第55話 君に覚悟はあるかい?


 今日のオスカー先生の授業が終わった。

 ふー、疲れた。


「疲れている場合ではありませんよ。まだ遅れを取り戻せていません。明日もまた頑張りますよ」

「…… はい」


 オスカー先生との勉強は楽しいけど、連日続くと、だんだん嫌になってくる。


「フレイヤ、表情に出ていますよ。隠すくらいしなさい」

「はい、すいません」

「まあ、いいでしょう。今からマルクス団長の所へ行って来てください。外にいるはずです。動ける服装に着替えてから行ってください」

「分かりました、直ぐに行きます。オスカー先生はどうなさるのですか?」

「私はコルネリア夫人と話があります」

「お母様と? 分かりました。オスカー先生、ありがとうございました」


 勉強していた部屋から出ると、服を着替えて、屋敷の中を移動する。お母様の部屋を通る時に話し声が聞こえて立ち止まった。

 お母様とケイト先生、イリアの声だ。珍しい組み合わせ、何を話しているんだろう?


「お父様が待ってる」


 私は急いで敷地に向かった。



 ◇◇◇



「やあ、フレイヤ。オスカーとの勉強はどうだった?」

「疲れました。オスカー先生は厳しいです」

「そうだね。でも、勉強をサボったフレイヤが悪いけどね」

「それは…… はい、その通りです」


 何も言えない。お父様の言う通りだ。


「フレイヤの特異魔法がどこまでできるようになったのか確認したい。良いかな?」

「分かりました。私は何をすれば良いでしょうか?」

「僕が魔法を放つから、その魔法を吸収して欲しい」


 私は目をパチクリさせて首を傾げる。

 そんなこと一度もしたことがない。限界はあるけど、空気中の魔力は自由に吸収できるようになった。魔法も吸収できるの?


「安心して。風が吹くだけの魔法を放つから、当たっても痛くないよ。できるかい?」

「分かりました。やってみます!」


 お父様から少しを距離を取る。


「フレイヤ、準備は良いかな?」

「はい!」


 お父様が両手を前に出して詠唱する。


『風よ、草木を揺らせ

 ウェン・ルバ・アギス』


 優しい風で髪がなびく。この風がお父様の魔法だ。

 ぼんやりと魔力の流れが見える。はっきりと見えないのは、体内の魔力が魔法に変わると無色になるからだ。魔力を感じる風に右手を向ける。魔力が体へ一気に流れ込んで来て、風が消えた。


「やっぱりか。フレイヤは魔法も吸収できるようだね」


 まさか魔法が消えるとは思わなかった。私の吸収、凄い!


「体はどうだい?」

「何もないですけど、吸収した魔力量がいつもより多く感じました」

「あんまり使い過ぎると、魔経脈まけいみゃくに負担が出そうだね」

「はい」


 魔経脈の負担になるなら、頻繁に使うのは難しそうだ。


「この魔法吸収の力は使いこなせるようになった方が良い。魔力吸収と魔力制御を繰り返して魔経脈を鍛えるんだ。敵に襲われた時、魔法を消せると有利だからね」


 魔経脈がもっと頑丈になれば、吸収の力を制限なしで使えるようになれるかも。そうなれば、魔法を消せるし、魔力操作で身体能力を向上させることができる。戦い方の幅が広くなって、私はもっと強くなれる。


「次は放出をやってみようか。木剣ではなく剣を使ってみよう」


 お父様に剣を渡されて、剣を両手で持ち体の真ん中で構える。


「危ないから放出する魔力量は少しだよ。さあ、やってみて」

「はい」


 魔力操作で両手に魔力を集めて、少しずつ剣に流す。剣が白く光り出した。あの時と同じ。いける!


 剣を振って、溜めた魔力を解放する。

 白い光が放たれ、地面を軽く削りながら進む。白い光が直ぐに小さくなり、消滅した。


「お父様! できました!」


 喜んで声を上げた直後、剣から嫌な音がした。

 剣身けんしんにヒビが入ってる!

