第五章 ロギオニアス・アノーク戦争
第56話 マルクスの戦争 Ⅰ
マルクスたちは東に向かって馬を走らせていた。
率いる兵数は騎士が二五〇名、傭兵が七五〇名だ。第十二騎士団の半数は国境に残した。今はアノーク軍の侵攻を遅らせるために戦っているはずだ。
(僕たちは守る側なのに兵が少ない。アノーク軍は一万を超えると聞いた。上層部は本気で守る気があるのか?)
国境に残した兵数は騎士と傭兵を合わせて約五〇〇〇。帝国騎士が強くても多勢に無勢。数で負けてしまう。
前方から伝令旗を持った騎士がこちらに来るのが見えた。その騎士がマルクスに並走する。
「私は第十一騎士団所属のへルソンと申します。マルクス団長でお間違いないでしょうか?」
「間違いないよ、僕がそうだ。クラウディオ団長からかい?」
「そうです、お伝えします。敵軍はおよそ三万。国境にいた自軍は敗れ、ベルティナを放棄し、
驚きの内容だが、マルクスは冷静に話を聞く。
「ベルティナの民は?」
「自軍の奮戦でベルティナの民は逃げることができました。ただ……」
「ただ?」
「ベルティナ周辺の小さな町や村は全て焼かれ、殆どの住民は殺されました。生き残った者は連れ去られたそうです」
「そうか、分かったよ。ありがとう」
「失礼します!」
へルソンは黙礼をすると、他の騎士団長にも状況を伝えるために走り去って行った。
マルクスは馬の手綱を強く握り締める。
(アノークの奴ら、やってくれる。民は殺さなくても良いだろうに。アノークは三万、前回と違って本気で攻めてきた。この三万に勝たないと、更に数万の軍勢が後続として侵攻してくるかもしれない。ベルティナ周辺、それ以上を奪い取るつもりだ。敗走して残った兵力と僕たち、傭兵を合わせても多分二万弱、厳しいな。援軍はないだろう……)
現在、第一から第五までの騎士団は帝都に駐屯している。皇帝ゴットハルトと帝都を守るためだ。
第一騎士団は絶対に動かない。ゴットハルトが許さないだろう。第二から第五も難しいだろう。戦争前までは第七までが帝都に駐屯していた。戦争が起きて駐屯する騎士団を減らしたことにゴットハルトが激怒したとの噂だ。
(要請しても難しいか。二万で戦うしかない)
アノーク軍の侵攻を防ぐために当てられた騎士団は第十一から第十五。守りとしては明らかに少ない。もっと増やすべきだ。上層部はアノーク軍の侵攻を軽く考えている。
他の騎士団は何をしているのかというと。第十六から第十八までが不穏な動きを見せているイルガラン聖王国の監視。第六から第十と第十九がヨマーニ共和国との国境警備。第二十は魔獣討伐だ。
(ヨマーニの国境警備に騎士団を使い過ぎ、無駄だ。半分をこちらに回して欲しい)
マルクスの後方から大きな体の男性が現れた。
「マルクス坊、悪い知らせか?」
「ヴァジム…… かなりね。君にも教えておくよ」
へルソンから聞いた内容をヴァジムに話す。
「なるほど、最悪だな。俺は後ろに戻って仲間の士気を上げてくるぜ」
「頼むよ」
ヴァジムは馬の手綱を上手く操って後ろに戻って行った。
ヴァジムは傭兵団『百勇』を率いる団長。マルクスの父ガルムからの付合いで、頼りにしている。年齢は五十代後半だが、今でも現役だ。
マルクスは少し後ろを向いて、副団長のエドウィンに指示を出す。
「エド、皆に話をしたい。騎士団の旗を上げて欲しい」
「承知致しました」
エドウィンが他の騎士に指示を出して旗を上げさせる。旗が上がったことで、後方の騎士たちがマルクスに注目した。
視線が自分に集まったことを感じてマルクスは声を上げる。
「皆、聞いてくれ! アノーク軍が国境を破って侵攻を続けている。国境に残り続けた私たちの仲間によってベルティナの民は逃れることができた。だが、ベルティナ周辺の町や村は焼かれ、そこに住んでいた民は殺された。このまま侵攻が続けば、更に多くの民が犠牲になる。絶対に防がないといけない!! 私たちが民の盾であり、奴らを滅ぼす剣だ。アノーク軍にたっぷりの剣を喰らわせてやろう。行くぞ!!」
「オオ!!」
騎士たちが声を上げると、呼応するように傭兵たちからも大きな声が上がった。士気を上げたマルクスたちは先を急いだ。
◇◇◇
丘陵地は国境の山地よりも低く平地よりも高い場所でなだらかな起伏や丘が多い。ベルティナの手前にある広大な丘陵地には帝国騎士と傭兵たちが続々と集まって来ている。
この丘陵地には敗走した兵たちが先に着いていた。
丘陵地に着くと、マルクスは自分の部下たちを直ぐに見つける。見た限り、重傷者は少ないようだ。
(辛いと思うけど、戦ってもらうよ)
高身長の騎士が縮こまって座っているのを見つけた。
「良く戦ってくれたね、ジェス」
「だ、団長、申し訳ございません。俺は逃げるしかできませんでした。仲間を、あいつ、ケヒルを助けれませんでした。ケヒルも皆も目の前で撃たれて」
ジェスの言葉に疑問を持ったが、マルクスはそのまま励まし続ける。
「ケヒルは君と仲が良かった子だね。辛いだろう。でも、ケヒルの仇は取らなくてもいいのかい? このまま逃げ帰るなら止めないよ。君はそうじゃないだろう?」
ジェスが顔を上げて答える。
「俺、ケヒルの仇を取ります! 皆の分まで戦います!」
「うん、その意気だ」
その後もマルクスは怪我人を励まし、同時にアノーク軍の情報を集めた。
(報告を受けるよりも早いからね。それにしても、敵は多い上に、あの武器を沢山持っているみたいだ。何か対策を立てないと)
そして、マルクスは団長たちが集まる本陣へと向かった。
「おい、マルクス。大変なことになったな」
本陣の前で声を掛けて来たのはクラウディオだった。
「伝令は助かったよ。君の部下も国境にいただろ? どうだった?」
「俺のところはお前よりも酷い。大半の奴らが先に逝きやがった。俺よりも若い奴らばかりだよ。クソッ!」
クラウディオは悔しそうに地面を蹴った。
「それは辛いね。部下が死ぬのはやっぱり慣れない」
「当たり前だ。慣れてたまるか。だけどな、今からもっと死ぬぞ」
「分かっている。覚悟はできてるさ。勝たないといけない。僕たちが勝たないと、この一帯はアノークに
「ああ、その通りだ」
気合いを入れた二人は本陣へと入った。
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