第54話 オリアナのお茶会 Ⅲ


 オリアナが顔を顰めながらアンジェ様に言う。


「どうしてあなたがいらっしゃるのですか? わたくしはエイルハイド公爵家に招待状を出した覚えはありません」


 招待状を出してない? じゃあ、どうしてアンジェ様がここにいるの? 受付がいるから招待状がないと中には入れないと思うんだけど。


「招待状とはこれのことかしら?」


 アンジェ様はこの場の全員が見えるように手紙を見せた。

 招待状だ。私も同じものを持っている。どうしてアンジェ様が持っているの?


「その招待状はまさかエルリナ様宛のものですか?」

「その通り、流石に察しが良いわ。これから招待状は宛てた相手しか使えないようにするべきね。私のような人が来てしまうから」

「…… どうしてアンジェリーナ様がエルリナ様宛の招待状を持っているのですか?」

「そんなことが気になるの? 仕方ないから教えてあげる。魔獣事件で被害に遭ったバッケル子爵領を支援して以来、子爵とお父様は懇意にしている仲なの。私、エルリナ様とも手紙を交わす仲でね、エルリナ様からこのお茶会で皇帝派の皆さんがロゼをいじめるって聞いたのよ。代わって欲しいと言ったら、快く招待状を譲っていただけたの。…… そう言えば、挨拶を忘れてしまっていたわ。私、失礼ね。挨拶もなしにベラベラと喋ってしまって」


 アンジェ様がドレスの裾を摘まんで優雅に挨拶をする。


「オリアナ様、本日はお招きいただきありがとうございます。初めましての方もいるので自己紹介をさせていただきます。エイルハイド公爵の娘、アンジェリーナ・フォン・エイルハイドと申します。皇帝派の皆様、この機会に仲良くして欲しいです」


 オリアナを除いた全員がアンジェ様の挨拶に呆気を取られているようだった。

 アンジェ様、凄い。皇帝派の令息令嬢を支配している。


「アンジェリーナ様、当家まで来ていただけて嬉しいのですが、お話をすることは何もございませんわ。どうぞお帰りください」

「そう、残念ね。じゃあ、一言だけ話して帰らせていただくわ。エイルハイド公爵家はエルフ族の奴隷売買に参入します」


 え? と思わず声が漏れた。

 どういうこと? アンジェ様の言った意味が分からない。周りの人たちも難しい顔をして首を傾げている。


 オリアナが冷静な表情で訊く。


「エイルハイド公爵様がグラストレーム男爵の味方をするということですか?」

「ええ、その通りよ。正しくはエルフ族の奴隷売買をしている貴族たちの味方ね。私が発言したことは全て事実です。私の発言は父の発言だと思ってください」

「そうですか…… 分かりました」


 アンジェ様が私とロゼを見て言う。


「フレイヤ、ロゼ、帰りましょう。あなたたちがここにいる意味はなくなったわ」


 私は納得できない気持ちを抱きながら、ロゼと一緒にアンジェ様の後を追った。



 ◇◇◇



 敷地に出て、私は早速アンジェ様に訊く。


「アンジェ様、教えてください! どういうことなんですか?」

「他人の敷地でする話じゃないわ。私の馬車に乗ってくれる? ロゼもよ」


 シオンにアンジェ様の馬車に乗ることを伝えて先に帰ってもらった。

 アンジェ様の馬車にロゼと一緒に乗る。ゆっくりと馬車が走り出した。


「ロゼ、あなたにはこのまま公爵領に来てもらうわ」

「公爵領にですか? でも、私、男爵様のもとに戻らないといけません」

「分かってる。男爵にはもう話をつけたから。あなたのお母様も一緒よ」

「本当ですか!? じゃあ、私は……」


 アンジェ様が優しい笑みをロゼに向ける。


「あなたは自由よ」

「ありがとうございます、アンジェ様」

「初めて会った時に言ったでしょう。必ず助けるって」


 ロゼは涙を流しながら何度も頷いている。嬉しそうだ。


 ロゼのお母様、生きていたんだ。良かったね。

 ロゼが自由になったのは分かったけど、私の中ではアンジェ様への疑問が膨らみ続けている。


「アンジェ様、説明をお願いします」

「そんなに怖い顔をしないで。安心して、全部答えるつもりよ。最初に言うけど、奴隷売買に参入したことは事実だわ。ちゃんと理由があるから聞いて」

「は、はい」


 途中で口を挟もうとしてしまったのがバレたみたい。アンジェ様の話を静かに聞く。


「奴隷売買に参入したのはこの国の安定のためよ。この国には権力を持つ派閥が三つあるわ。一番大きな派閥が皇帝派、クウィンディー公爵の力が強いわ。その次がお父様の貴族派、今のところ完全に団結している。最後が中立派、中立派は他の二派閥に属していない貴族の総称よ。ここまでは知っているわよね?」