 どうして!? 成功したのに!

 カルディオ様の剣を使った時は壊れなかった。


「剣が壊れてしまったね。でも、放出は成功だ! フレイヤは凄いよ! 流石だ!」

「…… ありがとうございます」


 恥ずかしい、顔が熱くなる。失敗したのに、こんなに褒めてくれるとは思わなかった。


「でも、剣が壊れてしまいました。強い力かもしれないですけど、使えなければ意味がありません」

「フレイヤの言う通りだ。カルディオ殿の剣は壊れなかったんだよね。フレイヤには丈夫な剣が必要だ。魔力放出に耐えられるような剣が…… それよりも、地面を直そうか。このままだとコルネリアに怒られてしまう」

「それは大変です!」


 シャベルを持って来て、お母様にバレないように急いで地面を直した。


「ちょっと疲れたね。少し話をしようか」

「え、はい」

「あそこに座ろう」


 お父様が敷地のベンチを指差して言った。


 何の話だろう?



 ◇◇◇



 お父様とベンチに並んで座る。

 このベンチって、私が小さい頃に作ってもらった物だ。理由は覚えてないけど、私がわがままを言ったんだと思う。

 こんな風にお父様と一緒に座るのは、騎士団の基地で稽古をした時以来だ。


「お父様、お話とは何でしょうか?」

「まずは報告があるんだよ。イリアがガリア連邦に留学することになった」

「え!? 留学ですか?」

「うん、十月に行くことに決めた。ケイトに付き添いで行ってもらう。数年は帰って来ない予定だ」


 イリアが留学! 急過ぎるよ。出発まで三ヶ月もない。


「フレイヤもイリアの賢さは良く分かるよね? イリアが成長するにはこの国では不十分なんだよ。もっと色んなことを学びたい、ガリア連邦に留学したいって言ったのはイリアからなんだ。フレイヤもイリアのことを応援してくれないかい?」


 イリアは甘えん坊だから、家族の側を離れないと思っていた。驚いたし、寂しいし、イリアとしばらく離れるなんて想像ができない。

 お父様とお母様もイリアの留学を賛成したんだよね。私はイリアの姉だ。お父様たちと一緒にイリアの頑張りを応援したい。


「寂しいけど、応援します。イリアが決めたことなら」

「良かったよ。そう言ってくれて」


 お父様が笑顔で私の頭を撫でた。


「次はフレイヤに聞いてもらいたい話だ。このまま話をしても良いかな?」

「はい、ちゃんと聞きます」

「ありがとう」


 お父様は一度目を閉じて再び目を開くと話し始める。


「この先、この国は大きく変化すると思う。アンジェリーナ嬢への気持ちが変わっていないなら、フレイヤも無関係ではいられない。それは分かるよね?」

「はい」

「フレイヤに不都合なことが起こり得る覚悟もした方がいい」


 私は小首を傾げる。不都合って何だろう?


「エイルハイド公爵とアンジェリーナ嬢は民のことを一番に考えている。アンジェリーナ嬢が民か君を選ぶとなった時、彼女は迷わずに民を選ぶはずだ。フレイヤが切り捨てられることもあるかもしれない」

「はい、アンジェ様はそういう方です。自分のことは後回しで、いつも民のことばかりです。切り捨てられたとしても、私の力がアンジェ様の助けになるなら、どんなことでも頑張るつもりです」

「そうか、分かっているんだね。その気持ちを大切にしておくんだよ。でも、忘れないで欲しい。フレイヤは次のルーデンマイヤー伯爵でもある。家族や従者、領民のことも考えて行動して欲しい」


 アンジェ様のために動いても伯爵としての責任を忘れるなとお父様は言っている。でも、私が爵位を継ぐのはまだ先のことだよね?


