開く。


「作戦など不要だ。帝国騎士があの愚か者たちに負けるはずがない。傭兵どもを盾にして、我らで叩く。それで終わりだ」

「それは危険です。アノーク軍はマスケット銃を数百ちょう以上所持しています。甘く見てはいけません」


 マルクスが忠告すると、スコルドは鼻で笑って言う。


「フン! あんな筒で何ができるというのだ。我ら帝国騎士にかなうはずがない。その攻撃が来たら、傭兵を盾にすれば良いだけのこと。馬鹿か? 貴様は」


 ディルハイムが頷いて言う。


「スコルド団長の言う通りだ。あんな筒で帝国騎士が負けるはずはない」


 堪らずクラウディオが声を上げる。


「あんたたちは馬鹿なのか? マスケット銃にやられた部下たちを見ただろうが。対策を立てるべきだ!」

「無用だ。引き連れてきた兵二万のうち、六〇〇〇は俺が貰う。スコルド団長は左翼で私兵二〇〇〇を含め、七〇〇〇を率いる。後は勝手にしろ」

「何を勝手に言ってるッスか? それはおかしいッスよ!」


 ディルハイムが机に紙を投げるように置く。紙は上層部本営からの命令書で、マルクスは目を通す。


(この指示は何だ? ふざけているのかい?)


「見ろ、勝手ではない。本営からの指示だ。文句はないだろう?」


 ディルハイムの言ったことと命令書の内容は同じだった。


「ですが、最終的に判断をするのは現場の我々だ。対策を立てずに待ち受けるなど素人がすることです! 万が一、この戦争に負ければ、ベルティナ周辺、或いはそれ以上の領土がアノークに奪われてしまう。それでも良いと思っているのですか?」


 マルクスはディルハイムを見据えて言った。


「作戦など不要。帝国騎士に敗北はない」


 と言って、ディルハイムはスコルドと共に本陣の幕から出て行った。


「どうしてあんな奴ら団長なんだ! ふざけんな!!」


 クラウディオが思いっきり机を蹴飛ばした。その衝撃で机が壊れてしまう。


 マルクスはこうなる予感が少しあった。


(最悪だよ。クラウディオの言う通りだ)


 二十人いる帝国騎士団団長の半分以上が皇帝派に属しており、貴族派と中立派の団長は少ない。上層部本営も皇帝派であり、今回の命令は皇帝派のディルハイムとスコルドが活躍しやすいように贔屓ひいきするためだろう。


(戦争に派閥のことは持ち込まないで欲しい。こんなくだらないことで戦争に負けたらどうする気なんだ!)