「はい、知っています」


 私とロゼを交互に見ながらアンジェ様は説明をしてくれている。私も質問がしやすい。


「貴族派閥とは別に教会も大きな力を持っているわ。貴族だけではなく平民にも信者が多いからね。教会は皇帝派の保守勢力と結びつきが強いの。皇帝陛下やクウィンディー公爵、グラストレーム男爵たちが保守勢力よ。今はね、急進勢力のカルバーン侯爵たちと保守勢力を後ろ楯にしたグラストレーム男爵が敵対している状況なの」


 アンジェ様の説明は分かりやすい。

 今は皇帝派同士で争っている状況。保守勢力と教会の結びつきが強いということは、もしかして…… ?


「教会もエルフ族の奴隷売買に関係しているのですか?」

「直接は関係していないけど、教会はエルフ族の奴隷化を支持しているわ。人族以外の種族を人として認めていないから」


 分からなくなってきた。その敵対関係にエイルハイド公爵様がどうして加わる必要があるんだろう?


「急進勢力は止まる気がなかったの。グラストレーム男爵たちと本気で戦争を始めるつもりだったのよ。隠れて準備を進めていたみたい。貴族同士の戦争が起きれば、アノーク王国もまた仕掛けてくるわ。アノーク王国だけじゃないかもしれない。貴族同士の戦争だけでも民の血が沢山流れてしまうわ。だから、グラストレーム男爵の味方になったの。急進勢力も貴族派が味方となったグラストレーム男爵とは戦いたくないでしょう? 皇帝派と貴族派の協力体制を潰すことに繋がるから」


 エイルハイド公爵様とアンジェ様は国内で貴族同士が戦争をしないために奴隷売買へ参入した。え、でも、それじゃあ……


「エルフ族が救われません。奴隷のままですよ?」


 アンジェ様が表情を変えずに言う。


「その通りよ。お父様や私のできることなんて限られているの。全てを救うことなんてできないわ」

「で、でも、エルフ族の反乱に繋がりませんか?」

「それはないと思います」


 私の質問に答えたのはロゼだった。


「どうして?」

「グラストレーム男爵たちが人質を取っているからです」

「人質?」

「はい。私もそうでしたが、エルフ族は誰か大切な人を人質に取られています」

「そんなのおかしいわ! 大切な人が人質になっているのに、どうして何もしないの?」

「エルフ族は強い種族ですが、戦いを嫌います。どんな時も戦いは最後の手段です。大切な人が人質に取られたとしても、我慢できるなら我慢を選びます」

「意味が分からない。だって、人質を取られているんだよ?」

「それはエルフ族とフレイヤとの生きる上での考えが違うからです。エルフ族の人生は人族に比べてとても長いです。平均で三百年から五百年ほど寿命があります。エルフ族にとって奴隷にされている期間は人生に比べたら僅かです。その間、人質が無事であれば、エルフ族は奴隷になっても我慢をします。理解できないと思いますが、エルフ族はそういう種族なんです」


 やっぱり私には全く理解できない。大切な人に何かあったら、何がなんでも助ける。


「私だったら我慢できない。もし、ロゼに何かあったら私は助けるよ」

「あ、ありがとうございます。私もフレイヤに何かあったら助けます。我慢はしませんよ」


 私はロゼと両手を握り合った。

 良かった、ロゼは私と同じ考えだ。嬉しい。


「あなたたち、私がいることを忘れてないかしら?」

「そ、そんなことありませんよ」


 疑うような目つきでアンジェ様にじっと睨まれた。ロゼしか見ていなかったのは内緒だ。


「まあいいわ。話を戻すけど、エルフ族の奴隷売買はお父様と一緒に制御するから」

「私はアンジェ様が心配です」

「ん? どうして?」

「エルフ族に恨まれることになりませんか?」

「そうね、覚悟の上よ。でも、大丈夫。エルフ族は平和を愛する人たちだから。それに、私に何かあったら、フレイヤが守ってくれるのでしょう?」


 アンジェ様は冗談のように笑って言った。


「もし、何かあったら、私は命を懸けてアンジェ様を守ります」


 いつでもその覚悟はあるから、私は本気で答えた。

 

「ありがとう。フレイヤが守ってくれるなら安心ね」


 ガタッと音がして馬車が停まった。屋敷に着いたようだ。


「アンジェ様、ロゼ、お先に失礼します。また会っていただけますよね?」

「もちろんよ、頻繁には難しいけど。また文通を始めましょう。オリアナ様の件は片付いたから」

「必ず手紙を書きます! ロゼにも手紙を書くから。手紙、私も待ってるからね」

「はい、沢山書きます!」


 三人で笑い合って、私は馬車から降りる。

 私はそのまま馬車を見送った。


 























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