幕間 父と母と妹
マルクスの執務室にイリアとコルネリアが入って来た。
「話があるって聞いたけど、コルネリアも揃ってとは真面目な話かな?」
「そうよ、大切な話。イリアの今後に関係することよ」
「イリアの今後? 僕もそっちに座るよ」
二脚ずつ向かい合う革椅子がある。マルクスはイリアと向かい合って座り、コルネリアはイリアの横に座った。
「話って何かな? イリアから教えてくれるかい?」
イリアが真剣な目をして言う。
「イリアは…… 私はガリア連邦に留学をしたいです!」
マルクスの表情が固まる。
(僕の娘は何と言ったのかな? 聞き間違いだよね)
「ごめん、もう一度言ってくれるかな?」
「ガリア連邦へ留学したいです!」
マルクスは愕然とする。
(僕の聞き間違いではなかった)
「理由を教えてくれるかい?」
「この国の学問は他の国々に比べて遅れています。一部の人たちのせいで制限されている学問もあります。でも、ガリア連邦やヴィスト帝国にはそんな制限がありません。むしろ、学ぶことを推奨しています。イリアはもっと色んなことを学びたいのです」
イリアの家庭教師たちが以前同じことを言っていたことをマルクスは思い出す。
マルクスが戦場から戻って少しした後に、家庭教師からイリアに教えることはもうないと報告を受けた。
(ガリアへの留学、お金の面は父の遺産で何とかなる。留学となると、数年間は帰れない。一人だと危ないし。イリアの願いは叶えたいけど、うーん、どうしよう……)
「ケイトはどうかしら?」
「僕はまだ許可を出してないよ」
「どうせ許すでしょ。付き添いを誰にするのか悩んでいたと思ったのだけど」
「君は僕の心が読めるのかい!?」
「当然よ。私はあなたの妻なのよ」
「お父様とお母様はいつも仲良しですね」
イリアの指摘に二人は頬を赤らめる。
「と、取り敢えず、イリアの留学は許可するよ。だけど、必ず誰かと一緒に行ってもらう。ケイトにも色々とあるだろうから、改めて二人で頼んでみよう」
「分かったわ。ケイトは近いうちに来るからその時に言いましょう。イリアの留学を許してくれてありがとう」
「娘のためだからね」
マルクスは無理して笑った。
(本当は嫌だ。イリアには僕の側で成長して欲しい。まだ八歳だよ。留学なんてさせたくない! でも、イリアには好きなことをして欲しいとも思うし)
「お父様、ありがとうございます! イリアは嬉しいです。ぎゅっとしても良いですか?」
「もちろん、おいで」
イリアを抱き締めて持ち上げる。
まだまだ軽い。留学反対の気持ちが強くなってしまいそうになる。
「手紙は毎日書いて欲しいな。イリアは可愛いから男には気をつけて」
「イリアはまだ八歳よ」
「八歳でこんなに可愛いんだ。関係ないよ! 男は駄目だから、絶対に!」
「本当に親バカね。そろそろ、イリアを放してあげて」
マルクスは仕方ないなという表情でイリアを放す。
「コルネリアだけ残ってくれるかい?」
「私? 分かったわ。イリア、先に行ってて」
「はい」
イリアが執務室から出て行くと、二人は革椅子に向かい合って座った。
マルクスが
「私の体のことかしら?」
「そうだよ。この二年の間のことを教えて欲しい」
「教えてって、手紙に書いた通りよ」
「大丈夫としか書いてくれなかったじゃないか。前とは違う、とても痩せたよ」
「仕方ないわ。後、数年の命なんだから」
コルネリアは力なく笑って言った。
◇◇◇
「理解しているけど、そんな風に言わないで欲しい」
「ごめんなさい。でも、分かってるでしょ。この病気は治らないって」
体内の魔力と共に体を動かす力がなくなる病気。治療法は簡単な対処療法のみで、最後は死ぬしかない。
「フレイヤが成人になるまでは生きたいわね。その時はイリアも十三歳になってるわ」
マルクスはその言葉を聞いて目を伏せる。
(できることなら、代わってあげたい)
「もしかして、代わってあげたいとか思ってない?」
「え、どうして……」
「マルクスの考えてることは何でも分かるって言ったでしょ。私がいなくなったら、マルクスが娘たちの支えになるのよ。今からそんな悲しい顔をして大丈夫なの?」
「分かってる、分かってるさ。でも、何か方法が…… そうだ! 聖女に頼んでみるのは?」
コルネリアは諭すように首を横に振る。
「マルクス、聖女はね、傷は癒せても病気は治せないの」
マルクスは悲痛な面持ちで頭を抱える。
(どうにもならないじゃないか)
「お医者様にこの病気を宣告された時から分かっていたことでしょ。これからは残りをどう生きるかだと思うの。マルクス、協力して欲しいわ」
「どうして君はそんなに――」
強いのかと訊こうとしたが、マルクスは途中で言葉を切った。
「仕方ないでしょ。辛いものは辛いし、死ぬのは怖いのよ。私だって、長生きしたいに決まってるじゃない。フレイヤとイリアが幸せになる姿を見たいし、シオンには結婚相手を見つけてあげたい。心残りは沢山あるの」
マルクスは涙を流すコルネリアを抱き締めた。
「ごめん、頼りない夫で」
「知ってるわ。だから、好きになったの。ダニエラ様も私と同じはずよ」
「そうだね」
ダニエラもコルネリアと同じく
「フレイヤたちにはやっぱり伝えないのかい?」
「子どもたちには伝えないわ。周りの大人たちにしか伝えない。私が死んだ後、子どもたちに怒られるのはマルクスの役割よ。お願いね?」
「分かったよ。覚悟しておく」
泣き止んだコルネリアはマルクスの胸から離れた。
「行くわ。あんまり遅いと、イリアに怪しまれちゃうから」
コルネリアは笑って執務室から出て行った。
一人なったマルクスは自分の太股を力強く叩く。
「イッ…… 僕がしっかりしよう!」
ジーンとする痛さに顔を顰めてしまったが、背筋は確りと伸びた。
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