「クラウディオ、ユリス団長、僕たちだけでも策を練ろう。考えた策が二つあるんだ。聞いてくれるかい?」

「ああ、聞かせてくれ」

「私も聞かせて欲しいッス」


 マルクスは二つの策を話した。

 少し間を置いて、クラウディオが訊く。


「なるほどな。それで、誰がやるんだ?」

「もちろん僕だよ。言い出しっぺだからね」

「一番きついぞ。良いのか?」

「どこだって変わらないよ。主攻の君は責任が重いよ」

「任せとけ、やってやるさ」


 ユリステルが小さく手を上げて言う。


「あの、私もやるッス。私、水魔法が使えるんで。仲間の皆は少し分けてクラウディオ団長に率いてもらいたいッス」

「良いのかい? クラウディオも言ったけど、一番きついし、沢山血が流れるよ」


 ユリステルが目をキッとさせて言う。


「マルクス団長! 私も同じ団長ッスよ! 一緒に戦わせてください!!」

「…… すまない。君を軽んじたわけではないんだ」

「分かってるッスよ。それは大丈夫ッス」

「じゃあ、お願いするよ」


 ユリステルが表情を緩めて言う。


「任せてくださいッス! 私、強いッスよ」

「うん。頼むよ」


 マルクスは右手を前に出した。二人とも同じようにして、マルクスの手に重ねる。


「我らに勝利を! 勝つぞ!!」

「オオ!」


 三人の声は陣幕の外まで聞こえた。その声にならって陣幕の近くにいた外の兵たちも士気を上げるために大きな声を上げた。



 ◇◇◇



「納得できませんわ! どうして皆さんと一緒じゃないのですか!?」


 マルクスの命令にパウラは大きな声で反対した。


「君の力が主攻には必要だからだ。魔剣を使える君は最強の突破力を持つ」

「ですが…… マルクス団長たちとご一緒したいです!」


 マルクスは微笑んで言う。


「少し意外だったよ。パウラが僕の命令に反対するとは思わなかった」

わたくしだって、仲間と一緒にいたいですわ」

「一緒に戦うことに変わりはないさ。さあ、行くんだ。この戦いに勝つには君の力が絶対に必要だ。敵将を討ってくれ」


 パウラは一度目を伏せて顔を上げると力強く言う。


「必ず討ちますわ!」


 そして、パウラはクラウディオが率いる兵たちと共に移動した。


 しばらくして、前方に展開を始めるアノーク軍の姿が見えた。まだかなりの距離がある。


「三万よりもかなり多く見えますね。こっちは四〇〇〇。一応、左翼と中央の兵を合わせると、ですか。厳しい戦いになりますね」

「オスカー、そうだね。若い騎士を頼んでも良いかい? だけど、無理はしないでくれ。救える者だけ救って欲しい」

「分かりました。マルクス団長は前だけを向いていてください。黒騎士オスカーの力を存分に奮いましょう」


 若い騎士たちの側にオスカーが移動した。緊張をほぐすために積極的に声を掛けている。


(この戦いで多くの者が死ぬ。でも、皆、どうか生き残ってくれ)


 敵が陣形を整え終えたようだ。アノーク軍は横に長い陣形。軽装の兵が多く、鎧を身につけた騎士は少ない。


(だけど、マスケット銃…… 少なくとも五百ちょう以上はあるかもしれない。僕たちもあるけど、話にならない数。使うだけ無駄だ)


「ユリス団長、手筈通りに頼むよ」


 マルクスとユリステルの兵は合わせて四〇〇〇。マルクスが率いるのは一五〇〇。残りはここに残してユリステルに指揮をしてもらう。


(僕たちと対面している敵左翼は騎兵部隊。ざっと五〇〇〇はいるかもしれない)


 その敵左翼の側面には小高い丘があり、この丘はマルクスたち側の方まで続いている。

 

 アノーク軍からは丘の反対側は見えないだろう。

 陣形を展開させている土地は滑らかな起伏が続いている。馬や兵を走らせることに問題はないが、マスケット銃は使いやすい。


(初撃のマスケット銃はユリス団長たち次第だな)


「エドウィン、旗を」

「はい」


 旗が上がり、後方の兵たちがマルクスの方を向く。マルクスも兵たちの方を向いた。


 本格的な兵と兵がぶつかり合う戦争は数十年ぶりだ。兵たちの顔が緊張と恐怖で固まっている。こういう戦争を初めて経験する者が多いのだから当然だ。マルクスも初めてで、兵たちと気持ちは殆ど変わらない。

 だが、マルクスは団長であり、この兵たちの指揮官。指揮官の緊張や恐怖はそのまま伝わるのでバレないように心を落ち着かせようとしていた。


 マルクスは馬上から落ち着いた声で話し始める。


「僕には可愛い娘が二人いるんだ。とても可愛くて自慢の娘だ。僕の騎士団の皆はフレイヤに会ったことがあるよね。あ、忘れていた。ちょっと怖い妻もいる。ん? 凄く怖い妻だね。でも、今凄く会いたいよ」


 兵たちが家族を思い出しているようで緊張が少し和らいだように見えた。それを見て、マルクスは奮い立たせるような力強い声に変える。


「僕は娘たちと妻を守るために戦う。この戦争に負ければ、多くの人が殺される。殺されるのは君の大切な人たちかもしれない。死んでも良いのか? そんなことはあってはならない! 大切な人たちを守るために、僕たちは勝つ! 僕たちの力を見せるぞ!!」

「オオオォォォ!!」


 マルクスの檄に地を揺らすほどの喊声かんせいが応えた。マルクスは剣を抜いて、後ろの味方に見えるように剣を高く掲げる。


「マルクス隊! 敵中央に向けて突撃!!」


 マルクスと騎士、傭兵を合わせて一五〇〇名が飛び出した。





 ――――――――――――――――――――



 いつも読んでいただきありがとうございます。

 下手くそな絵で申し訳ございませんが、イメージの手助けになれるよう戦争の状況図を描いてみました。


 https://kakuyomu.jp/users/koneka/news/16817330651295060297














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