「おそらく、アノーク王国との戦争がまた起きると思う。当然、僕は戦場に赴く。戦場では何が起きるか分からない。僕に何かあった時のことは想定しておいて欲しい」

「不吉なことを言わないでください!」


 思わず声を上げた。

 お父様が死んでしまうような言い方をするから。


「戦争では本当に何が起きるのか分からないんだ。もちろん生きて帰るつもりだよ。でも、僕が死んだら、次のルーデンマイヤー伯爵はフレイヤになる。だから、フレイヤには僕の残す言葉を聞く責任があるはずだ。ちゃんと聞くってフレイヤが言ったよね?」

「そうですけど……」


 こんな話だとは思わなかった。もしものことを話してるだけかもしれないけど、聞きたくない。


「僕が死んだ場合の方針は執務室の机の引出しに入れてある。コルネリアに見せて。イリアのことも頼むよ。頑張ってもらいたいから。フレイヤには……」


 お父様が厳しい表情になって言う。


「騎士としての覚悟を持って欲しい。僕は今回の戦争で国を守るためにアノーク王国の兵士を沢山斬った。十代の子もいたと思う。フレイヤ、君は人を斬れるかい?」

「人を……」


 今は当然だけど、前世の私も人を斬ったことがない。人と戦ったのは最後の戦いの時だけ。掠り傷を負わせることもできなかったけど。


「僕はコルネリアとフレイヤ、イリアを守るためにこの剣を振るっている。誰かのために振るう剣は何よりも強い。アノーク王国の兵士たちも誰かのために戦っていたはずだ。フレイヤが騎士になったら、遅かれ早かれ僕と同じ経験をする時が来るだろう。フレイヤも誰かのために剣を振るうはずだ。だけど、フレイヤが戦う相手も誰かのために戦っている。フレイヤ、君はそんな相手を斬る覚悟があるかい?」

「私は……」


 お父様が言ったようなことは一度も考えたことがなかった。覚悟はあるつもりだけど、本当に剣を振るえるのかな?


「お父様はその覚悟をお持ちなのですか?」


 お父様が即答する。


「あるよ。君たちを守るためなら、何人でも斬れる。敵は容赦しない」


 言葉に強い力を感じた。これがお父様の覚悟。私の場合はどうだろう?

 大切な人たちが敵に襲われそうになっていたら、私は敵を斬れる。

 お父様の言っていることはそれと違う。

 どんな時、どんな相手でも、斬れる覚悟を持っているのかと問われている。


「私はまだ分かりません」


 としか答えることができなかった。


「帝国騎士でも、アンジェリーナ嬢の騎士でも、騎士になるつもりだったら、人を斬る覚悟を早く持った方が良い。肝心な時に剣が鈍るし、そのせいで大切な人を失うかもしれない。分かったかい?」

「はい」


 私が深く頷いて返事をすると、お父様が微笑んで言う。


「安心したよ。人を斬る覚悟はもう持っているって言うと思って、不安だったんだ。フレイヤにまだ教えることがあって嬉しいよ」


 お父様がまた子どもみたいに私の頭を撫でた。


「お父様、いつまでも子ども扱いをしないでくださいね。私、もうデビュタントが終わった淑女なんですから」

「そうだったね。じゃあ、立派な淑女のフレイヤに頼むよ。僕が留守の間、何かあった時はフレイヤがルーデンマイヤー家を守ってね」

「お任せください!」


 私は胸を叩いて力強く答えたけど、ゴホッと咳き込んでしまう。お父様が笑って私の背中をさすってくれた。

 頼れる私を見せたかったのにカッコ悪い。



 ◇◇◇



 お父様が予想した通り、帝国暦一〇五七年八月八日、アノーク王国が私たちの国に再び侵攻を開始した。

 私たちが見送る中、お父様は戦場に向かった。





 ―――――――――――――――――――― 【後書き】


 これにて第四章は終了です。

 沢山読んでいただきありがとうございました。


 次は第五章です。

 マルクスが騎士団と共にアノーク王国軍と戦う話になります。

 楽しみにお読みください。


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 第五章もお読みいただけると嬉しいです。

 これからもよろしくお願い致します。

























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